⑭のおまけ 落ち葉焚きの煙

 こんにちは、木の傘です。

 いつも読んでくださり、ありがとうございます。

 でも今回はおまけなので、読まなくても本編は追えちゃったりします(;´∀`)

「何でこのタイミング?」って困惑されてますよね? 自分自身これをどこに入れようか迷ったんですが、結局こういう形になりました。


 内容は、酔っ払った火野が楓の話をするだけです。人生の終わりを見据えたこの異種族カップルは、その時を迎えた時に果たしてどうするのでしょう?


 気持ちいつもより人外度強めになってますが、もしよければ……。


 次回は本編の続きです!


 ――――――—————――――――—————――――――—————――――




 逃げるように居酒屋を出ると、鈴木君と協力して酔いつぶれた蜘蛛妖怪達をビジネスホテルに押し込んだ。


「お疲れっス。じゃ、また明日。しばらくそっちに泊まるんで、部屋作っといてくださいよ~」


「気を付けて帰りなよ~」

「お待ちしてます」


 既に歩き始めていた鈴木君は、振り返らずに手を挙げて返事をした。


 残る問題は、酔っ払った楓さんと火野さんなんだけど……。


「二人とも、今はどこに住んでるんですか?」


 火野さんは楓さんを背負ったまま、千鳥足で黙々と歩き続けていた。煙草を吸わせたら擬態も元に戻ったし、たぶん放っておいても大丈夫なんだけど、心配だから暫く様子を見ようと思って一緒に歩いている。だって、たまにフラフラって壁にぶつかりそうになって危ないんだもんな~。


「俺が楓さんをおんぶしようか?」


 親切心から声を掛けたつもりだったんだけど、火野さんにギロッと睨まれた。


 どうして……。


「送り狼か?」


「何言ってんの?」


 思わず敬語が取れてしまった。

 送り狼って妖怪もいるけど、この場合は親切を装って女性に乱暴する不埒者って意味だろう。

 火野さんにそういう目で見られたのは心外だ。ジトッと睨み返すと、火野さんは舌打ちした。

 

「人間の男はいつもそうだよな! 楓の乳と尻ばっかり目で追いやがって!」


「ちょっ! 本当何言ってんの?」


 周囲に人が居ない事を確認して、ほっと息を吐いた。

 ふと、最初に楓さんと会った時、思わず胸に目をやってしまった事を思い出して恥ずかしくなった。


「雪二さん?」


 これには流石に、肩に乗っていた花さんの手にも力が籠る。


「お、俺は花さん一筋だから!」


「楓の方が綺麗だ」


「ちょっ静かに!」


「楓は美人だから、そのせいで人間にも妖怪にもモテちまう……」


「火野さん、大分酔っていらっしゃいますね……」


 花さんの心配したような、呆れた様な声が聞こえた。


 一方俺の方は、悪戯心が芽生え始めていた。


「火野さんって楓さんのどこに惚れたんですか?」


 花さんも俺の意図に気付いたらしい。声を弾ませながら質問をぶつけた。


「火野さんから見ても、楓さんのスタイルの良さは好ましいんでしょうか?」


「あ゛?」というガラの悪い返事と、睨みが降ってきた。


これは駄目か。教えてくれないか……。


「俺はこいつの魂の揺らぎが好きだ。ゆらゆら、ごうごう、まるで燃える火のようだ。俺はそれが老いて消えるまで見たい」


(あ、教えてくれるんだ)


「命の火を見続ける。初めはそれだけでよかった。だが、今はそれだけじゃ足りねえ。誰にも、こいつを取られたくねえ」


 花さんが小さな歓声を挙げた。

 ……俺も、今の台詞真似してみようかな。


「だがな、俺はタールと煤の塊、汚いうえに毒でしかない。かといって、今じゃ神としても落ちぶれた。この人格だって昔の名残、人間が俺に与えたもんだ。本当の俺には性別どころか、肉体すらない。楓に、人間が思うような幸せは与えてやれない。……そんなくだらない妖怪が、あのモテる女を引き留めておくのは、なかなか苦労するんだぜ。例えば、この見た目がそうだ」


 オールバックのチンピラおじさんが、楓さんの好みなんだろうか?


