桜邸は化物屋敷⑧

 蔦美とすれ違いに、花さん達が戻って来た。

 玄関に入るやいなや、楓さんは後ろを振り向きつつ、驚いた声で話しかけてきた。


「師匠と何かあった? あんな清々しい顔初めて見たんだけど? 別人かと思ったじゃん」


 楓さんの肩には、花さんの手が乗っていた。


「何か酷い事されてませんか?」


「大丈夫。花さんのアルバムを届けてくれたんだよ」


 洋館の奥を親指で指すと、楓さんは思い出したとばかりに手を叩いた。


「そういえば、白鳥君が引っ越してきた日に没収されたままだった」


 楓さんは花さんを肩に乗せたまま、洋館の奥に飛んで行ってしまった。俺も行こうかと思ったけど、ふと洋館の前の駐車場で荷物を纏めていた火野さんに気付いたので、そっちを手伝う事にした。どうやら火野さんは、荷物持ちに駆り出されたらしい。


「今日は飲み明かすんだって? 酒とつまみもどっさりだ。下戸の俺にはわからんが、そんなに酒はいいもんなのか?」


「まあ、飲めばわかるよ」


 冗談に冗談で返すと、火野さんは軽く笑った。火野さんは、酒どころか煙以外は食べられない。でも、食べ物を炙った煙には味があるらしい。前に焼き鳥屋に入った時は、換気扇もビックリするくらいの煙を取り込んでいた。


「そういえば、鈴木も後で来るらしい」


「あ~、連絡来たよ。負けたから奢ってくれってさ」


「あいつも懲りねぇな」


 俺と花さんに気を遣ったのか、みんなは今別の場所で暮らしている。でも、結構な頻度でこうして遊びに来てくれる。部屋も空いているから、飲み明かして泊っていく事もざらだ。この間なんて、借金取りに追われた鈴木君が転がり込んできた。


「ああ、そうそう。お前の連れが色々買い込んでたぜ。運ぶのを手伝う気があるなら、これだけ持ってけ」


 「これだけ」っていう割に、手渡されたのは結構な荷物だった。


「えっと、服と、化粧品と、一週間分の食材?」


(そういえばこの間、楓さんから花さんに特別手当てが出されたんだっけ? もうほとんど正社員だな……)


 俺がぼんやりそう考えていると、火野さんは煙草を吸いながら笑いかけてきた。


「愛されてるな~、色男。いつまたお前に見られてもいいように、いつも綺麗な身なりでいたいんだとよ」


 実を言うと、花さんが今の俺をどう思ってるのか、ここ最近はずっと不安だ。花さんを見つけてあげられたから、俺に惚れてくれたのに。今の俺は、花さんの左手しか見えない……。


「あー……なんだ。半分持ってやる」


 俺の心境を察したのか、火野さんは俺から荷物奪って歩き出した。追いかけるよう後に続く。リビングに着くと、楓さんと花さんはうきうきでアルバムを捲っていた。


「この花ちゃん可愛い~」


「ぐ、偶然上手く撮っていただけたんですよ……」


 楓さんに褒められた花さんの照れが、声からも伝わってくる。


(俺と火野さんをほったらかしにしといて、二人とも楽しそうだな……)


 適当に荷物を下ろした後、同情の意味を込めて火野さんの背中を軽く叩いた。でも火野さんはその意味を誤解したのか、

「頑丈にできてるだろ? 変化は得意だからな」

 そう言って得意げに笑った。


 蔦美が言っていたように、火野さんは人間を理解しているようで、たまにこういうズレがある。前に俺の肩を叩いて強度チェックしたりしたのも、たぶんこのズレのせいだ。


(それなのに事務所じゃ貴重な常識人だから、変な話だよな)


 思わず苦笑いしてしまう。


「ちょっと、ちょっと、大事な恋人の生前の写真が戻って来たっていうのに、そんな所で何してんの?」


「荷物運んで来たんだから、ちょっとは火野さんと俺に感謝しろよ!」


 悪態を吐きつつ、俺も花さんのアルバムを覗かせてもらう事にした。でも、俺が思っていた写真とは、だいぶ違うものだった。


「白黒写真……」


「今、令和二年でしょ? 六十年前が、昭和三十五年だとして、そこから更に前っていうと、カラー写真ってかなり貴重だったんじゃない?」


「なるほど……」


 でも白黒写真とはいえ、久しぶりに花さんの顔が見れて、懐かしいような気持ちになった。


「あ、これはカラー写真ですよ」


 花さんが指差した写真は、一族の集合写真のようだった。何かのお祝いの場みたいだけど、花さんは暗い顔をして写っていた。道具の様に育てられたと聞いていたけど、生前の花さんは、塞ぎ込んでしまうことが多かったんだろうか。

