第2話「フレンドリーファイアと残業はお家芸」

 今まで窓を瞬間的に流れていた景色が徐々に目で捉えられるようになり、電車の減速を認識させてくる。

 甲高いブレーキ音が外で鳴り響き、電車の車輪が高原に小さな火花を散らした。


 レドッグたちが話すのを辞め、空気がシンと張り詰める。


 ファンファニフは斧のバレルに指を触れる。

 すると紫色の魔方陣が刻まれ、カチャッと内部で小さい音が鳴った。

 彼女は斧を肩に担いで片足を車両のドアに掛ける。


 レドッグはライフルのボルトハンドルを起こしてロックを解きボルトを引いた。

 静かな車内に金属音が広がる。


 彼が手を広げれば、そこから数発ライフル弾が出現した。

 弾薬には緑や黄色、様々な色の魔方陣が小さく刻印されている。


 弾薬を薬室に入れてボルトを前に押し装填する。

 ボルトハンドルを倒して薬室を閉じると、窓に向かって構えた。


 ファンファニフが口を開く。


「まあでも武器が何にせよ」

「俺たちはただ」


『上から押し付けられた業務をこなすだけの社畜だけどね』


 電車が完全に停車した瞬間、ファンファニフはドアを蹴破って外に出た。


 すぐさま彼女に向かって石像から赤いレーザーが放たれる。

 しかしファンファニフの背中から黒い翼が生えて、彼女は上に飛び上がりレーザーを避けた。


 その翼が生えると同時に彼女の頭の上に黒い角と黒紫の輪っかが現れていた。


 もしも翼が白く、角などなく輪っかが金色であれば、修道服に身を包む彼女はまさしく天使のように見えただろう。


 しかし目玉のついた無骨な斧と、今しがた生えた物体のせいで見た目は神に反逆する「堕天使」そのものである。


 高原には石像内部で生み出された二足歩行の生物、人間が大量に蠢いており、空を飛ぶファンファニフへ威嚇して喰らい付こうと跳び上がっていた。


 ファンファニフは上空から人間たちを見下し口角を上げる。


「今日の給料おおお!!」


 彼女は人間の群れに向かって急降下し、勢いよく地面に着地する。

 腕に力を入れ、力強く斧を振るった。


 斧の大きな刃が風と共に人間たちを切り、赤い血飛沫が広がる。


 人間が死ぬと、その死骸から何やら黄色い球体が出てきてファンファニフの腕に吸収された。


「日給が! こんなにたくさん!!」


 ファンファニフは嬉々として重い斧を振り回し、次々と人間を斬り倒していく。

 その度に黄色い球体が彼女の腕に集まっていった。


 それでも人間は臆することなくファンファニフに噛みつこうとする。それがさらに彼女の機嫌を良くし、群がる人間たちはことごとく斬られていく。


 彼女を皮切りに、続々と電車から仲間たちが出てくる。


 人が出てきたことで、今まで動きを見せなかった近くの石像の戦士が大きな腕を振り下ろし、四両目に向かって拳を叩きつける。

 しかし、電車の結界が巨大な拳を受け止めきった。


 石像の勇者から電車に向かって魔術が放たれる。

 氷の槍がいくつも出現し、猛スピードで襲いかかってきた。

 それに加えて電撃も放たれるが、そのどれもが一両目と四両目、七両目にしか向かっていない。


 二・三・五・六両目には何も攻撃がされていなかった。


 これこそが最初に電車のアナウンスであった、「ターゲッティング対象」である。


 電車にはバリアの役割をする守護結界が張られる。

 それはヴェンデルが玉座に魔力を注ぎ込んで作るものであり、外界の全てを遮断する。


 結界内は、いわゆる安全地帯だった。

 その安全地帯から出るときこそ、勇者や戦士が狙い目とする瞬間である。


 戦士の強力な一撃と勇者の魔術で仲間が死なないように、一両目と中間の四両目、最後尾の七両目には攻撃が集まる魔術がかけられていた。


