第80話 変態、魔王に襲われて絶望マジオワタ

『ああン、もう!』


 魔王が叫ぶと、ぐちゃぐちゃの山羊キメラの肉が飛散する。


『もう最悪。これは予想してなかったワ』


 そう言いながら、ヴィーはゆらりとこちらを向く。


『でも、やっぱり、他は予想通りネ……あのコ達分裂体は殺されて……そして、アナタたちも死ぬ』


 獅子キメラが嗤うと、紫の霧のようなものが何処からか集まり、獅子キメラが口を開く。


贄の魔シシア・マギア


 異常な魔力が高まる。そうか、多分アレは魅了かけられた人たちの魔力。

 それが全部あそこに収束されている!

 んなもん洒落にならんぞ、おい!

 そして、馬鹿みたいな威力のブレスが放たれた。


「姉さん! 秋菜!」


 俺は抱きついていた二人を庇いながら、自分の可能な限りの魔硬度の高い身体に【変態】し、二人を守る。


「更科夏輝!」

「春菜! 秋菜ちゃん!」


 神辺先輩と三条さんの叫び声が聞こえる。


「夏輝ぃいい! い、いやあ、いやあああああああああ!」


 理々が泣き叫んでいる。

 大丈夫。

 二人は無事だ。

 俺も、大丈夫。


 ただ、この威力は、もう耐えられない。

 パワーインフレがひどすぎるだろ。

 にしても、流石、魔王と名乗るだけある。

 勇者候補なりたてでは真っ向勝負で勝てるはずもない。

 遊んでたのかこのやろー。遊んで……。


「夏輝……」

「お兄ちゃん!」


 俺はヴィーを、獅子キメラを見る。

 嬉しそうに嗤ってやがる。

 腹立つわー。


『あはははは! 予想通りの結果、ねえ、理々、楽しいでしょ! 上手くいって勝てると思ってたヤツらの絶望に歪む顔! これをみせてあげたいからわざわざ、弱くしたのよあのコ達ヲ!』

「望んで、望んでなんか、ない……」

『はア……』


 ヴィーが再び、人形に乗り移り理々の元へやってくる。


『アナタのマギルは素晴らしいものなの。マギを高めるためニモ。アナタの願いをかなえてあげるためにやってあげてるノニ。……じゃあ、アイツ、コロス?』

「やめて!」

『やめて欲しいなら、もっと願いなサイ、望みなサイ。世界の破滅ヲ。そのマギが満たされれば、私は誰よりも強い魔王となレル!』

「なあ」


 外殻がボロボロになった俺が獅子キメラを睨みながら、人形に話しかける。


「この化け物って……喋らねえのか?」

『ん? 喋らないわヨ。これはね、アタシ達の魔力を運ぶためにわざわざ作った魔物なノ』

「なんだよ……ソイツ、喋らねえのか……」


 じゃあ、アレは別か。


「じゃあ、もういっか」


 俺は狂気の仮面道化クレイジークラウンの変態を解く。


『もうイイ? あハ。諦めたノ? いい心がけネ』


 ヴィーは再び獅子キメラの中に魔力となって潜り込んでいく。


「あー、違う違う。次の変態があるのかと思って……けど、違ったみたいだから、もういいや。俺の最後の【変態】だ」


 俺は左腕に魔力を込め【変態】させる。記憶に刻まれたアイツの……。


『エ……? ちょっと、待って……? ナニソレ……?』

「健闘を称えあおう、ナイスファイト」







『ナイスファイト☆』


 声が聞こえ、俺達の体半分が吹っ飛んだ。


 ナニコレ、夢?


 白い光。

 隣で目を見開く冬輝。

 俺も同じ顔してるんだろうな。

 そして、


『いや~、ここまで追いつめられるとはね。コッチの人間も大したもんだね☆』


 化け物の継ぎ目から何かが身体を裂いて出てくる。

 ぼんやりとした視界でそれを捕らえる。白い。

 人間? 人型のモンスターだ。

 モンスターか? 言葉を喋っている。

 駄目だ。身体半分吹っ飛んでて、考えがまとまらない。

 白い、人だ。美しい、と思ってしまうくらい綺麗な人。


「はじめまして、ニンゲン☆ そして、さようなら。せいぜい最後まで美しく生きるといい」


 化け物越しでないその声は美しく、美しすぎて、まるで耳の中に流れ込み、鼓膜、脳に直接、シロップがかけられるような、そして、虫歯とかそういう神経に直接ぶちまけられたような……


