桜邸は化物屋敷⑮
「金紅様の力は縁結び。人と怪異の縁さえ結ぶ強力な力。だから金紅様を祀る秋葉家は式神使いなんだけど……あの話を聞いた後だと、複雑だわ」
そう言って、楓さんは頭を抱えた。
「使えるもんは使え、だ。それに、白鳥達は運命だったとはいえ、縁を切らずに強く鍛えた。そこにあの絡新婦の力は関係ない」
火野さんはその後に「俺とお前の腐れ縁もな」と小声で付け加えて、照れた楓さんにチョップされていた。火野さん、まだ酔ってるのかな……。
桜邸の裏庭に集合した俺達は、ようやく昨夜の醜態から立ち直りつつあった。だけど、ふとした瞬間に昨日の事を思い出して複雑になる。人の恋愛を面白半分に茶化しちゃいけない。いや、本当に。昨日の話が衝撃的過ぎて、今日はまだまともに火野さんの顔を見れない。
話の流れを変えようとしたのか、楓さんが咳払いした。
「と、とにかく、花ちゃんに力を貸してもらうなら、
「それでもこの時期に間に合ったのは、奇跡的っスね」
鈴木君は真面目な顔で頷いている。宣言通り競馬は止めたらしく、今日はイヤホンをしていない。
「じゃあ白鳥君、早速桜の枝を出してみてよ。まずはあたしがやってみせるから」
ここに集まってすぐ、練習の為に木製の的を立てた。楓さんはその内一つを指差している。どうやら、今から枝を召喚して的に当てるらしい。
指輪を貸すと、彼女はそれを片手で握りしめ、そのまま軽く縦に振った。すると手が通った場所の空間が裂け、鋭い枝が飛び出して的を串刺しにした。
「こんな感じ。指輪の縁を掴んで、枝を呼ぶの」
「枝を……呼ぶ?」
「枝のイメージが大事だよ。こう、枝でドスッて突き刺す感じ」
って、楓さんは簡単に言うけどさ……難し過ぎない!?
糸通しの感覚で縁を掴むまではできたんだけど、枝を呼ぶっていうのが分からない。指輪を振ってみたけど、何も出てこない。楓さんが見せてくれたように、枝が飛び出す想像もしてみたけど、まるで駄目だ。
「う~ん。じゃ、花ちゃん。やっちゃって」
痺れを切らしたのか、楓さんが花さんに向かって微笑んだ。その笑みを受けて、何やら覚悟を決めた様子の花さん。
「失礼します」
花さんが指輪を掴んだ俺の手に、自分の手を添えた。あれ、これ滅びの呪文唱えるポーズ。
「いきますよ。せーの」
バル——。
条件反射で呪文を唱えようとした瞬間、体の中を熱湯の様な何かが駆け抜けて、目の前が赤くなった。
酷い息切れと、熱い体。ぼんやりする頭。
慌てた花さんが俺を呼ぶ声。
なんとか意識を手繰り寄せると、楓さんが何か思案するような顔で俺を見下ろしていた。
「今のが最大出力。白鳥君が出せる限界ね」
指差された方を見ると、無数の枝が編みこまれてできた巨木が、原型も残さず的を粉々に粉砕した後だった。それはあの時、廊下を覆いつくした花さんの呪いと同じものだった。
「今ね、花ちゃんが白鳥君に直接力を分けたの。でも、出力が安定しないから、全力しか出せない。もし全力を連発したら、白鳥君は死んじゃう」
「死んじゃう!?」
「だから白鳥君は、自分でこの力を引き出して、調節できるようにならないと。……今のは、枝を呼ぶ感覚を覚えてもらおうと思って、ちょっと無茶してもらったんだ」
「じゃあ、さっきの熱いのが花さんの力なのか……。でも、調節って?」
悩んでいると、鈴木君が難しい顔をしながら話しかけてきた。
「白鳥さんの場合、無理に神の力を引き出すより、花ちゃんにお願いする感じでやってみたらどうっスか?」
からかわれているのかと思ったけど、そうでもないらしい。
「蔦美爺さんにコツ教えて貰ったんスよ。神の力は、人間の信仰が底上げしてるんス。祈りの念が神に届けば、人間はその恩恵を受けられるっス」
鈴木君はそう言って、片手で銃のポーズを作り、新しく立てられた的に向かって狙い撃つような仕草をした。
その途端、指先から眩い閃光が放たれ、的に命中して激しく燃え広がった。
「こっちは百発百中なんスけどね」
そう言って、鈴木君は涼し気な顔で的を眺めた。
今の光、見覚えがあるぞ。
「まさか火野さんの!?」
