桜の下で春を待つ君⑮
楓さんのお
(でも、君がそう簡単に諦めるはずないよな)
そう思った通り、呪いの枝は俺を待ち構えていた。裏口のドアを開ければ、空を覆う程の枝が、一斉に俺目掛けて降り注いできた。
(いくら楓さんの護りがあっても、流石にこの量は避けられない。全ての枝が逸れる前に、確実にこの中の一本には刺殺される!)
咄嗟にそう考えられたのは、きっと俺の生存本能がフルに働いていたからだ。
「花さんプレゼントだ! 全力で受け止めてくれ!」
向かってくる枝に向かって、大切に抱えてきた薔薇の花束を投げた。咄嗟の思いつきだった。でも、彼女なら応えてくれるという確信があった。
そして思った通り、花さんは俺の思いに応えてくれた。
無数の枝は慌てふためき、花束を受取ろうと交差した。激しく音を立てて折れ、
「花さん!」
彼女は、桜の下にいた。大木の幹に抱かれ、青白い顔をして沈むように横たわっていた。その眼は赤く妖しく光っていて、恨めしそうに俺を見据えていた。
その姿は、いかにも君が怖れられてきた悪霊という感じだ。けど、君が大事そうに着ているそのぶかぶかのパーカーは、今朝俺が貸したものだよね。だから、全然怖くないよ。むしろ、可愛いとさえ思う。
「ようやくまた会えた。花さんともう一度、ちゃんと話がしたかったんだ」
「雪二さん……」
「でも先ずは、この呪いを解いてくれるよね? 頼むよ……」
そうお願いすると、花さんは渋々了承してくれたらしい。さっき俺を襲った呪いの枝が、幻のように薄れ、消えていく。きっと、館の中の枝も消えたはずだ。これで楓さん達は大丈夫だろう。
「なんで……どうしてここまで来ちゃったんですか……。どうして殺されてくれなかったんですか? こんな姿、雪二さんに見せたくなかったのに……」
花さんは泣いていた。よく見ればその体は木に喰われて一体化していた。自由に動かせるのは、片腕と頭くらいだろう。
(春を望む君の思いが、桜と君を融合させてしまったのか?)
花さんは、嫌われたくないから見られたくないって言ったけど……。
「大丈夫、大丈夫だよ、花さん。血だらけの君を見つけた時に比べれば、全然平気だ」
花さんは、涙に濡れた赤い目を俺に真っすぐ向けていた。癇癪のような呪いの枝は、飛んでこない。きっと、今ならちゃんと話し合える。想いを伝えるなら、今しかない。
深呼吸する。
出会った日の事、覚えてる? 俺は覚えてるよ。桜を見上げるその横顔が、とても寂しそうに見えた事。でもその理由を知ったのは、ずっと後になってからだった……。
冬に取り残されて、寂しい思いをしていた君。俺を探していたって、君はそう教えてくれたけど……。だとしたら、迎えに来るまで随分時間がかかってしまったね。それなのに君は、あの日俺に素敵な笑顔をくれたんだ。
君の笑顔にどれだけ俺が救われたか、この想いを君に伝えたい。
「好きだよ、花さん」
「え?」
何を言われたのか、全然理解できないって顔だな。
でも大丈夫、どんなに惨めで格好悪い告白になっても、ちゃんと君に伝わるまで続けるよ。火野さんが、体を張って教えてくれた事だ。伝わらないからって拗ねたところで、関係は何も変わらないんだって。
「俺は、君に恋をした。一目惚れだったんだ。あの日からずっと、俺は君の事だけを考えていた」
「どうして? だって、私まだ雪二さんのお役に立ててません。……あなたも蔦美に言われたんですか? 哀れな女を慰めてやれって言われたんでしょう? 雪二さんがそんな茶番に付き合う必要なんて——」
「違うよ。一郎さんはそうしたのかもしれないけど、俺は違う。本気なんだ。本気で君を愛してる。だから、死んでもいいって覚悟を持って会いに来たんだ。いいかい、花さん? 好きでも何でもない人の為に、命懸けで告白する男はいないんだ!」
そう精一杯伝えたけど、花さんはまだ俺を疑っているようだった。