 今の性格になったのは、一度悪霊になったせいで、感情を押さえ込んでいた蓋が飛んでしまったからだって、最近楓さんから聞いた。


「ねえねえ、この写真見た? 超かわいいでしょ?」


 楓さんに指差された写真の先にいたのは、微笑みを浮かべている花さんだった。ずっと塞ぎ込んでいた訳じゃなくて、こうして穏やかな笑みを浮かべられる事もあったと知れて、少し安心した。


「本当は、桜色の綺麗な御着物だったんですよ」


 桜色の着物は、きっと花さんによく似合うはずだ。


「へぇ。生で見たかったな」


 ふと、その写真の下に楓さんのメモを見つけて、思わず目が点になった。


 そこには、「十七歳」と書かれていた。


(あれ、おかしいな? 見た目、今と全然変わらないのに……)


 冷や汗なのか、なんなのか、頬を一筋の汗が流れて落ちた。


「まさか花さん、十七歳なの!?」


「落ち着いた雰囲気だし、同い年くらいに見えるよね」


 楓さんに笑われたけど、言い返す気にもなれず、花さんの方をまじまじと見つめてしまう。見えるのは左手だけなんだけど、見ずにはいられなかった……。


「年下なんだ……しかも、七歳も。俺、年上だけど大丈夫? 気にならない?」


 冷や汗を流しながら、声を絞り出すと、横から呆れたような声が聞こえて来た。


「いや、こいつの方がずっと年上だろ」


 どこからともなく伸びてきた木の枝が、火野さんの頭をバシッと叩いた。


「私は雪二さんより、お姉さんなんです!」


 ちょっとだけを強調するあたり、乙女の繊細さが伝わってくる。ぼんやりそう思っていると、横から楓さんに耳打ちされた。


「何か言ってあげなよ。花ちゃん、子犬みたいな潤んだ目で白鳥君の事見てるよ!」


「俺は歳の差とか、全然気にしないからね!」


 慌ててそう宣言すると、左手の動きだけでもわかるくらい、花さんは感激したようだった。


(可愛い……)


「でもまさか、師匠がこのアルバムを返してくれるなんて……。一体どういう心境の変化?」


「憑き物でも落ちたんじゃねぇか?」


 冗談を言う火野さんの横で、楓さんはアルバムをパラパラ捲っていた。蔦美の行動は、やっぱり楓さん達からしても信じられないものだったんだろうか。


「マジカル・アイみたいな心霊写真集も置いてったぞ」


 そう言うと、楓さんは酷く驚いた顔をして、それからフッと笑った。


「……師匠、教えるの上手いでしょ? 凡人だとか馬鹿にされながら、最強にまで登りつめた人なんだから。花ちゃんを監視できるのはあの時代、お爺ちゃんしかいなかったくらいだもん。だから、色々やらかしたのは……本当に残念……」


 楓さんは俯きながらそう言った。なんだかんだ、楓さんは蔦美の事を尊敬していたんだろうな。


「花さんにした事とか、悪いとは思ってたみたいだった……」


 蔦美の話に、たぶん偽りはない。蔦美が俺に見せた楓さんの投稿に、蔦美自身も『いいね』を押していたし。


「でももう一つ、蔦美は何か隠してる気がするんだけど」


「お前の妻にでも聞け」そう蔦美が言ったの内容が気になっていた。


「借り? なんで?」


 蔦美の除霊を邪魔した俺は、恨まれることはあるかもしれないけど、借りを作るようなことはしていないはずだ。

 楓さんもそう思っているらしく、首を傾げた。火野さんも、煙草を吸いながら考え込んでいる様子だった。


「……秋葉家の神様は……金紅さんですよね?」


 何か心当たりがあるのか、花さんがおそるおそる口を開いた。


「そうだよ。どうしたの?」


 楓さんが顔を向けると、花さんは拳をギュッと握った。こういう時、大抵何か言いづらい事を伝えようとしてるんだよな……。


「もしかしたら、その借りは、の事を言っているのかもしれません」


「どういう事?」


 楓さんのみならず、火野さんも怪訝な目で花さんを見た。俺も、どういう事なのか花さんの方をジッと見てしまっていた。


 みんなの注目を集め花さんは、

「金紅さんは、になった私の恋愛相談に乗ってくれていたんです」

 声に緊張を含ませ、驚きの発言をした。

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