桜邸は化物屋敷⑳

 道を探して辺りを見回す。

 今俺達がいるのは、縦に伸ばされた巨大な広間。穴だらけの壁に囲まれた円形の吹き抜けのような場所、上にも下にも無限に空間が広がっている。異界だとは聞いていたけど、ここは大きさも実際の屋敷とは随分変わっているらしい。


「もしかして、あの壁の穴って、全部通路じゃないっスか!?」


 鈴木君の言葉通り、壁には大小不同の通路が無数に開いている。だけど、花さんの所へ通じる道は、一本だけだ。


「花さん、どれを選んだらいいかな?」

 そう呟くと、指輪を嵌めた俺の薬指が勝手に動いて、遥か上空の大きな通路を指差した。


「あそこだ!」


 指差すと同時に、また火野さんは急上昇を始めた。俺達は振り落とされないように、背中に強くしがみつく。

「シートベルト無いんスか!?」

「耐えてくれ俺の腕力!」

 どんなに叫んでも、都合よく火野さんには聞こえていない。いや、無視されている。慣れない姿で無茶してるから、必死なんだろうって思うけど、もう少しだけ俺達に優しくしてくれてもよくない?


「楓! 迎撃を頼む! 俺の火じゃ全員こっちを巻き込んじまう!」

「任せて!」


 なんとか上の様子を見て、絶句した。花さんは俺に味方してくれる。でも、桜の木は違うらしい。上から落ちてくる無数の針の様な枝を、楓さんが鋏で切って消していく。でも、いくら切っても切りがない。逃げ場を塞ぐ大樹の枝がすぐそこに迫ってきていた。あと少しで通路に着けるのに!


「以津真天お願い」

 楓さんに応えるように、怪鳥が稲妻を起こして枝を裂き、逃げるように通路へと飛び去った。火野さんもその後に続き、鳥の姿のまま通路に逃げ込んだ。さっき床に呑まれそうになったし、飛べるだけの広さがあるならこのままの方が安全かもしれない。


「クソッ本当に近付いてるのか?」

「いつまでー!」

「近づいてるよ! だから、もうちょっとだけ頑張ってください!」

 不満を零す妖怪達。流石に疲れが出てきたんだろうか。


「そうじゃねぇ! 俺が言いたいのは、桜花がお前の身を案じて、わざと自分の居場所とは別方向の安全な道に案内してるんじゃねぇかって事だ」

「それは、絶対無い! 花さんとの縁の繋がりが、進む度に強くなってるんだから! 約束したんだよ。あの子がどんなに恐ろしい物になってしまっても、必ずを取り戻すって。だから、花さんが俺の身を案じるなら、自分自身がそうなる前に、俺を自分の元に案内してくれるはずだ!」


「いつまでー! いつまでー!」

 また怪鳥が騒ぎ出した。でも、楓さんはその鳴き声の中に別の物を感じ取ったらしい。


「あ、ヤバイかも」


 そう零した直後、天井にひびが入って巨大な手が目の前の床ごと道を叩き潰した。廊下は傾き始め、火野さんと怪鳥は大急ぎで穴の開いた天井から外へ脱出する。出た場所はさっきの広間のような異空間。壁に阻まれた円形の吹き抜け、上にも下にも無限に空間が広がっている。だけど、さっきの場所と違って、壁には穴が開いていない。

 俺達がいる少し下に、円形の空間に通された一本の橋の様な物があった。正確には、三分の一程度を残して、奈落の底に落ちていく残骸から橋なんじゃないかと予想したんだけど……。よく見れば、それは橋ではなくて、俺達がついさっきまで飛んでいた広い通路だった。その残された三分の一、奥へと続く入り口は、襲撃者の上半身で塞がれていた。


 通路を叩き折った襲撃者は、巨大な骸骨だった。その大きさは頭部から腰までで、三階建てのビルに匹敵する。下半身を壁に埋めたまま、上半身で道を塞ぎ、両手を壁に這わせ、空洞の眼窩は恨みがましく俺達を睨み付けているようだった。


「やたらと亡者や邪鬼を取り込んでいたと思ったが、これを作る為か!」

 火野さんは唸りながら空中を高速移動。骸骨から距離を取る。


「【がしゃどくろ】じゃないっスか!?」

「このタイミングで出て来るなんて」

 鈴木君の悲鳴に、俺の顔も険しくなる。


 がしゃどくろ。

 楓さんに亡者の危険性を聞いた時、彼女が一番恐れていたのは、この妖怪が出て来る事だった。協会による妖怪の危険分類リストの上位に食い込むこいつは、数多の亡霊の集合体。その強さと危険度は、祟り神に相当する。万が一あれに出くわした場合、霊媒師が取るべき行動は逃げの一手のみ。それさえ許されずに握り潰されて全滅する事もあるらしい。


「本っっ当に、最悪のタイミング。しかも門番気取りとか、笑えないんだけど!」


 楓さんの言葉通りだ。道は一本しかないっていうのに、あいつに塞がれてしまっている!


「どかさないと!」


 でも、火野さんの火や怪鳥の雷がまるで効いてない。


「固くて切れない!」

 楓さんの鋏も通用しないようだ。


 それなのに、繰り出されるしゃどくろのパンチは、風圧だけで俺達を圧倒する。

 花さんに力を貸してもらったとしても、こいつを倒せるのか!?


「よし、ここは、あたしとあき君に任せて。なんとか隙作ってあげる!」


 楓さんは言うが早いか、風圧が弱まった腕に飛び移り、頭の方へと走り始めた。

 それを見た火野さんは何を狂ったのか突然背面飛行を始めて俺と鈴木君を振り落とした。絶叫しながら落下する俺達は、以津真天に背中でキャッチされた。なんというファインプレー!