「あぐ、ぎゃあああああああああああ!」

「い、でぇええええええええええええ!」

「あははははははははははははははははははははははは! 美しい! 実に美しい声だ!」


 激痛に歪む俺達をソイツは愛おしそうに眺め微笑んでいた。

 間違いない。コイツが親玉だ。

 それだけは分かった。強すぎる。次元が、違う。

 多分、強すぎて、分からない。力の差が。俺には。

 コイツは、危険すぎる。


「ん?」


 俺は、残った左手でソイツを掴む。


「夏輝!!! げ、がほ……!」


 冬輝の叫び声が聞こえる。意味は分かる。でも、俺の意味も分かるだろ。

 コイツは、危険すぎる。関わりたくないけど、放置は出来ない。


「なに?」

「ちょっと、お話ししましょう……お願いします」

「ふむ……それもいいね☆ 分かった。なんの話をする?」

「聞いて、いい、ですか? 貴方は、何者です?」

「ナイショ☆」

「そう、っすか……。じゃあ、なんで、此処に?」

「遊びに☆」


 遊びに来て日本滅ぼす気か、ちくせう。


「帰って頂く、ことは、出来ないんでしょうか?」

「ん~、ボクもそうしてあげたいんだけどね。まだ、無理かな☆」

「まだ、ですか。じゃあ、どうすれば」

「ボクが満足すれば☆」

「ど、どうすれば……」

「愛が欲しい」

「は?」


 ソイツは俺の顔をまじまじとのぞき込み、美しく笑う。


「君たちの世界で言う愛が欲しいのさ。いっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいーっぱい☆ その愛の力で抱きしめたら世界が潰れそうなくらいの愛が欲しい」


 はい、ヤバい奴確定。


「ところで、さ」


 ヤバい奴が俺が掴む左手を見る。


「キミ、ボクから何かとろうとしてる?」


 バレた。


「ん~、ふんふん。なるほど、そういうことか! あはははは! キミとボクは似たようなマギラを持っているってことだね☆ あー、マギラ……力! うん、力だ! キミの力は、知り己を変える力か。それで、ボクの力を知って自分のモノにしようとした? あははは! キミ、すごいね。この状況でそうしようだなんて……! まるで……」

「夏輝……」


 ヤバい奴と冬輝が驚いている。こんな状況なのに、少し気分良くて笑ってしまう。


「まるで……んふ、なるほどなるほど、ソックリだよ。ボクとキミは、ほら☆」


 そう言うと、ソイツの腕からは魔力が流れた気がした。

 俺と似たような。

 ……不味い! これは! 俺は必死でその薄い魔力を遮ろうとする。


「そう! キミの魔力を覚えてあげるよ! 抵抗しても無駄☆ まだ、キミは、弱い」


 そして、俺の目の前に、狂気の仮面道化クレイジークラウンではなく、『俺』そのものがいた。


「は?」

「あはははははははははははは! びっくりした!? 今度はキミがビックリした!?」


 『俺』が思い切り笑っている。気持ち悪い。


「それにしても……」


 そして、向かいにいる『俺』は右手をおもむろに持ち上げ、俺の左腕を手刀で切った。


「うあ、ああああああああああああああ!」

「美しい~☆ 甘美な歌声だ! そして、歪んだマギ! いいね、キミは実にいい!」


 俺の顔で狂ったこと言うな! いてえええええ!

 半身がなくなったにも関わらず感覚麻痺ってたのか意識が全部コイツにいってたのかあまり感じていなかった痛みがぶり返す。痛くて堪らない!

 笑っていた『俺』がいつの間にかいない。

 そして、


「あぐっ……!」


 冬輝を壁に叩きつけていた。


「キミの力は……なるほど☆ うんうん、キミの魔力じゃあ、無理だよ、残念」


 そして、再びハッと気づくと、『俺』が再び目の前で俺を見つめていた。


「キミの力の名前はなんて与えられたの?」

「変、態……」

「ふむ、じゃあ、その【変態】でくっつけてみよう☆」


 ポイと左腕が返される。脂汗を流しながら俺は転がってる左腕を咥えて動かし、必死にくっつける。


「あが……! はあ! はあ!」

「お~すごいすごい! ちゃんとくっつけられるなんて大したものだ☆ 素晴らしい! はい、握手」


 俺はもう従うしかない。出来るだけ従って時間を稼ぐ。コイツには、勝てない。

 くっつけたばかりの手を差し出すと『俺』が掴んでくる。そして、


「プレゼントフォーユー☆」


 魔力が流し込まれる。圧倒的な魔力。

 駄目だ! 俺の身体には絶対に入りきらない魔力!

 破裂する!!!

 が、その魔力は俺の左肘で止まる。

 その魔力の衝撃と止まった安堵で俺の変態が解ける。


「あ……あ……か、は……はっ……はっ!」

「あはは☆ 今はまだ無理っぽいね。いつか、ボクの全てをキミにあげたいなあ。……生きていれば」


 『俺』は笑うと、元の姿に戻り、俺を放り投げる。

 俺は勢いよく壁にぶつかり、もたれかかる。

 隣には冬輝。

 なんだこれ、悪い夢か。夢なら覚めろ。くそったれ。

 A級ダンジョンも攻略出来る狂気の仮面道化クレイジークラウンが全く手も足も出ない化け物ってなんだよ。あり得ないだろ。

 ぼんやりとした頭、視界で俺はソイツを睨みつける。

 あれ、コイツ、よく見たら……


「そうだ……覚えておいてね。ボクは……」


 こいつの姿は……


「ボクはお喋りな道化、名を……」


 明るく心底楽しそうに左手を振りながら三つ首の化け物の中に入り、帰っていくソイツ。

 ソイツの左腕。

 ソイツの……

 ソイツの名は……







『なんで、アンタが! あの変態の、【魔王殺しの魔王】オウギュストの腕を使ってんのよぉおおお!!?』


 そう、そうだ。そんな名前だった。やっぱり夢じゃなかったか。


 俺の左腕は【変態】し、細くて真っ白なピエロの腕が、【オウギュストの左腕】が、そこにはあった。

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