桜の下で春を待つ君⑪
準備を整え桜邸に戻ったのは、夜になってからだった。洋館の周りは元々空き家ばかりで閑散としていたけど、作戦開始の数時間前から屋敷の半径一キロ一帯は避難区域に指定されたため、人の気配はまるで感じなかった。
入り口付近に停めたワゴン車の中から、屋敷の様子を覗き見る。そこには、俺が知っている桜邸の姿は無く、外壁から屋敷を囲う柵にまで、触手のように動き回る枝が生い茂った異形の洋館が
「あはは……花ちゃん、相当本気だね。あの動いてる枝みたいなの、全部花ちゃんの呪いが実体化したやつだよ。白鳥君の事探してるっぽいね。今は結界で見つからない様にしてるけど、車の外に出たら総攻撃されるね」
隣に座っていた楓さんが苦笑いした。俺達は後部座席に座っていて、運転手は火野さんだ。妖怪なのに、免許を持っているらしい。ひょっとして、俺が気付いていないだけで、妖怪達は人間社会に溶け込んで暮らしているんだろうか。
「このまま、車で中庭まで行くのは?」
「どういう訳か、桜邸内では結界を張る事はできないんだよ。結界が張れないから、花ちゃんをここに閉じ込められなかった。だから、師匠もあたしも、花ちゃんから目を放せなかったんだ」
そう言って、楓さんはため息を吐いた。
「あたしの腕もまだまだ、だね」
「何言ってんだ。見つからずにここまで来られただけでも、上等だろ」
運転席の火野さんが、こちらを振り返りながら、遠回しに楓さんを称賛した。
「えー、嬉しい事言ってくれるじゃん」
いまさっき、鈴木君から火野さんへ連絡が来たようだけど、何かあったんだろうか。
「蔦美のジジイが動き出したらしい。おっかねぇ式神が飛んでくる前に、決着付けようや」
そう言うと、火野さんは怪訝な顔をして俺を一瞥した。
「……本当にその格好で行くのか?」
俺は買ったばかりの白いタキシードを着こなし、髪を固め、薔薇の花束を抱えていた。
「プロポーズですから!」
少し気合を入れ過ぎたかもしれないけど、何もおかしくないはずだ。もしかして、ポケットに入れた指輪ケースが膨らんで目立つとか? でも、そこまで変じゃないよな。
「……白鳥君がいいなら、いいんじゃないですか? よく似合ってますよ」
「なんで敬語に戻った?」
「まあ、いいじゃん、いいじゃん。花ちゃんこういうの好きそうだし」
楓さんが苦笑いしながら、箱の付いたイヤホンのような機械を手渡してきた。まさか、これって……
「超小型のトランシーバー! 映画でしか見た事なかったけど、実在したんだ!」
「本っ当に、気楽な奴だな! 作戦はちゃんと覚えてるだろうな?」
「はい! 門を破ったら、建物の中には入らず、回り込むようにして裏庭の桜の木へ走ります。というか、これ作戦にしてはガサツ過ぎません? もっと緻密じゃなくていいんですか?」
「作戦なんざ、緻密に作った方が馬鹿を見るんだよ。……すぐにわかる」
「そもそも、この作戦さえ使わせてもらえるかどうか、怪しいし。でも、建物の中には絶っ対入りたくないな~。運が良ければ、普通に死ねるかも」
「運が良ければ普通に死ねる!?」
「最悪スプラッター」
「最悪スプラッター!? じゃあ、洋館の中を通るのだけは絶対避けよう!」
「それが出来ればな……」
「もしもの時は、ウチら死ぬ気で抵抗するから」
命懸けか……。そうか、花さんは俺を殺そうとしているけど、それを邪魔するなら、二人も一緒に殺される可能性があるんだ。
「…………あの、ここまで連れてきてもらって、ありがとうございます。でも、やっぱり、あの子が俺を殺そうとするのは、たぶん俺の言葉が足りなかったせいだ……。だから、俺と花さんの問題に、二人が命懸ける必要は無いような気がして……」
「よくあるすれ違いじゃねぇか。だったら、何が何でも生きて伝えろ。人間、誰もがみんな幽霊になる訳じゃねえ。どんな思い腹に抱えてても、吐き出す前に死んだら届かねぇんだよ」
「大丈夫、大丈夫、命懸けなのはいつもの事だから。というか、元はと言えば、あたしが二人を引き合わせたんだしさ。ちゃんと仲直りできるまで、完璧にサポートするよ」
二人は俺と花さんの痴話喧嘩を最後まで見届けてくれるらしい。こうなったら、意地でもプロポーズを成功させるしかない。
「……俺、絶対あの子を幸せにします。笑って成仏できるように」
そう言うと、二人は不敵に笑った。
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