第66話 変態、勇者にしがみつかられて勧誘オワタ

 【鋼の勇者】三井鉄平。

 高校からの同級生で組んだチームで冒険者ライセンスを取得してから最速記録でA級チーム、そして、単独A級ライセンス取得。

 その後、『トレッサ』所属冒険者を経て、チーム『モノノフ』に加入。

 その後はモノノフ第一のエースとして今も活躍中。

 トップ冒険者であり、精悍な顔立ち、ぶっちゃけ、めちゃくちゃモテる。

 彼の活躍は、ドラマ化、読み切り漫画化、あと、ギャグマンガ『ムテキのテッペイくん!』になっている。


 その人が今、俺に抱きついて涎を垂らしている。

 ちなみに、ここは御剣学園のコロッセウム。呼び出された瞬間に飛びかかられた。


「はあはあ……全力の俺に痛みを感じさせられる人間はもう数える程なんだ……! お前は選ばれた人間なんだ! さあ、ぶて! ぶってよ!」


 こんな人だとは思ってなかった。

 俺の憧れの鋼の勇者。さようなら。


「とりあえず、【鋼化】やめてもらえません?」


 【鋼の勇者】の固有スキルだ。身体を金属化させる。

 防御力が上がるんだろうなあ、と思っていたがまさか、身体を固めて重さで駄々をこねるために使ってくるとは思わなかった。


「じゃあ、勇者候補になると言え」

「やです」

「【鋼化・強化】」


 もおおおおおおおお重おおおおおおい!

 世のお母さんはこんな気分なんだろうか。大変だな、お母さんって。


 勇者候補。

 勇者、この呼称は日本でしか使われていないが、要は国公認の凄腕冒険者ということだ。

 ○ラゴンクエストの影響だろう。流石ジャパン。

 勇者になれば、ほぼ国民栄誉賞だ。それくらい凄い。

 その勇者の候補が、名の通り、勇者候補だ。

 昔はめっちゃいたらしい。


 まず、これは今もいるがご当地勇者というのがいる。

 昔、勇者が東京に集中していることに地方の人間から不満が上がった。

 なので、各都道府県に一人は勇者を置く事を決めた。国公認勇者と別に。

 ご当地勇者は二つ名が北海道の勇者とか沖縄の勇者とかになる。異論は認められない。

 一方、国公認勇者は、その特性や見た目に合わせた名前がつけられる。


 で、勇者候補の話に戻る。

 ダンジョンが出たての頃、いわゆるダンジョンバブル、ダンジョンブームが始まりだした頃に、とにかく勇者を自分たちの故郷からという動きや、国が出来るだけ優秀な勇者を、ということで、勇者候補制度というのを設けた。