 マギノス統治会に雇われて壊掃電車に乗る者は皆、会員と呼ばれていた。

 会員には「指定会員」と「通常会員」がある。


 指定会員は、一定の強さを持っておりターゲッティング車両に乗ることを認められている者たちである。

 弱い者たちは通常会員としてその他の車両に乗ることになっていた。


 万が一、結界が破られても弱い者たちに被害が及ばないように考慮してのことだった。


 近接戦闘を得意とする者や守護結界で自身を守り切れる者は電車から出て前線へ向かっている。

 その中でも魔術を使える者はそれを併用して人間を討伐していた。


 遠距離攻撃や魔術を得意とする者は電車に残って人間たちを攻撃している。

 近距離戦では、勇者や戦士の攻撃にこちらが伸されてまともに戦えない。

 しかし遠距離戦であれば離れた結界内の安置から石像に攻撃することができる。


 その攻撃の効果は微力だったが、少しずつでも着実に石像にダメージを与えていた。


 しかし、電車内でライフルを構えるレドッグが戦況を見て眉を寄せる。


「おいおい。通常会員の奴らこんな序盤からバカほど魔術使ってるぞ……後ろの車両の奴らはどうせ俺たちほど持久力ねえんだから後々のこと考えてもっと温存しとけっての」


 先陣を切ったファンファニフに影響されてか、皆が興奮状態に陥っていた。


 前線や電車内の通常会員たちの多くが魔術を連発してそこら中で光が混ざり、茶色い土煙と爆発の白煙が立ち上がって風に揺らぐ。


 その土煙が他の会員たちの視界を狭め、そのうち一人の男が後ろから人間に掴みかかられた。

 男が慌てて視線だけ後ろに向ければ、人間が大きく口を開けて首を噛み千切らんとしていた。


「うわあああ!!」


 男の悲鳴が上がると同時に、掴まっていた人間のこめかみを弾丸が貫通し、小さな破裂音と共に頭部が爆散した。


 男は血飛沫の赤に顔を染められ、砕かれた肉片に頬を叩かれる。


「ッー! うえ、ッ……」


 冷や汗を流した彼は、人間の肉塊が顔に当たって嫌そうにしながら電車の一両目に目を向けた。

 指先に白い魔方陣を展開させ、口元に持っていく。


「あ、ありがとうございます! レドッグさん」

『はいよー』


 レドッグの気の抜けた声が魔方陣から聞こえてくる。


 続けてため息が聞こえてきて、プチンという切断音が鳴り強制的に魔方陣が消された。


「はあ……誰かさんのせいで戦場が荒れてんじゃねーかよ」


 戦場では煙に紛れて人間の体躯が舞い、人間の死体がそこらに広がっていた。

 状況は圧倒的にレドッグたちの方が優勢に見える。


 しかしそんな彼らに向かって、石像の勇者が広範囲の炎の魔術を放った。

 大きく広がる炎の波は手前にいる人間ごと焼き払い会員たちを襲う。


 その炎は、突如現れた結界に遮断されて空へと消えた。


「ファンファニフは相変わらず他の会員を気にしてないんだな」


 結界を張った人物、ヴェンデルは悩ましげな声を出して結界を消した。

 玉座に魔力を貯め、電車の結界は維持したまま屋根から降りてくる。

 電車の外、レドッグのいる窓の近くに来た。


 レドッグは開けられた窓からライフルの先を出しており、前方を伺うその目は左側だけ眼球に魔方陣が浮かんでいる。


 遠くの景色でも容易に見られる魔術である。

 レドッグは戦況を監視して、先ほどのように危険があれば後方から援護射撃をしていた。


 彼は降りてきたヴェンデルに目を向けないまま口を開く。


「魔王様がいる時は俺が全体の狙撃援護担当で、アンタは後方の奴ら死なないように立ち回りしてくれるけど……魔王様の公休日は最悪だよ。前線でファンファニフが掻き乱してそのサポートは俺一人。ハードワーク確定演出だよ。右撃ちが止められないよ大当たりだよ」