「そうっス。火力は火野さんがやるより、大分弱いんスけどね」
開かれた鈴木君の手には、ライターが握られていた。
「式神だって、神っスよ。金借りる時みたいに必死にお願いすれば、渋々力貸してくれたっス」
「かっこよかったのに、台無しだよ……」
気付けば、火野さんが面白く無さそうな顔でこっちを見ている。
「まさか、俺がくれてやったライターをそんな事に使われるとはな」
「どんな物でも、神様から贈られれば神器だからねぇ。間違っても、あき君はあたし以外の女の子にプレゼントあげちゃ駄目よ。あ、男の子にもね。変な縁結んだら怒るから」
「鈴木君のはノーカンにしてあげるけど」そう言って楓さんが火野さんにウインクすると、火野さんは素直に頷いて返事を返した。
「昨日、あの後何かあったんスか?」
鈴木君が何か不気味な物を見た様な、怪訝な顔をして声を潜めて聞いてきた。昨日のあれをどう説明していいか困っていると、代りに花さんが答えてくれた。
「酔っ払いの火野さんから、楓さんとのあれこれを聞き出しちゃいました。楓さん、ずっと狸寝入りして火野さんの愛を確かめていたんですよ」
「あ、へ~。白鳥さん達、エグイ事するっスね」
鈴木君は恥を搔かされたのが自分だけじゃないと知って嬉しそうだ。火野さん達を見てニヤニヤ笑っている。
さてと、感覚を忘れないうちにもう一回やってみよう。
修行再開だ。俺は的に向かって、プロポーズの日に襲ってきた枝をイメージしながら、花さんを心の中で呼んだ。あの枝の恐さも、強さも、俺はよく知っている。あの力を俺も使う事ができれば、こんな俺でも戦力になれるかもしれない。
いつも花さんは俺を護ってくれる。だけど、俺だって花さんを護りたいんだ。
だからその為に——。
「花さん、力を貸してくれる?」
指輪を嵌めた左手で空を切った。
——――――
「雪二さん!」
俺を呼ぶ花さんの声が遠くで聞こえた。
「大丈夫ですか?」
不安気な花さんの声に起こされた。
いつの間にか、夕方になっている。
(気絶したのか?)
何が起こったのか分からないけど、貴重な修行の時間を無駄にしてしまったらしい……。それどころか、心配ばかり掛けて恰好が付かない。
「……大丈夫」
自分の情けなさに腹が立ったせいで、少しぶっきらぼうな返事をしてしまった。花さんは心配してくれていたのに……最低だ。
練習場の方に視線を向けると、鈴木君はまだ修行していた。隣には火野さんがいて、何か指導をしているようだった。
「鈴木さん、休憩も取らずに、ずっと修行されていたんですよ」
鈴木君は雷さんの為に、雷さんを止めようと必死なんだ。きっと彼の本気に、嘘偽りはない。火傷した指に包帯を巻いて、びっしょり掻いた汗を拭いながら、火野さんのスパルタな指導に喰らい付いている。
「あ、大丈夫?」
桜の木の方から、楓さんがこっちに歩いて来た。
「桜の神様、冬が来るせいか、ざわざわしてる。花ちゃんに手伝ってもらって、宥めといたよ」
皆それぞれ頑張ってるのに、俺だけ戦力になれないのか……。
「応急処置はしたけど、体調は大丈夫?」
てっきり呆れられたと思っていたけど、楓さんの声は優しかった。
「あの……」
このまま戦力になれなかったら、俺はまたみんなの足を引っ張ってしまう。プロポーズの日だって、楓さん達は俺を庇ったせいで苦戦していた。
もしこのまま、何も出来ないまま命日を迎えてしまうと思うと、本当に情けなくて涙が出そうだ。
「出力の調整はさ、難しいから徐々にやってこ。でも、きっと大丈夫」
俯いた俺の肩を、楓さんがポンポン叩いた。慰めてくれてるのか……。頑張らないと……。
「気絶させちゃってごめんね。流石の私も、まさか白鳥君が花ちゃんの最大出力を上回るとは、思わなかったんだよ」
指を差された先を見て、思わず呆然とした。
「え? 何、あれ」
木端微塵になった的の、更にその先——コンクリートでできた屋敷の塀に、風穴が空いていた。
「大好きな白鳥君の頼みだもんねぇ。花ちゃんだって、張り切っちゃうよねぇ」
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