 これは、申請をして一定以上の能力と認められた人間は国や地方自治体から援助を受けられるというものだ。

 要は才能の原石に援助するから立派な勇者になってね、というものだ。

 だが、これが大失敗。冒険者になる気はないけどステータスの高い人間がこぞって申請し、援助を貰えるだけ貰っていくという事態が多発した。

 俗にいう勇者勇者詐欺だ。


 これを踏まえ、勇者候補は国公認勇者の候補のみが名乗れる名称になった。援助制度自体は名を変えて審査を厳しくして続けられてはいる。

 そして、その決め方は、現状の勇者からの推薦、及び現勇者を伴ってのダンジョン攻略参加、そして、国の審査、全てをクリアした人間になった。

 現在国公認勇者は、5人。そして、勇者候補は11人。まあ、ほぼ内弟子みたいなもんだ。


「俺は、お前がいいんだよ~!」


 そして、何故か【鋼の勇者】からスカウトされている。


「いや、だから、俺はいやなんですって!」

「わかった」

「早っ!」

「いや、わかった。っていうのは、もうこのままじゃ埒が明かないから、この状況を打破する方法が分かったってことだ」


 急にスンとした【鋼の勇者】がこっちを見ている。


「どういう方法です?」

「戦って勝った方のいう事を聞く!」


 こ の 世 で 一 番 野 蛮 な や り 方


 駄目だ。この人もアホなのか。マジであの講演会で感動したあの頃の純粋な俺に謝って欲しい。それに。


「力の差がありすぎでしょ?」


 いくら、俺の全力がこの人に痛みを感じさせられるとは言え、経験値が圧倒的に違うし、ぶっちゃけ、この人はステータスが一人断トツだ。


「まあ、そう言うと思ったよ。だから、こうしよう。俺は右手でしか攻撃しない。で、更に、シミュレーションのライフポイントは同じ数字にする。これでどうだ?」

「……ありがたいです」

「顔が強張ってるぞ」


 ニヤニヤしながら俺を見る三井さん。でも、仕方ないじゃないか!

 俺だって、男の子だ。そこまで馬鹿にされるとイラっと来る。

 コロッセウムでVRゴーグルをつけ、設定をいじり、戦闘シュミレーションが始まる。


 俺は速攻で狂気の仮面道化クレイジークラウンの通常モードに【変態】し、ディメンションホッパーで襲う。

 紅の蜥蜴飛蝗クリムゾンリザードホッパーの脚でとにかく縦横無尽に跳ねまわり、的を絞らせないまま攻撃を放つ。


「相変わらず、凄い攻撃だな。だが!」


 俺が上から踏みつぶそうと足を振り下ろすと、三井さんはスルリと【鋼化】した左腕でいなし、崩れた態勢の俺に右ストレートを放つ。

 大したダメージにはならない。クリムゾンリザードホッパーの外殻はかなりの強度だし、それになにより、攻撃した三井さんの右腕は【鋼化】していない。


「舐められてますね」

「そうだな。まだ、お前には負けないよ!」


 再び跳ね始める。今度は横からの後方回し蹴り。これも上半身をぐんと落とし絶妙に背中を滑らせ肩で跳ね上げる。そして、素手の右手で一撃。

 三井さんの意図は分かる。

 俺は三度跳ねる。


「あっはっは! まだまだだな! お前には強者と戦った経験が少なすぎる」


 俺は、するりと俺の左前まわし蹴りを受け流す三井さんの右腕に対し、脚を粘着獣スライムに【変態】させまとわりつかせる。


「お!?」


 一瞬の回し蹴りの流れで右に捻られた上半身のまま溜めを作り、右フックを叩きこむ。

 風鬼の風穴でジェットのように勢いをつけ拳は俺の持つ最硬度の【魔鋼】に【変態】させた上で放たれた今できる最大の攻撃をぶつける。


「おう! いいな!」


 三井さんはそれを正面から受け止め笑う。

 そして、再び右ストレートで俺を吹っ飛ばす。


 ライフポイントは今ので形勢逆転、僅かに俺の方が多くなった。

 だが、【鋼の勇者】は動じない。

 すぐに修正して受け流すだけでなく、その受け流しきったあとではなく、流す瞬間を突いて攻撃してくる。これでは、【変態】による奇襲で打てる手が激減する。


 これがこの人なのだ。


 世界を守る【鋼の勇者】。


 強すぎる。


 けど、なんだろうか。

 この気持ちは。


 冬輝のことが分かってから、俺の中で明確な変化が起きた。

 俺は、俺をもっと変えたいと思っていることに気付いたのだ。

 もっともっと冬輝が誇れるような兄になりたいと思っている。

 だから。

 行けるところまで行ってみたい。


 なあ、冬輝。


 お前の半身があるんだ。ひくわけには行かないよな!