「……アイツの新人時代の教育係ってお前じゃなかったか?」

「……あー。ファンファニフと仕事被ると仕事自体は早く終わるけど後方のサポートに追われて大変だよもう」

「オイ無視するな」


 レドッグはヴェンデルに都合の悪いことを言われて無視した。


 ファンファニフは、この「壊掃電車」の会員になってしばらく経つがレドッグよりは若手の人物である。

 彼女が入ってきた際の指導員はレドッグだった。


 もちろん彼は仲間の重要性や全体的な戦況を考慮すること等を教えており、新人時代はファンファニフもきちんと仲間と共に戦っていた。


 しかし彼女は一人でガンガン人間討伐を進めていきたいタイプらしい。

 新人の肩書きが外れて数年後いつの間にか団体戦の意識が消え失せ、ソロ討伐のスタイルが確立されてしまっていた。


「けどあれでも俺らのことは頭の中に入ってるんだろ? 俺らとは共闘もできるし」

「他の奴らともそこまで仲悪くはないぞ。ただ、アイツの中で重要度の低い人物にまとめられてるんだろうな」

「一両目の後輩ができたら変わるかねェ」


 レドッグは悩ましげな声をもらして、前方で人間の群れに猛進していくファンファニフを見た。


 石像の戦士や勇者の攻撃はヴェンデルが結界を張って防ぎ、ファンファニフを主軸として会員たちが人間を蹴散らす。


 人間の頭数はどんどん減っていく。

 それでも勇者の迷宮の中から、さらに人間が出現して押し寄せてきた。


 人間数体がファンファニフの斧にのし掛かり、彼女の攻撃を封じようとする。


 ファンファニフは人間の重さで斧を持ち上げられないと悟ると、柄に付随されたレバーを手前に引いた。


 斧のバレルに刻まれている紫の魔方陣が、発光して大きな銃声が響く。

 放出された弾丸は、銃口に被さっていた人間の腹に直撃した。


 近距離の着弾だが貫通はせず、人間の体内に弾丸が留まっていた。

 その弾丸を中心に魔方陣が描かれる。


 体内から魔術が発動し、爆裂して人間の肉片が飛び散った。

 それが斧を押さえていた他の人間たちに勢いよく打ち当たり、彼らの手が緩む。


 その隙にファンファニフは斧を振るって人間たちを薙ぎ払った。


「アンタらに私は止められないのよ!」


 調子に乗って高笑いしつつ、彼女は傷を一切負わずに人間の群れを蹴散らして前へと進んでいく。


 敵陣のど真ん中で踊っているファンファニフに、石像の勇者から魔術が放たれた。


 雲一つない上空から突如、強烈な雷が彼女に向かって落ちてくる。

 ファンファニフは翼で後ろに飛び上がって避けるが、その背後に赤い魔方陣が出現した。


「!」


 ファンファニフが振り返る間もなく魔方陣から炎が放たれた。

 しかしそれは彼女には当たらず、いつの間にか彼女の周りに張られていた結界に衝突して飛散する。


「あまり先を急ぎすぎるなよ。敵地に一人突っ込むのは頭イカれてるぞ」


 上からヴェンデルが彼女を見下ろして忠告した。

 先ほどまで電車の近くにいた彼だったが、見かねてファンファニフのもとまで転移してきたらしい。


 ファンファニフは驚いた様子なく、少し微笑む。


「いやまあ、何かあったらヴェンデルが助けてくれるの分かってるし」

「……よし。一回お前がいない体で仕事するか」

「ちょ、ごめんて! 分かってる! 荒いやり方せずにちゃんと自分の身は自分で守るから!」


 ヴェンデルの発言に彼女は慌てて謝った。


 二人が話しているなか、勇者から光線の魔術が飛んできた。

 ヴェンデルは結界を張らずに手を払って簡単に弾く。


 しかし一発で終わらず炎や水、電撃に様々な魔術が何十発も放たれ続ける。


 ヴェンデルは少し驚いて、自分とファンファニフを囲う結界を張って勇者の猛攻を防いだ。

 魔術攻撃が止む気配はなく、彼は眉を寄せる。


「あの勇者、お前を下におろさないようにしたいみたいだな。だいぶ派手に暴れて人間たちを跳ね飛ばしたからか」

「ああ、なるほど……」


 ファンファニフは自分が勇者に警戒され対策されたことを理解する。


 口元を手で覆って隠す。

 指の隙間から見えるその口角は、吊り上がっていた。


「ふ、ふふっ……でもさ、人間は飛べないよね」


 ファンファニフは斧の銃口を下の人間の村に向けた。