「でも……でも、私が役立たずだから。だから、『何でもするなんて言わないで』って言ったんでしょう? 大切な方に尽くすよう育てて頂いたのに、私なんかじゃ雪二さんの期待に応えられないんです。相応しくない女なんです。それでも私は……雪二さんと一緒にいたくて……だから……」
「それだよ! ちゃんと誤解を解かせてくれ!」
「え…… 」
「そうだよ。酷い誤解だ。君は、絶対役立たずなんかじゃないのに。だって花さんは、俺を救ってくれたんだよ。あの日、花さんは俺を見つけてくれたじゃないか」
「私が?」
花さんは、一瞬嘘を衝かれたような顔をした。
「いいえ。雪二さんが私を見つけてくれたから、私は……」
「そうだね。俺が君を見つけた時、君も俺を見つけてくれた。君は、こんなつまらない男に、とびきりの笑顔をくれたんだよ。俺はあの笑顔に救われたんだ。だから俺は、君に恋をしてしまった……」
そう言葉を紡ぎながら、彼女に近づいた。
彼女の前に跪いて、手を伸ばす。花さんは躊躇いながらも、それに応えるように手を伸ばしてくれた。だから彼女の手に触れる事ができた。
花さんの手は自分より小さくて、細くて、酷く冷たい。どうにか俺の熱を分けてあげられないか、ギュッと握ってみる。
驚いたのか、小さな手がビクッと跳ねた。けど恐る恐る、手を握り返してくれた。
「放さないでいてくれるの? 嬉しいな。何でもない事かもしれないけど、俺はそれが凄く嬉しいんだよ。俺は今まで、誰にも期待されなかったし、見向きもされなかったから」
今度は手を、両手で包み込んでみる。花さんはもう片方の手も動かそうとしてくれたけど、そっちは予想通り、木に取り込まれて上手く動かせないみたいだった。代りに桜の枝が伸ばされて、俺の手に触れてくれた。
さっきまであれだけ怖かった枝が、今は愛おしく感じる。
「花さんが両親に厳しく育てられたって聞いたとき、俺は自分の家族を思い出したんだ。俺には、滅茶苦茶凄い双子の兄貴がいたんだよ、
あの頃を思い出して、思わず自虐的に笑ってしまった。
「両親は気持ち悪いくらい教育熱心だったからさ、一雪ばっかり構って、俺の事は見向きもしなかった。俺がテストでそこそこ良い点とっても、美術で銀賞もらっても、あいつはいつも俺の上にいたから、一度も褒めてもらえなかった」
もう終わった事だ。それなのに、大人になっても子供の頃に付けられた傷が、治らない。いくら楽しい思い出で
「頑張っても、頑張っても、誰も俺を認めてくれなかった。見向きもされなかった。それが悔しくて、家を出たんだ。……土下座して高校は出させてもらったけど、きっと大学には行かせてもらえなかっただろうしさ」
桜の枝が、俺の背を優しく撫でてくれた。なんだか、少し気恥ずかしい。花さんの前で格好付けたくて、タキシードまで着てきたのに。やっぱりこんな格好悪い告白って無いよな……。
だけど、花さんは俺を笑ったりしなかった。ただ何も言わず、慈しみの目を俺に向けてくれていた。だから俺も、最後まで思いを吐き出す事ができそうだ。
「何でもない俺を見つけてくれた君の事が、心の底から好きになったんだ。君が傍に居てくれれば、俺はこんなにも満たされる。花さんだけが、俺を幸せにしてくれるんだよ。……だから俺も、君を幸せにしたいんだ」
告白の最中、花さんはずっと真っすぐ俺の目を見ていた。それが今は、目をギュっと瞑って、顔を真っ赤にして、唇をプルプル震わせている。
彼女の緊張は、俺にまで伝わってきた。心臓が、煩いくらいに高鳴っている。
(どうか、俺を受け入れてくれ。幼稚で、格好悪くて、何の取り柄もない男だけれど……)
「雪二さん、私——」
花さんが何かを言い掛けた、そのときだった。
桜邸全体を激しく震わせるような、化け物の咆哮が夜空に轟いた!
少し遅れて、楓さんに借りた小型トランシーバーが、通信を受信した。
「ヤバイッス! 蔦美爺さんの式神がそっちに!」
告白の答えは、まだ聞けてない。それなのに……花さんを殺した男が、また彼女を殺しに来てしまう。
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