「うあああああああああああああああ!!」


 けれど、全力を込めた俺の一撃は届かなかった。俺は明確な差を見せつけられて、負けた。




 試合終了後、三井さんはやっぱり笑って俺に近づいてくる。


「なんすか?」

「おつかれ」

「負けです」

「そうだな。でも、勝負前の約束は守らなくていいぞ」

「……なんでですか?」

「戦いってのは、やらされるべきじゃあない。ま、勿論やらなきゃいけない時ってのもあるんだろうけどな。でもな、お前も知ってる通り、楽じゃない」




 冬輝がいなくなったあの日。

 俺が【鋼の勇者】と共闘した。

 一瞬だけだったけど。




 復讐人形リベンジドールの大群と戦っていると、三井さんがやってきてくれた。


「お前、狂気の仮面道化クレイジークラウンだな! ありがてえ! 今は少しでも戦力が欲しい所だった! いけるか!?」

「やれる限りのことは、します!」

「お前……はははは!」

「何、笑ってるんですか!?」

「正直だな! だが、それでいい! やれるところまでやれ! やりきったら逃げろ! あとは、俺が全部ぶっ潰す!」


 国公認の勇者が笑いながら何を言ってるんだと思った。

 やっぱり勇者なんて頭の可笑しい奴がやるんだと。


「三井!」

「おお! 本田! どした!?」

「松浦が右足全部喰われた!」


 え? 右足? 全部? 食われた?