 彼女がバレルに指を触れ、刻まれていた魔方陣が紫から白へと変わる。


「おいお前」

「飛べない人間は、ただの金ええ!!」


 ヴェンデルが何か言う前に、ファンファニフはトリガーのレバーを引いた。


 すると銃口から弾丸が何十発も連射され、目下の人間に鉄の雨を降らせた。

 銃声が連続して鳴り響き、下では風切り音が流れて血飛沫と土煙が舞い広がる。


 人間の死体から上がった黄色い球体が大量にファンファニフの腕に吸い込まれていった。


「おまッ! 下の奴らのことも考えろよ!」


 ヴェンデルは結界で勇者の魔術を防ぎながら声を上げた。


 真下に仲間はいないが、遠くない場所には何人か散在している。


 さらにファンファニフが角度を変えて乱射し続けるので骨や肉片や当たりに飛び散り、煙が離れた場所にいる仲間たちの方まで流れていた。


「あ、そういえば他にもいるんだったね。じゃあ私がもっと離れるか」

「おい待て。俺もさすがにお前一人を専属で護衛はできんぞ」

「大丈夫。私も結界魔術は使えるから、結界張りながら倒してくよ」


 ファンファニフはヴェンデルの返事も聞かずに彼の結界から出て、猛スピードで前方に飛んで行った。


「おい勝手にッ……全然わかってねーじゃねーかよ」


 ヴェンデルは大きくため息をついた。


 すぐさま勇者がファンファニフに魔術を放つが彼女は結界を張って防ぎつつ、飛行して上から人間たちを銃撃する。


 ヒャッハーと楽しそうに人間を狩る彼女を、後方からヴェンデルは呆れて見ていた。


 手元に魔方陣を発現させ、通信魔術でファンファニフと繋ぐ。


「おいファンファニフ! あまり先に行きすぎるなよ。一人につき狩らなきゃならん人間の規定数があるんだ。お前に横取りされまくって給料減らされたらたまったもんじゃない」


 ヴェンデルが指摘するものの、魔方陣からはファンファニフの笑い声しか聞こえない。


 通信魔術にレドッグが追加して入ってくる。


『アイツ聞いてないよ魔王様』


 ヴェンデルは大きくため息をついた。


 彼らはこの人間討伐の仕事を受ける際、あらかじめ一人につき討伐の最低数が決められている。


『今日のノルマ、俺たち一両目は一人につき二十万体だっけ?』

「ああ。俺たちには必須タスクの『勇者の全滅』もあるがな……アスティ、今回の勇者の出現数は五体だったか」


 ヴェンデルは仲間のもう一人に通信魔術を繋いで話しかけた。


 魔方陣から、周りの騒音に混ざって男の声が聞こえてくる。


『はい。まずはここにいる一体。次にここから三時間、離れた場所に一体。その次もそのくらい離れた場所に、というのが続きます。今回はどの勇者も固まって出現はせず、点在しているようです』


 口調は真面目で堅苦しいものの、その声は爽やかで冷たさはなく、人当たりの良さを感じさせるものだった。


 おそらく彼は戦いながら話しているようで度々、斬撃音が聞こえている。


『まあ二日分で仕事組まれてたからある程度、予想はしてたけど……徹夜かァ』


 レドッグは悩ましげに言葉をこぼした。


「もちろんエナジードリンクは持って来てるよな? レドッグ」

『あれェ? もしかして中抜けさせてくれないパターン?』

『中抜けしてたら今回の任務は二日以上かかりますよ。残業ありでも最短でいけて帰宅は明日の昼頃でしょう。まあ通常会員の方々は定時退社するでしょうけど』

『クソー、羨ましい。残業は悪! 悪だよ悪!』


 淡々と話すアスティに対してレドッグは不満そうに声を上げた。


「勇者は時間が掛かりそうだから俺は他の奴らと一緒に先に戦士たちを片してくる。お前はファンファニフの援護しながら勇者を食い止めててくれ。アレは最後に叩く」

『りょーかい。どうせファンファニフが全部終わらせるだろうけど俺も動くわ』


 レドッグは狙撃態勢を解き、ライフルから手を離すとライフルが空中で消える。


 彼は自身に結界を張り、転移魔術でファンファニフの近くまで移動する。


 ヴェンデルは他の会員、主に指定会員の戦い慣れた者たちと連携して石像の戦士たちの先に潰していった。

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