 鈴木君が冷や汗を流しながら、怪鳥の頭をポンポン撫でた。(キャッチされた時に、鈴木君と俺の位置が入れ替わった。)


「はぁ……蔦美爺さんの式神は知性的っスね」

 楓さんの式神火野さんへの皮肉か? 全面的に同意するよ!


「聞こえてんだよ! あいつを引き剝がしてやるから、そいつに乗ってさっさと行け!」


 地獄耳。俺は口に出さなくてよかった。


 楓さんが骸骨に振り落とされた。でも、空中に投げ出された彼女を火野さんが受け止める。更に楓さんが背中から落ちないように、タールを溢れさせて簡易的なシートベルトの様な物を作って足を固定した。


(俺達と扱いに差がありすぎない!?)


「鈴木君! できるだけ急ぐから、それまで頑張って!」

 楓さんは煙草を一気に二本咥えて火を付けると、片方を火野さんに咥えさせた。


「はぁ……。あき君から貰った煙草、一箱無駄になっちゃうな~」

「また後で新しいのやるよ」


 がしゃどくろを前にしても、このコンビは余裕そうだった。それもそのはず。だって、がしゃどくろに出くわした霊媒師が逃げるのは、このコンビに助けを求める為だ。


 火野さんは楓さんを背に乗せたまま、骸骨の攻撃を擦れ擦れでかわし、その巨大な頭の前へ。嚙み千切ろうと首を伸ばした骸骨の前歯を急降下してすんでの所で躱す。

 異変が起こったのはその直後。何かを飲み込んだ骸骨が、顔に開いた穴という穴から煙と火を噴き出し大慌てで体を反らした。火は背骨へと燃え広がり、がしゃどくろは闇雲に手を動かして藻掻いている。


「以津真天!」

 鈴木君の合図で、俺達を乗せた怪鳥は猛スピードで動き出した。振り回される手を避け、肋骨の擦れ擦れを飛んで、再び道が閉ざされる前に通路へ突入した。


「さっきのあれ、凄い威力だったな……」


 神様と崇められる怪異から贈られた物は、何であろうと神器になる。その効果や力は、怪異が贈り物に込める念の強さで変化するらしい。火野さんが楓さんに渡した煙草は、彼の執着が込められた特別性。それを、楓さんがしゃどくろの口内で発火させたらしい。でもあれ、大爆発ってレベルだったな。


「楓さん達でも、あれを倒すのは一苦労っス。でも金紅さんは、きっとこの先で待ち伏せしてるっスよ」

「俺と鈴木君で、なんとかしないとなのか……」


 絡新婦としての正体を現した雷さんは、骨を砕く鋭い脚に、何でも溶解する毒液を放つ。蜘蛛の巣は獲物の動きを封じ、更には縁を操るというから厄介だ。それなのに、こちらは楓さんと火野さんが離脱して戦力が欠けてしまった。しかも、俺が花さんの力を借りて枝を呼べるのは、あと二回だけ。


「弱気になるなんて、珍しいじゃないっスか」

「どうして鈴木君は笑ってられるんだよ」


「だって、白鳥さんは金紅さんを倒す為に向かってる訳じゃないでしょ」

 鈴木君が振り返って、ニッと笑った。

「白鳥さんは、花ちゃんを助ける為にここに来たんス。だったら、やる事は決まってるっス。金紅さんの事は俺に任せて、先に進むっスよ」


「……本当に、雷さんの事が好きなんだな」


「何スか? 急に」


「修行を始めた時、正直、鈴木君は直ぐに根を上げるんじゃないかって思ってた。でも、本気で取り組んでて、練習試合で火野さんを追い詰められたのは、鈴木君の活躍があったからだ。前に、『俺の方が雷さんを幸せにできる』って、啖呵切ってたし……だから、本当に好きなんだなって」


 悪気があった訳じゃない。でも、鈴木君は浮かない顔をして俯いてしまった。


「あの時は、酔った勢いでそう言ったっスけど、本当は、そんな自信無いんス。ガキの時から、楽な生き方ばかり選んできたっス。ちゃらんぽらんで碌でなしって、自分でも分かってるっスから。金紅さんと釣り合わない事くらい、本当は分かってるっス」


「じゃあ、なんでここに来たんだ? ここは前の桜邸とは違う。危険な場所だって知っていたのに」


 彼は怪鳥に指示を出す為、前を向いてしまったので、苦笑する顔は見えなかった。でも、何故かその背中が寂しそうに見えた。


「金紅さんは、俺の憧れなんスよ。強くてカッコ良くて、その上美人な大人の女。馬鹿な所為で悪い事に巻き込まれても、助けてくれる大人がいなかったクソガキには、ただ一人路地裏で手を差し伸べてくれたあの人が、やたら眩しく見えたんスよ。だからあの人の目に映りたくて、髪染めてピアス買って……本当馬鹿っスよね。でも、止められないんス」


 自嘲するような、乾いた笑い声が聞こえた。


「でも、別に想って貰えなくてもいいって、なんとなく思うんス。作り笑いだとか、あの人が自分を護る鎧を脱げる場所が、俺の傍でなくたっていい。あの人が、あの人らしくいられれば、それだけで嬉しいっス。だから、あの人を止めるために、俺はここに来たっス」


 再び振り返った彼の目には、強い光が宿っていた。例え叶わない恋だとしても、彼は彼女の幸せを願って、その為に彼女と対峙する決意でいたんだ。


「もう俺は、鈴木君をちゃらんぽらんとも、碌でなしとも思わないよ。君は強い男だって、胸を張って自慢できる」

「白鳥さん、それ何目線っスか」


 鈴木君はまたいつものように、軽薄に笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る