桜邸は化物屋敷㉕
糸からできた絡新婦は、どんな技を使うか分からない。
迂闊に近づくのは危険だ。
(まずは動きを止める!)
放った枝は、先端が届く前に切り落とされた。
(まさか、雷さんと同じように、縁切りを使えるのか!?)
でも、直ぐにそれは違うと気付く。
薄闇の中に、キラキラ光る細い線が見えた。絡新婦は自身を
糸を操る手が動くのと、俺枝を呼んだのは同時だった。
枝を身代わりにして襲い来る糸を躱す。飛び散る木片、折れた枝を払い除け、全力疾走。距離を詰める。
(枝を絶やすな! 足を止めるな!)
鉈の間合いまであと少し。
グンッ——。
左手が何かに引っ張られ、バランスが崩された。
そこへ狙っていたかのように飛んでくる糸の束。
「くらえ!」
鉈を一振り——バチィッブチブチ、切れた糸は光の粒となって消えていく。雑に一振しただけで、あの固い糸を断つなんて……。さすが髪切りの牙、なんて切れ味だ。
俺の左手を捕らえた糸を切断し、周囲を警戒する。いつの間にか広場全体に、巣が張られていたようだ。
(糸で攻撃しながら、罠まで仕掛けるなんて、どんだけ器用なんだよ!)
鉈を振り回し、手当たり次第に糸を切ってやれば、悪手だと考えたのか、絡新婦は空間を覆っていた糸を体に戻した。だけど切り落とした分、奴の体は小さくなっている。
絡新婦は後ろに大きく跳躍した。空中に糸を張り、その上に立ってこちらの様子を伺っている。
鉈を怖がって逃げた?
(いや、違う! 鉈の届かない所に巣を張ったんだ!)
絡新婦は巣の上を飛び回り、毒液を放ってきた。
枝を交差させ、籠を作り、毒の雨を耐える。ジュワジュワ溶ける枝の隙間から滴り落ちる毒液は、容赦なく俺の皮膚を焼いた。
「っ……」
痛みに耐えながら、がむしゃらに枝を放つ。
(切断されようと構わない。今は、量が必要だ)
枝で天井を作り、絡新婦を閉じ込め、枝の攻撃が避けられる隙間を埋めていく。
(どんな達人だって、量で攻めれば迎撃が追いつかなくなる。プロポーズの日、楓さん相手に花さんが使った手だ!)
撓る枝の一本が、遂に絡新婦を叩き落とした。
「今だ!」
籠を破壊しながら伸びる枝に掴まり、枝の隙間を縫って、鉈の一太刀を食らわせた。
(クソッ! 身を捻って避けられた。でも、片側の腕二本は切り落としたぞ!)
地面に落ちた絡新婦は、残った片側二本の腕を解き、鞭のように振り回し始めた。鋭く風を切るそれに、空間を覆う枝はみるみる切り落とされていく。
「させるか!」
また逃げ回られるのは厄介だ。上から全力で枝を放ち、絡新婦を狙う。
だが奴は放つ枝の悉くを切り落とし、大きく口を開けた。そこから超高速で飛ばされた毒の球体は、咄嗟に防御で出した枝の壁すら破壊した。
飛び降りて躱せば、第二球がすぐそこに迫っている。
枝を伸ばし、それを掴んで避ける。空中を飛び回るというのには、あまりにも不格好。でも、掴んだ枝を伸ばし続けた事で、続く第三・第四球は、枝に振り回される形で躱す事ができた。
逃げる間も、攻撃の手は緩めなかった。
だが糸の束は、一振りで枝の群れを薙ぎ払う。もし俺が喰らえば、真っ二つどころじゃ済まない。どうにか、近づく方法はないか?
いくら花さんと桜の神様の助力があっても、俺と絡新婦じゃ力の差がありすぎる。
(考えろ! 何か手はないか? 何か……)
(あれ……)
ふとした、違和感——絡新婦の脚が二本、欠けている。
「まさか!」
背中に強い衝撃を受け、気付けば地面に落されていた。
全身を支配する様な、強い痛み。
(俺の体は、まだ繋がっているのか?)
視界の端に、鉈が見えた。頭上の枝に刺さっている。
糸の鞭で叩き落とされた時、落としてしまったようだった……。
絡新婦が、じりじりとにじり寄って来る。
(何が起こった?)
絡新婦の解かれていた糸が、元の形——脚へと戻っていく。
奴は足を
(俺は毒液を避けていたんじゃなくて、避けさせられていたのか……)
絡新婦は、動かなくなった俺を脚で仰向けに転がし、その顔近づけてきた。
糸の絡新婦には、目が付いていない。
でも、どうしてか、その顔が泣いているように見えた。
浅く息をする俺の顔を、絡新婦はしばらく眺めていた。
やがて、何かを悟ったかのように自身の体を起こした。
絡新婦は脚を振り上げた。
そして……槍の切っ先のようなそれが、俺の顔へと、勢いよく振り下ろされた。
バキッ——メキッ——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます