桜邸は化物屋敷⑨
驚愕した俺達の悲鳴が桜邸中に響き渡る中、花さんはその詳細を教えてくれた。
蔦美が花さんを監視するようになってから、噂を聞きつけた雷さんが花さんの元を訪れた。
「幽霊になってまで、運命の人を探し続けているなんて……。泣かせる話じゃないですか」
そう言って、雷さんは花さんにアドバイスを始めたそうだ。
「あなたの、愛する人に尽くしたいという気持ちは、よくわかりました。せっかく強力な怪異になったのですから、その力を存分に活かしていきましょう。私が素敵な方と巡り合う機会をご用意致します」
そう言って、雷さんは花さんと桜の木が写った例の写真を人間社会にばら撒いた。
「それから、もう一つ大切なアドバイスをさせていただきます。気になる殿方が現れたら、その方に近づく女は必ず殺しなさい。その女は、あなたの大切な人を誑かす悪女です」
――――――—――
「雷さん、昔話に出てくる魔女かよ!」
「そればかりは、お爺ちゃんが花ちゃんを止め続けてくれた事に、感謝しないとかなー……。何考えてんの、あの悪神!」
「あの絡新婦、性悪どころか、害虫じゃねえか!」
俺達の悲鳴を聞いた花さんは、申し訳なさそうに平謝りしていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい! でも、カラー写真なんて貴重なものまで撮ってくださるというから、なんていい人なのかと……」
「蔦美が監視を始めた頃なら、もうカラー写真は一般的に流通してたはずだがな……」
火野さんが指摘すると、花さんは酷くショックを受けたようだった。
「なるほど。花ちゃんがどうやって写真を撒いたか気になってはいたけど、そういう事だったのね……」
気まぐれ故のいたずらなのか、どうしてなのかはわからない。でも、一応は神様なのに、自分の所の霊媒師が見張っている悪霊の手伝いをしていいのか?
(というか、花さんの手伝いをしたなら、
困惑していると、火野さんが新しい煙草に火を付け、一気に吸い込んだのが見えた。ため息の代わりなのかもしれない。
「蔦美は、写真をばら撒いたのは
「たぶん、金紅様の犯行を隠したかったんじゃないかな? だから、花ちゃんのせいにして、折檻も酷くしたんじゃない?」
「協会に詮索されるのを防ぐためか……。やたら体裁を気にしていた理由はそれか」
「金紅様が花ちゃんに手助けしてたなんてバレたら、秋葉家は終わりだからね……」
楓さんと火野さんの話を聞いて、長年蔦美が雷さんに尽くしていたっていうのは、庇っていたという意味でもあったのかと考えてしまう。
でもそうすると、大きな疑問が残る。火野さんは、雷さんが慎重な性格だって言ってなかったか?
「蔦美さんが雷さんを庇うとしても、どうしてこんな大胆な事を? バレたら一発アウトなのに……」
「縁結びの神様として、乙女のお手伝い? ……いくらなんでも、流石におかしいよね? これにも、妖怪としての私情が絡んでたりする?」
楓さんの問いに、火野さんは難しい顔をして返した。動機がわからないって事だろうな。
「師匠、何か言ってた?」
「そういえば、『あの毒婦を負かす唯一の方法は、神として振舞うその面の皮を剥がすことだ』とか、なんとか」
「やっぱり、金紅様は妖怪として、花ちゃんに執着してるのかな」
「楓、あいつが神になった経緯を覚えてるか?」
「『縁が操れた金紅様は、その寛大な慈悲の心で人に手を差し伸べた。人もまた、金紅様の加護を望み、金紅様を受け入れた』そんな感じだったはず」
「だが所詮は、人間が語る経緯だ。神になりたかったっていうのは、本当だろうがな」
「……ウチらが花ちゃんが復活した経緯を誤魔化したのと同じように、金紅様が神様になった理由は改竄されてたって事?」
「ジジイは、その辺が怪しいと睨んでるんじゃねぇか? なにせ、討伐対象にされかねない危ない橋渡るくらいだ。きまぐれ程度で起こせる不祥事じゃねえだろ。人嫌いな絡新婦が、神になった本当の理由、そこに桜花の手助けと白鳥の目を奪った動機が隠されているはずだ」
「……調べてはみるけど、尻尾出さなそうだな~」
楓さんは溜息を吐いた。
「でも何となく、神だとか妖怪だとか、そういう規模の大きい理由じゃないと思うんだよね。なんというか、性悪女の私怨って感じじゃない?」
「何か心当たりがあるのか?」
そう聞くと、楓さんは顎に手をやって少しだけ唸った。
「女の勘って奴?」
苦笑いしてしまったけど、不思議と楓さんの勘はよく当たるんだよな……。
「あの……ごめんなさい。隠していた訳じゃないんですが……」
花さんが申し訳なさそうに楓さんに話しかけた。隠していた訳じゃなかったけど、なんとなく言い出しづらかったんだろう。何せ、楓さんの家の神様が楓さん達を苦しめていたんだから。それに、雷さんに唆されて、花さんは多くの人に呪いを掛けてしまった。蔦美が止めなければ、取り返しのつかない事になっていたはずだ。
(でも、被害者は花さんもだよね。だって、雷さんのせいで、蔦美は余計酷く君を痛めつけたんだから……)
楓さんもそう思ったのか、できるだけ明るい顔をして花さんに笑いかけた。
「まあ、これからどうするかは、また考えよ。それより花ちゃん、白鳥君に渡したい物があるんじゃない?」
楓さんにウインクされ、花さんはドキッとしたように手を動かした。それを合図に、さりげなく火野さんが小さな袋を花さんに渡した。
「ゆ、雪二さん……」
花さんは、どこか照れたような、緊張した声で俺に話しかけて来た。思わず俺の背筋も伸びる。気を利かせてくれたのか、楓さん達がそそくさと部屋を出て行ったのが横目に見えた。
「こんな事になってしまって、雪二さんが私の為に時間を割いてくれてるのも、私の為に霊媒師になって危ない事をしてるのも、申し訳なく思っています。でも、私は雪二さんの事が好きで……大好きで……」
未だ君の顔すら見えない男の為に、花さんが謝る事はないのに……。
「ありがとう。俺こそ、いつも花さんには迷惑かけっぱなしだね。俺も、花さんの事が大好きだよ。だから、一日でも早くまた君の笑顔が見たい」
気持ちを伝えると、花さんは震える手で俺に小さな袋を差し出してきた。
「私は透明になってしまいました。でも、少しでも、雪二さんに私を傍に感じて欲しくて。……我儘ですが、受け取ってください!」
袋を受け取り、綺麗な箱に入ったプレゼントを取り出した。手のひらに乗るくらいの、小さな箱だ。
「開けていい?」
「は、はい……」
中にはまた別の、でも見覚えがあるようなタイプの箱が入っていた。
(もしかして……)
箱の中に入っていたのは、揃いの指輪だった。
「ペアリングというそうです。離れていても、お互いを傍に感じられるとか……」
正式な結婚は、俺が花さんの事がちゃんと見えるようになってからしたいと我儘を言って、延ばしてもらっている。最近は仕事が多くて、二人きりの時間があまり取れなくなっていた。
(それに、俺は君の事が見えなくなっているから、不安だったのかな)
そう冷静に考えようとしたのに、俺は……。
「雪二さん! 嫌でしたか? ごめんなさい……」
花さんからの贈り物が嬉しすぎて感涙していた。
(君の事が見えないから、愛想を尽かされたらどうしようとか、そういえば花さん霊媒師嫌いなのに、霊媒師いっぱいの職場選んじゃったとか、色々悩んでたのに! 俺、滅茶苦茶愛されてる!)
どうにか想いを伝えようと口を開いたのに、涙が溢れて止まらなくて……。様子がおかしいことに気が付いて戻って来た楓さん達がいなければ、とてもこの想いを伝えることなんてできなかった。
「俺、絶対また花さんの事、見えるようになるからね!」
そう泣きながら、指切りをした。
―――――———————
参考書を引き出しにしまって、楓さんに教えてもらった糸通しと、蔦美から貰ったマジカル・アイに、真剣に向き合い始めた。最初は全く何も見えなかったけど、練習を重ねると、ぼんやりと何かが見え始めるようになった。
ようやくマジカル・アイに怪異が浮かび上がるようになったのは、木の葉が色づき始めた頃だ。大体は鳥や犬の姿をした怪異が写った写真だったけど、一枚だけ、見たことのある写真が混ざっていた。
それは、不動産屋で見せてもらった、例の写真だった。あの時は上手く見えなかったけど、今はしっかりと見える。
桜の木の下に、薄桃色の着物を着た大和撫子が写っていた。艶のある黒髪、ほんのりと赤い目、写真を撮られる事に照れたような笑顔を見せるその子は……。
「花さん……」
蔦美は真面目な男だ。霊媒師として、その使命を全うし続けた男。見知らぬ誰かの幸せを願い、戦い続けてきた男。凡人と罵られても、最強の座を掴み取った野心家の男が、なんで自分の経歴の汚点となった彼女の写真を持っていたんだろう。それも、雷さんがばら撒いた、悩みの種を……。
花さんを警戒し続ける訓練、そう言い切れば、それだけだけど……。
どうしても、想像してしまう。
(蔦美は、花さんと同じ時代を生きていたんだ)
生前か死後になってからか、いつなのかは、わからないけど。蔦美は花さんの事を、少なからず想っていたんじゃないだろうか。
蔦美しかできなかったとはいえ、長い役目を引き受けたのも、除霊しようと傷付けたのも、霊媒師として、彼女が悪い物に変質していくのを引き留めたくて、手を尽くし続けた結果なんじゃないかって……。
霊媒師になった今、除霊対象がどんなものかよくわかる。人間を護る為には、絶対に倒さなければならない相手だ。そんな相手を想うなんて、蔦美自身が自分を許さないだろう。だから、使命という鎧を着こんで、隠したかったのは雷さんの所業だけじゃなくて、自分自身の……。
(でも、もしそうだったとしても、あの式神をけしかけたのは、許せないぞ。花さんを痛めつけた事も、絶対に許さない)
剝ぎ取って寄越す事もできたはずなのに、敢えて残されたこの写真は、霊媒師としてじゃなくて、蔦美という一人の男から、俺に向けられたメッセージのような気がした。
「必ずあの子を幸せにしろ」
そんな想いが、込められている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます