第77話 変態、変態させられて萎え萎えオワタ

 魅魔王ヴィーと名乗った人形は、こちらを見ながら笑っていた。


 魔王様の御力か……そりゃ、眼鏡には看破できないか。

 その看破の上【魔眼】持ち、神辺先輩は見事に見抜き、興奮しながら身を乗り出している……わけではなかった。

 冷静に相手との距離を測りながら話しかけている。

 このマッドサイエンティスト感溢れる人がこうなる位だ。

 よほどの魔力なのだろう。


「ほう、魔王……? という事は、君は、混沌から?」

『アンタ達から見ればネ。アタシ達からすればこっちのほうがよほど混沌だケド』

「はっはっは! 実に興味深いね。言語を解する生物が混沌からやってくるなんて、歴史的発見だよ! いや、勿論可能性はあると思っていたが」

「そうなんですか?」

「宇宙に生命が、そして、言語を理解する存在がいるのではないかと考えられているのに。混沌にいないと考える方が随分理論的ではないと思うが?」

「……なるほど」


 俺と神辺先輩はヴィーから目を離さず会話を続ける。


『時間稼ぎしてもいいけど、あんまり粘って援軍期待してるとこの子死んじゃうかもヨ』


 震える手で理々がヴィーを持ち上げる。操られているのだろうか。


『この子が男共を魅了して中毒者のようにしてシマッタように、アタシがこの子の闇を魅了シタ。この子が完全に堕ちてこの子が闇の中毒者になるまで時間なんてないわヨ』

「……!」

「更科夏輝。残念ながらあの人形のいう事は事実のようだ。ヴィーから流れる魔力がどんどんと立花理々の中を蝕んでいっているように見える」


 魔力の流れがはっきり見えて思考までなんとなく読める【魔眼】持ちの神辺先輩が言うんだ。間違いはないだろう。


『それに、援軍なんて来るわけないじゃナイ。こないだの大発生でさえ、あれだけ苦戦したノニ。こんどはダンジョン6個分よ。無理に決まってるワ』


 人形が六つのボールをお手玉し始める。それぞれがダンジョンという事だろうか。


「無理?」

『いや、普通に無理デショ?』


 普通普通、普通って言葉なんかヤなんですよねえ。

 俺、【変態】だから。

 俺はヴィーを見て笑ってやる。出来るだけ変態ちっくに気持ち悪く。


『なにヨ?』

「さっき、言ってたな。こないだって、アンタにとってはついこないだかもしれないけどな。俺達にとっては見つめなおす、鍛えなおす、良い時間になったよ! ……あんまこっちの世界舐めてんじゃねえぞ」


 俺は思い切りヴィーを睨みつけた。

 その瞬間。

 突如一つのボールが爆発する。


『なニ……? 今の、まさかもうダンジョンが一つ……? な、何が起きてるノヨ!?』


 ヴィーが慌てて綺麗なままの残り5つの玉と壊れた一つの球を宙に浮かべ大きく膨らませる。その中には各ダンジョンの様子が映っている。そんなことも出来るのか……。


『な!? 何ヨ……アレ?』


 俺はヴィーの心底驚いた声を聞いて満足する。

 俺達が見ている玉の映像では十三人の狂気の仮面道化クレイジークラウンが暴れ回っている。

 やったのは俺です。お巡りさん。

 でもね、やれっていうから。しょうがないじゃないか!

 映像の中のアホが叫んでいる。


『すげえよなあ! 右手の変態の力で、俺達を【変態】させられるなんて!』


 そう、アホの言う通り冬輝の右手の力【青変態ブル】で、呼び寄せた育成組とアホと眼鏡を狂気の仮面道化クレイジークラウンに変態させたのだ。見分けつかなくなりそうなので、顔は空けて、あと多少それぞれでデザインはいじったが。死ぬほど魔力を使った。氷室さんとアホに魔石をかき集めて貰えてよかった。


『風の精霊よ、風鬼スカイオーガの風に乗って思いっきり暴れてきなさい! 氷雪嵐舞スノウエアリアルダンス!』


 水色の狂気の仮面道化クレイジークラウン、東江さんが【変態】させた風鬼の風と風の精霊をうまく掛け合わせ恐ろしいほどの氷の嵐を作り出しモンスターたちを一気に殲滅していく。


『東江さん! そのまま、正面の殲滅をお願いします! 正直! 右側から叩け!』


 眼鏡(本体)が暗黒蝙蝠の目に変えた眼鏡(物質)で見ながら指示を出す、看破×暗黒蝙蝠の魔力視は相当なものだろう。その上、複眼能力もつけているので、今、誰よりも視えているはずだ。


『視える! 視えるぞ!』


 視えているようだ。


 瘧師がちょっと引いている。眼鏡の指示を伝える為に瘧師は眼鏡の近くにいるが、引いている。

 ただ、一番驚くべきなのはアイツだろう。


『いくぜぇえ! 狂気の仮面道化クレイジークラウンタイプ【シヴァ】!』


 アホが四本腕それぞれに武器を持ち戦っている。

 元々紅の蜥蜴飛蝗クリムゾンリザードホッパーは六本足だったので【変態】としては難しくなかった。だが、人間にない感覚故に俺はうまく使えなかったそれをアホは使いこなしている。その上で全武器適性なので、マジで近距離無双状態だ。

 くそう、ちょっとうらやましい。

 しかし、マジで勢いが凄い。

 まあ、理由は分かりたくないが、分かる。


『うっ……うっ……まさか、私が狂気の仮面道化クレイジークラウン様と同じ姿になれるなんて……』

『分かる分かるぞお! この御姿に恥じぬ働きを見せようじゃないか!』

『そうだね~くれくらくらぶ会長としてこんな喜びはないよ~。じゃあ、行くよ。【神託】+ディメンションホッパー……選別の雨デウカリオン


 白い狂気の仮面道化クレイジークラウンである鈩君が、手をかざすと光の道が現れ、本来適当に跳ねるはずのディメンションホッパーがその道を辿るように跳ね、正確にモンスターだけを踏みつぶし操られている人間を避け続ける人一人分という大粒の白い雨が降り注ぐという名の通りの神業を見せる。とても満足げに笑っている。よいことだ。うん、よいことだ。


 とにかく、みんなイメージトレーニング(妄想)してたんだろうなあ、というオリジナル技をこれでもかとぶつけている。ぶっちゃけ、【変態】させている時もみんな要望が多かったし、多かった割には適切だった。しゅごい。


 狂気の仮面道化クレイジークラウンのコスプレをしている人たちにしか見えないが、本人達は歓喜に打ち震えてるので何も言うまい。


『東江Aチーム! 小此木Bチーム! 古巣Cチーム! 【魔獣の森】周り殲滅完了! ダンジョンに入ります!』


 正直、今の戦況は俺でも流石に予想外だ。6つのダンジョンの1つを育成組だけで攻略し始めているのだ。いや、2つか。一個潰したし。


 まあ、一番の原因は分かる。アホとあの二人だ。


『あたしは姫! 夏輝の姫! 夏輝は王子! つまり、二人は……ふたりは、きゃあああああああああああ!』


 大興奮で黄金の魔力を放ちながら大槌を振り回す愛さん。

 ぶっちゃけ、四本腕の古巣と張るぐらい無双している。

 ええ……あの一言でそんなになれるぅう?