「だからいつもその姿に?」


「お前、最初この姿の俺を見てどう思った?」


「どうって……滅茶苦茶怖かったですけど」


 今は大分面白い妖怪だけどな。


「だろ? この格好で傍にいれば、下心を持った大半の奴は俺にビビッて逃げる。できる男の身だしなみって奴だ。虫よけに丁度いいんだよ」


 身だしなみに気を遣うって、そんな意味だったか?


「それでも相手がしつこければ、煙に巻いて遠ざける。できる男のさりげない気遣いってやつだ」


 さりげない気遣いも、そんな意味だったろうか?


「指輪を付けさせれば他の男は寄って来ないと思ったが、あれは失敗だったな。恋人関係が解消されたのは不本意だった。まあ、でも大した問題じゃねえ。他人に取られなければいいだけの話だからな」


「そういえば、今はよりを戻して婚約したんでしたっけ? 指輪ってまさか、夏雲宝石店で……」


「誰があの絡新婦の店で買うかよ。そのペアリングを買った店と同じ、人間の店だ。で、ようやく受け取ったと思ったら、今度は首から下げやがる。『仕事中に傷付けたくない』だと? シャツに隠れて見えねぇじゃねーか……」


 少しだけ目を閉じて心の中で合掌した。


「楓さんの事、本当に愛してるんですね」


「愛? どうだかな」


 花さんが声を弾ませるも、火野さんは首を傾げた。この執着を愛というなら、火野さんの愛は歪んでいるのかもしれない。でも楓さんは楓さんで、自分が死んだ後、火野さんが独りぼっちになってしまう事を案じていたけど、自分が生きている間は傍にいて欲しいと願っていた。


(似た者同士なんだろうな)


 互いに執着して纏わり付くのが愛情表現だなんて、この恋人たちの愛は酷く歪んでるのかもしれない。俺と花さんが言えたもんじゃないけど。


「こんな面倒で極悪な妖怪に取り憑かれてんだから、全く不運な奴だよな。だが、楓はこんな俺を愛してるって言うんだぜ。初めて会った時から、ビビッと来たとか何とか。腐れ縁が赤い糸の代わりだとかな」


「楓さん、よっぽど火野さんとは強烈な出会いをしたんだな」


「まあ、出会いは最悪だった」


 火野さんは笑った。


「こいつと会ったのは、目を掛けてやっていた村だった。元々煙として恐れられてはいた俺だが、火が必要とされなくなった途端、遂に自分を保てなくなった。今まで護ってきた筈の物全部、俺の手で台無しにしちまった。荒れ狂った祟り神なんざ、到底並みの霊媒師の手には負えねぇ。だが、霊媒師協会は歴代一賢い選択をした」


 火野さんは、懐かしんでいるのか穏やかな顔をしていた。


「神殺しに送り出されたのは、今にも命の火が消えちまいそうなガキだったのさ。だが、根性があった。弱弱しく燃える癖に、随分綺麗な火だと思った。何の気の迷いか、そいつは俺を救おうと手を伸ばしてくるもんだから、俺は式神になってその火を煽ってやることにした。元はといえば、俺は火の神だったからな」


「やっぱりさ、それは愛なんじゃないかな」


 そう呟くと、火野さんはまた笑った。


「さあな。だが、逃がしてやるつもりはない。こいつの火が燃え尽きるまで、傍で薪をくべ続けるのは俺の役目だ」


 互いに執着して、手放したくないというのに。いつか来る終わりを見据えているのか。


「……もし楓さんがいなくなったら、火野さんは俺みたいに連れ戻す?」


「あの絡新婦の手を借りるかって? こいつは現人神だからな、魂だけで蘇ったりしたら、それこそ永遠に秋葉家でこき使われちまうだろ。死んでからも苦い汁を飲ませるつもりはねぇよ」


 人として長く生きたとして、楓さんが火野さんを置いて逝く未来は変わらない。それでも火野さんは、楓さんの為に手を離すって言うんだな。だからきっと、楓さんも火野さんの為に笑顔で手を振って死に別れるんだ。


