桜の下で春を待つ君⑭
「じゃ、【恋の宅急便大作戦】開始」
桜邸に足を踏み入れた。このまま建物の壁に沿って、裏庭へ進む手筈だ。
そのはずだったのに……。
門があった場所を通り抜けた途端、俺達は桜邸の玄関ホールに立っていた。
「あれ、なんで? 中には入らないはずじゃ……」
何が起こったのかわからず、思わず楓さんを見た。楓さんは玄関のドアを思いっきり蹴り付けていた。それなのに、ドアはビクともしない。
「やられた」
咄嗟に俺もドアノブを回したり、ドアにぶつかったりして開けようとした。でも、まるで駄目だ。ビクともしない。逃げ道が完全に塞がれている。
「落ち着け。俺達はまだ見つかっていない。今のは、奴の力のせいで空間が歪んで飛ばされただけだ。見つかっていない証拠に、まだ攻撃されてないだろ。見ろ、呪いの枝は俺達をすり抜けている。このまま裏口から抜けるぞ」
火野さんが言う通り、こちらを探る呪いの枝は、楓さんの体をすり抜けていった。
「流石! 頼りになる」
楓さんは冷や汗を拭い、新しい煙草に火を付け、吸い殻を灰皿入れに捨てた。
「だが、奴の呪いはあまりにも強い。いいか? 絶対に奴の名前は呼ぶな。いくら俺でも、お前たちを隠せなくなる」
強く頷くも、俺は昔から『やるな』と言われると酷く緊張する性格だった。手が震えて、花束を包むビニールがカサカサ音を立てている。
「大丈夫。この煙草が燃えている限り、あき君は無敵なんだから」
楓さんに励まされ、枝だらけの廊下を歩き始めた。火野さんのおかげで気付かれないと思っていても、俺は自然と枝を避けていた。
一本一本の枝、それに付いているのはまだ若い花の蕾だ。春を迎えられなかった花さんの思いが、それに濃縮されているような気がして胸が痛くなる。
「裏口が見えた。あと少し頑張って」
でも裏口に近づくにつれて、枝の量が増えている。花さんに近づいている証拠なんだろうけど……。
その時だった。突然動いた桜の枝が、俺の頬を擦った。
「あれ? 今当たっ——」
俺が自分の頬を触るのと、楓さんが襲い掛かって来る枝の束を鋏で切り落としたのは、ほぼ同時だった。
「バレた! 実体化して、援護お願い!」
「クソッ! どうしてだ! 何が起こった!」
「当たり前でしょう? だって、私が雪二さんを見つけられないはずなんて、絶対に無いんですもの!」
仄暗い室内に、花さんの声が響き渡る。バキバキメキメキと音を立て、凶器のように尖った太い枝が廊下一杯になって両側から押し寄せてきた。
マズイ! 楓さんの処理が追いつかない量だ。このままじゃ火野さんが援護に入る前に串刺しにされる!
「やめてくれ花さん!」
叫んだ途端、両側から迫る呪いの壁がピタッと止まった。
「雪二さん! ……やっぱり、私に会いに来てくださったんですね!」
「そうだよ。死ぬ前に、君に伝えたい事があって来たんだ」
呪いの枝が、ざわざわとその場で動いている。その様子がまるで、恥ずかしそうに指をモジモジさせているみたいだなんて、気楽なことを考えてしまった。
「おい、てめえの惚れた男がこう言ってんだぜ。なのに、何で直接会いに来ねぇんだよ。どうもお前らしくねぇな、悪霊女」
実体化した火野さんが、軽口を叩きながら、前後の壁を警戒している。
「煙男、あなたの妖術は厄介です。今の今まで、あなたのせいで雪二さんを見つける事が出来なかったんですもの。でも、雪二さんが私の枝に触れてくれたから、ようやく見つける事ができました」
(触れたっていうか、枝が動いたんだけど。偶然か?)
「あのさ、花ちゃん。白鳥君がここに来た理由分かるよね? 直接会ってあげたら?」
「いくら雪二さんのお願いでも、絶対に嫌です! 絶対に今は会いたくないです!」
(ん? 俺に会いたくない?)
花さんが、俺に会いたくないと訴えている。でも、その言葉を俺が受け入れるまで、随分と時間がかかった。もしかすると、現実ではそんなに時間は経っていなかったかもしれないけど……。
「 もしかして、俺、嫌われた!?」
突然大声を出したせいで、警戒していた楓さん達が、思わずビックリした顔で俺を見た。
「ち、違います! 雪二さんのせいじゃないです!」
花さんの焦った声が聞こえるけど、慰められているようにしか聞こえない。
「でも会いたくないって、告白断られるときでしか、聞いたことないんだけど」
冷静になって、思い返してみる。俺達は互いに一目惚れしたらしいけど、実際に話したのは昨日が初めてだ。異性の経験が無いせいで、勝手に勘違いしてたのか?