『クははははは! イまのオれはアイツにツツまれている! ツまりは、むてき!』


 一方白銀の魔力を噴き出しながら爪を振り回し暴れまわる獣化+くれくら強化のジュリちゃん。

 ぶっちゃけ、四本腕の古巣と黄金の愛さんと張るぐらい無双している。

 ちなみに、ジュリちゃんの希望で俺の上着を貸したらこうなりました。なんでや。

 というわけで、たった三人だけど近距離戦無双チームが圧倒的な破壊力でダンジョンを進んでいっているようだ。


『ハ、あ……?』


 茫然としている人形、ヴィーちゃん。

 いや、俺も分かるよ。流石にここまでとは……ぶっちゃけ、引いてる。

 その他のダンジョンもモノノフたちが到着したようで確実に潰している。

 これなら大丈夫なんじゃないだろうか。


『ふ、ふふ……ほんと予想外なことしてくれるワネ。けど、アタシのこっちでの手駒が増えると思えば儲けものヨ。ありがとネ……そして、あの子達を強化したアンタのマギルが欲しいワ、サラシナナツキ君♪』

「マギル?」

『さあ、アンタを縛って動けなくしてずうっとアタシ達の匂いを嗅がせてあげる。大丈夫、どんどん気持ちよくなって何も考えなくていいようになるカラ……!』

「やだ! そんな変態になりたくない! し、なるつもりもないんで」

『ウフフ……出来るかナ? 狂化した上級冒険者相手ニ』


 ヴィーが手をかざすと、今まで姉さんたちにへばりついてた冒険者達が俺に向かって迫ってくる。


「夏輝!」

「ああ、申し訳ないんだけど、姉さん、その女の人だけはなんとかしてくれない。あとは俺にまかせて」

「キュン」


 言ってる場合か!? あねぇええええ!

 飛びかかってくる上級冒険者。ヴィーが選抜した実力者たちなのだろう。流石魔王のお眼鏡に叶った奴らだ。ぶっちゃけ、まともに戦ったらこの人数はヤバい。


「夏輝!」


 理々が叫ぶ。


『あハハハハ! この子ったら面白いのヨ! あれだけ想いを寄せてるアナタとそっくりの男の子がいたのに、アナタのことが気になってタ! アナタはアナタの弟の事を気にして、この子はアナタとアナタの弟のことを気にして、ガンジガラメになって、動けなくなって……。この子願ったんだって、アナタが自分を愛していると言ってくれたらいいのに……って! その時、この子の魅了チャームは目覚めた。溜りに溜まった歪なマギがマギルを目覚めさせた! 誰よりも強く! 誰よりも深いマギのマギルを!』


 それが【傾世】……? じゃあ、理々は前から固有スキルが覚醒して……!

 耳障りな声が聞こえる中も、冒険者達は攻撃の手を緩めない! ねえ、聞いてる!?

 君達が魅了されてる子、俺の事が好きだったかもしれないんだって!


『ケレド、アナタが愛してると言う事は無い。この子が自分のマギルを使うことを許さなかった。いや、出来なかった。弟のタメニ。そして、こんなにも歪なマギルを持ってしまったら愛してくれないのではという、傷つきたくないという自分のタメニ。そして、誰もが動けなくなっている時、弟、そして、この子は動き出そうとしてイタ。そんな時、悲劇が起きタ。弟がいなくなッタ! これでもう誰も動けなくなった。この子は思った! 思ってしまった! なんでいなくなってしまったのか! これではモウ……そして、どう思っちゃったんダッケ、ねえ、リリィイイ』


 理々が胸を押さえながら苦しそうに言葉を吐き出す。


「もう……こんな世界壊れちゃえばいいのに……!」

『その時、この子はアタシの力を欲した! この子を欲するアタシと利害関係が一致しタノ! そして、アタシの力を得て、この子のマギルは完成し、男供を魅了する魔女となッタ』

「おい」


 俺は冒険者達を風で吹き飛ばす。ノーモーションで撃てる風だ、吹っ飛ばす程度しか出来ない。だけど、今はどうでもいい。一言言わなきゃいけない。


「どれもこれも普通の事じゃねえかよ……! 自分が好きな人と自分の好きな人が違う。好きだけど、動けない。世界が壊れちゃえばいい……思春期の俺らが考えておかしくないことだ」


 ただ、理々の場合は、力が手に入ってしまった。

 歪で強力な力が。

 そして、


「テメエが利用したんだろうが……! 理々を……!」


 殴り掛かろうとした瞬間、冒険者達が再び飛び込んでくる。やはり上級冒険者、タフで強い。殺さなきゃ殺される。殺したくはない。けど、アイツだけはあの魔王だけは


「ぶっ殺す」

『あハー……ヤレる? ヤレるカナ? アナタに! そうヨ! アタシが導いたこの子のマギをアタシの望む方向ニ! アナタを自分のものにしタクテ! でもネ! この子の願いは叶えているワ! アナタを手に入れて世界をぶっこわス! 願ったものネ』

「理々っ!」


 ずっと震えている理々に俺は声を掛ける。


 世界がどうとか、命がどうとか、学校でもそんなに教えてくれないじゃねえかよ!

 俺は……運が良かった……! 

 グレてダンジョン潜って、色んな大人にあって、傷ついて傷つけて、殺して、死を目の前にして、世界の一端を覗いて、少しだけみんなより分かった。

 俺達が与えられるこのチカラは……クソ神が与えたヤバいもんだって!

 才能で凶器で宝でゴミで薬でドラッグで光で闇で自慢でレッテルで、縛られちゃいけないもんだって。


 ま、これが分かったのは漸く最近だけど。

 だから、なんだって話だけど。何が言いたいのかわからんくなった! ええいもう!

 めんどくせえ! こちとらまだうら若き高校生なんじゃい!


 俺は思考の堂々巡りをぶん投げて、理々に向かって叫ぶ。


「俺はお前を止める! お前の願いを叶えられなくても。俺はお前を止めたいから止める! そんで、お前誑かしたソイツをぶっ飛ばす! ……後のごちゃごちゃした事は、もっかいちゃんと話をしようぜ」

「……うん!」

『あ~あ、だからコッチのはマギが不安定で嫌なのヨ。だから、おいしくもあるんだけど……デモ、ダイジョーブ? さっきからソイツら程度に苦戦してるけど』

「残念だったな、こっちにも秘策はあるんだよ」

『ヒサク~?』


 そう、俺にはアホから授けられた秘策がある……! 秘策が……ある……んだ! けど!


 もにゅ。


「へっ!?」


 神辺先輩が間抜けな声を出す。思った以上にかわいい。

 だが、俺のテンションは差し引きマイナスだ。

 何故なら、今、俺は……男性の男性たる部分を! 股間を掴んでいる!!

 そして、魔力を送りこむ。

 すると、一気にヴィーの魔力が霧散していく。


『あ、アンタ、何やってんのヨ!』

「俺は今……男のシンボルを【変態】で一度消してる」


 そう、消してる。これがアホの案だった。


魅了チャームってことはその欲望の溢れる場所を消したら、一気に解けるんじゃね?』


 俺は反対した。魅了の魔力を変態させるべきではないかと。

 だが、その場合、もう一度魅了を受ければまた操られるのではないかとアホがいきなり至極真っ当な意見を出してきた。

 だから、もういい。俺は諦めた。


 ヴィーが身体全身を震わせて感情を露にしている。


『こ、この! ド変態~!!!!』


 俺は諦めた。

 もういい。

 もうこれは言い逃れ出来ない。

 俺は思いっきりにやりと笑って答える。



「変態ですけど、何か?」



 俺だってやだよ! でも、これが一番手っ取り早かったんだからしょうがないじゃないか!


「まあ、魔力切れたら元に戻るから。でも、暫くはこれで操れねえよ」


 俺は、氷室さんから貰った魔石を握りしめ魔力を補給する。

 そして、それを投げ捨て、ヴィーを抱く理々と向かい合う。

 一対一だ。ん? 一対一か、これ。


『……ウフふふふ、ここまで思い通りにならない男がこっちで現れるなんて、最高に燃えてキタワ。じゃあ、理々ちゃん、もうしょうがないからアイツ出しちゃうね♪』

「あ、だ、駄目!!!!」


 ヴィーの魔力に反応して御魂公園を揺らしながら一匹の化け物が姿を現す。


 三つ首の、そして、俺達が付けた傷を額に残した、ミツルギキマイラが現れる。

 ほおお、生きとったんかい、われえ。

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