「火野さんは……」

 寂しくない? そんな言葉を、呟こうとして飲み込んだ。


 彼らが悩んだ末に出した答えに、俺が口を挟んでいいのか迷った。


 でも、火野さんは俺の意図を理解してしまったようだ。フッと笑って、口を開いた。


「日本は火葬だからなぁ。その日が来たら、俺はこいつを火に包む。さぞ綺麗な火で燃えるんだろうな。短い人生の最後の最後まで、きっとこいつは俺を楽しませてくれる」


 火野さんは、淡々と言葉を紡ぐ。煙羅煙羅、煙と火を操る火野さんにとって、火葬は望ましいさよならの方法なんだろうか。


「お前は楓より長く生きろよ。お前らは楓にとって良い友人ダチだ。いつかお前らや、こいつが助けた人間達に見守られながら、こいつの体は真っ白な灰になる。……そうして、楓は——」


 別れはいつだって辛いものだ。それを語る火野さんがどんな顔をしているのか、俺はもう見る事ができず、目を瞑った。


「きっと、いい煙羅煙羅になるぜ」


(は?)


 後に続いた言葉は、俺が想像していたものとはだいぶ違った。思わず火野さんの顔を見ると、火野さんはどこか照れた様子だった。


「火葬されて立ち上る煙は、灰を巻き上げて化粧するんだ。きっと綺麗だろうな」


 あまりの衝撃に硬直していると、彼は首を傾げた。


「楓は俺が煙羅煙羅にする。当然だろ。転生なんざさせねぇよ」


 二度も言った。しかも営業スマイルじゃないって事は……本気なのか?


「だが、死んでからも秋葉に拘束させるつもりは、さらさら無い。火葬が終わったらその足で、俺達は風に吹かれながら世界中を見て回るつもりだ」


「もしかして……それを楓さんに伝えたから、指輪を受け取ってもらえた?」


「よくわかったな。こいつ、何を悩んでいるのかと思えば、そんな事だった。長い付き合いなんだし、言わなくても分かる事だと思っていたが、口にしないと分からない事もあるもんだな」


 そう言って火野さんはゲラゲラ笑った。


「ああ、そうそう。あの時、お前のおかげでこいつはやっと、口を滑らせたんだったな。正直助かったぜ。まさか俺がそこまで甲斐性無しだと思われていたのは心外だったが……。だが、ようやく口説き落とせた」


 火野さんは似合わないガッツポーズをした。


「だが、万が一俺の様な醜煙にされたら可哀想だからな。だからこうして煙草を咥えて人間に啓蒙する訳だ。俺の様な悍ましい怪異が潜んでるから、禁煙しろってな。タールと煤なんて、あいつが纏うには似合わん。どうせ纏わせるなら、そうだな……秋の葉を集めて燃やした煙が良い。あいつの中で燃える火によく似合いそうだ」


「……楓さんだって、煙草吸ってるじゃん」


「あいつの煙草は、匂いだけを残して俺が無害な煙にすり替えてんだ。俺が吸ってるこれもな。煙の所為であいつに早死にされたら、流石に立ち直れる気がしねぇ」


 そうこうしているうちに、二人の家に着いたらしい。オートロックのマンションだった。


「じゃあな。明日に備えて早く寝ろよ。お前らを葬式に招待する為にも、ここで死なせる訳にいかねぇんだ」


 あまりの衝撃に俺達はしばらくは二人で立ち尽くしたまま、火野さん達を見送っていた。


「……お葬式なのに、結婚式に招待するみたいな爽やかさでしたね」


 冠婚葬祭の婚葬が同時の事ってある? 火葬はお色直しじゃないんだぞ。


「そういえば、楓さんが最初から起きていらっしゃったのに気付きました? 耳まで真っ赤っ赤でしたよ」


 きゃっきゃっと歓声を上げている花さんに、ようやく現実へと引き戻してもらった。


 愛の形は様々らしい。

 

 人の思う幸せは与えられないって言ってたけど、火野さんの提案は、楓さんが願う幸せの形に沿っていたんだろう。


「帰ろっか」


 肩に添えられた花さんの手を撫で、俺はそう呟いた。


 ――――――


 そして酒が抜けた翌日、醜態を晒した面々が気まずい面持ちで集合したのは言うまでもない。

 俺も以前酔っ払った勢いで、火野さんと取っ組み合いになった事があったけど、今回は皆酷過ぎた。


 まともにお互いの顔すら見れない重苦しい雰囲気の中、我らが誇るクイーンオブ不祥事ニスト、楓さんが口を開いた。


「……春になるまで、禁酒しよっか」


 その提案に全員が頷いた。

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