 松浦さんは、三井さんと同じチームで講演会でも少し話をしてくれた。

 穏やかな笑顔が印象的な人だった。

あんな優しそうな人の足が、食われた。


「相手は新手の三つ首のバケモンだ!」

「そっか。分かった! 松浦がやられたなら、相当だな! 俺が行く!」


 三井さんは、そういうと俺の方を向いて笑った。


「っつーわけだから、やれるところまでやったら絶対逃げろ! 三つ首とはたたかうな! 俺がなんとかするから!」


 そう言って【鋼の勇者】は笑って復讐人形リベンジドールを吹き飛ばしながら駆けて行った。


 その時、やっとちゃんとわかった気がした。


 この人は鋼の肉体だから鋼の勇者なんじゃない。鋼の心を持っているんだ。

 どんなに負けても心を折らず、分析・反省をし、次へと生かす。

 どんなに恐ろしいモンスターでも勇気を振り絞り向かっていく。

 打たれても打たれても強くなって立ち上がる。

 ずっと笑顔でみんなを支える。

 それが【鋼の勇者】なんだ。


 そして、俺は、そうなれない。

 彼に感化された俺は、姉さんと愛を助けた。だけど、その後、冬輝は助けられなかった。

 俺は、勇者なんかじゃない。

 冬輝を失った時に、そう思った。

 俺は、立ち上がれない。もう二度と。

 そう思って、俺は自分の道を決めた。




 この人は今も、心を鋼にして戦い続けてる。

 松浦さんもそうだ。今は義足で戦っていると聞いている。

 かっこよすぎる。


 でも、最近ようやく気付けたことがある。

 この人たちは、誰かが傷つかなくて済むように戦い続けている。

 でも、じゃあ、この人たちは誰が傷つかなくてすむように守ってもらえるんだ。

 少しでも穏やかな日々が過ごせるように誰がしてくれるんだと。

 俺は、子供だった。

 でも、俺も少し大人になって少しだけ高い所から世界を見られるようになった。

 そして、自分だけじゃないことを知った。




「あの」

「ん?」

「俺、家族大好きなんで、地元からは離れませんよ」

「……! ……それで強くなれんのか?」

「なりますよ。それでならなきゃ俺にとって勇者なんて役立たずも同然ですから」

「よっしゃ! それでいい!」

「へ?」

「わかった! 俺はそれで文句ない! ただし、月に一回は俺に同行しろ。移動手段は……任せろ、ウチのメンバーに! 俺はそういうのマジで無理!」


 ドラマ通りのかっこいい人じゃないけれど、ドラマ通りの出来ない所がある人で、ドラマじゃない本物の凄い人が此処にいる。日本の勇者が俺を選んでくれた。

 勇者を救う勇者。

 それはあまりにもでっかい夢だけど、俺も男の子だ。

 一度はこんなデカい野望を持ってみたいじゃないか。

 それに、無理だと思えば逃げ出す。やれるところまでやってやる。

 そのくらいでいかせてもらう。

 俺は俺だから。


「あの、三井さん」

「師匠と呼べ」

「呼んで欲しいんですか?」

「憧れがあった」

「師匠」

「なんだ!」

「一個だけ、ヤバいのあるんで、試してみていいですか?」

「ほう……お前がちゃんとそう言うくらいだ。相当ヤバいんだろうな。いいぜ……来い」


 師匠が、しっかりと身構える。魔力も漲らせている。油断はない。

 なら、全力だ。

 俺は、全魔力を使って左手を【変態】させて、振りぬき……全裸で倒れた。


 数十分後。


「いや、ヤバいね……」

「ヤバかったな」


 気付けば全裸に毛布掛けられた状態で俺が寝てた。


 ガバッと起き上がると気まずそうな顔で三井さんと付き添いで見ててくれたマネージャーの小泉さんがこちらを見た。


「あの、見ました?」

「……どんまい!」

「うわあああああ! 今ならいけると思ったんですけど! 不発とは!」

「ま、まあ……なんだ、どうだった、小泉」

「え? あたし!? あの……どんまい!」

「うわああああああん!」


 めっちゃ恥ずかしいよお! 小泉さん、ドラマの女優さんに負けず劣らずに美人だもん!


「まあ、なんだ。使わない方がいいかな。調整できるまでは」

「うす」

「また、心の傷が癒えただろう頃に連絡するから! あの、どんまい!」

「うわああああああんん!」


 必殺技不発全裸変態男は泣きながらロッカールームに走り、着替えて泣きながら全力疾走でおうちに帰った。


 だから、俺は知らなかった。

 小泉さんが三井さんの脇腹をずっと触っていたことを。

 【鋼の勇者】の脇腹が抉れて慌てて治癒が施されたことを、知らなかった。




 必殺技不発全裸変態勇者候補が帰宅すると姉が真剣な表情で待ち構えていた。


「夏輝、大事な話があるの」


 いつになく姉の真剣な表情で、俺はいつもと様子が違うことに焦りを感じる。


「……なに?」

「世間では、とか、普通では、っていう言葉って曖昧で夏輝嫌いよね?」

「まあ……そうだね」


 世間では、という記事とかの書き方で、俺はそう思ったことないけどな、というのは多々ある。


「なんでもはっきりさせた方がいいと思うの」


 なんだ、何を言っているんだ。

 姉は何を言おうとしている?


「【鋼の勇者】に言った『俺、家族大好きなんで』っていう家族は誰か、その、はっきり教えてくれない?」


 なあああんで知ってるの? それ!


「家族って言っても、色んな意味があるでしょう」


 あんまねえよ!


「ねえ、誰のことを言ってるの? 一人ずつ言っていって」


 なんでだよ!


「さあ」


 駄目だこうなると姉からは逃げられない。


「えーと、母、更科四季が、あの、大好きです」

「なるほど、分かるわ」

「ええー、父、更科一輝、が、その、まあ、あのー、大好きです」

「わかった」

「あ、と……えー、そのー」

「ほかの、かぞくはだいすきじゃない、の?」


 うわああああああああああ! 上目づかいで見てこないで!

 めっちゃ綺麗な黒髪ロングの美人姉が涙目でこっち見てくるだけどどうしたらいいぃいいい?!


「いえ、あの、はい! 俺は! 姉、更科春菜が大好きです!」

「……!」


 無言。やだー、この空気、なにー。


「あ、あの……姉さん?」

「ど、どうしよう……夏輝、姉さん、嬉しくて死んじゃうかも……!」


 俺が先に恥ずかしくて死んじゃうかもなんですけどぉおおおおおおお!


「ななななななつきの気持ちよよよく分かったわ、わわわたしも、同じ気持ちよ、うん、そう、おなじきもち、あの、そのー、だ、だ……だいすき、よ……ああんもう!」


 姉が顔を隠して去って行く。なんだったんだ? この羞恥プレイ……。


「あの~、に、兄さん……?」


 いもうとが、来ました。わかってます。ええ、わかってます。

 私に恥ずか死にさせたいんでしょう。望むところです。


「更科秋菜も大好きだよ」

「……!」




 その日の食卓では何故か全員顔を真っ赤にしてざるそばをすすっていた。



 おい、両親お前らも聞いてたな。

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