「そりゃそうか……考えてみれば、俺達まだ会って間もないのに、告白を通り越してプロポーズするなんて……。しかも、白いタキシードに薔薇の花束ってなんだよ。大してイケメンでもない癖に、何してんだよ。俺、調子乗りすぎだろ! 自分が怖い!」
「違うんです! 違うんですよ雪二さん! 聞いて、ねえ、聞いてください! 私、今凄く嬉しいんです!」
呪いの壁が少しづつ後退していく。でもどうして? こんな恥ずかしい男は、もう呪ってもらう価値すらないのか? 泣きたくなってきた。
「あ、あああ……泣かないで雪二さん。だって、私、私……」
花さんが、声を震わせている。
「だって、本気出した
「え? 花さん……」
「だって、こんな格好見られたら、絶対雪二さんに嫌われちゃう。これ以上雪二さんを失望させたくないんです。だから、雪二さんが逃げない様に、殺して取り込んだ後じゃないと、会ってお話なんてとても出来ません」
「花さん……じゃあもしかして、まだ脈有り(恋愛の意味)だったりする?」
「いえ、雪二さんの脈は止めさせてください。できるだけ優しく心臓を止めてあげますから。魂をくださいますか? くださいますよね?」
(脈を止めるって心臓を止めるって事!? わーお。物理的に
ところで、さっきから楓さん達の圧が怖いんだけど。見るからにイライラしながら、二人揃って煙草を咥えている。
「花さんもしかして、俺が君を怖がるんじゃないかって心配してる? それなら、大丈夫だよ。きっと今の君より、こっちの二人がブチ切れてる顔の方が、ずっと怖いから」
「あのさぁ、花ちゃん。あたしも花ちゃんには幸せになって欲しいなって、思ってるよ。でも、いくら自分の物にしたいからって、愛した男を殺すってのは、正直どうなの? 愛してんなら、自分がいなくなった後も、幸せに生きて欲しいくらいの根性持ちなよ」
楓さんが、煙草の煙を吐きながら啖呵を切った。
「告白決めた奴の覚悟、舐めんじゃねぇぞ。こいつはお前が成仏するまで傍に居るって言ってんだ。婚約に何か不満でもあるのかよ。どんなに短ろうと、傍に居る間はそいつを幸せにしてやる、くらいの気概は見せろや」
そう言うと、火野さんは舌打ちして煙草を吸った。
「二人とも、それは花ちゃんに言ってるんだよな? また痴話喧嘩始まった訳じゃないよな?」
なんか、凄い怖いんだけど。
桜の枝が、またざわつき始めた。
「いい加減にしてください。私は、あなた達とは違うんです。どうせ、私はそこの煙男みたいに雪二さんのお役には立てない。楓さんみたいに綺麗な女でもない。幼稚で、面倒くさくて、おっかない悪霊ですもの! 雪二さんに好かれる所なんて、一個も無いんだもん!」
前後の枝が一気に距離を詰めてきた。枝が重なり合って、もはや棘付きの壁のようになっている。
「楓!」「あき君!」
それなのに、2人は本の数秒で全ての枝を薙ぎ払い、廊下を元通り見通しが良い通路にしてしまった。ただ名前を呼んだだけなのに、2人とも何て完璧な連携だ。まるで映画のワンシーンみたいに完成された動きだった。
「次の波が来る! 早く白鳥君を連れて行って!」
「馬鹿か! 呪いを全部引き受けるつもりか!」
「それしかもう無いでしょ!」
「それは違うぞ楓さん!」
花束を抱え、俺は中庭へと一人突っ走る。
「白鳥君!?」
楓さんが焦った声を出したけど、何も間違ったことはしてない。だって、こういう作戦だったじゃないか。作戦名は……えっと、なんだっけ、
「【お前は先に行け、俺はここに残る作戦】だ(合ってるよな?)! 呪いは任せた! 俺があの子を説得するまで、二人でなんとか持ち堪えてくれ!」
「そんな作戦名だったっけ? でも、わかった! ここはウチらに任せて、白鳥君は花ちゃんをお願い!」
振り返って叫んだ時、楓さんが針と糸を取り出したのを見た。確かあれは、縁を操作したり、結び付けるものだったはずだ。呪いを集めてくれてる間に、何としても裏庭に辿り着かないと。
「何が【俺を残して先に
違うそうじゃない! いや、あってるのか? とにかく頼んだぞ二人とも! 絶対、あの子にもうこれ以上は、誰も殺させないから!
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