第63話 変態、一日を曝されてプライベートオワタ

 朝六時。

 更科夏輝の朝は早い。


「え? そうですね。早起きです。早く起きないと、姉が起こしに来るので」


 がちゃり。

 絶妙のタイミングでドアが開かれる。

 姉、更科春菜である。

 パジャマの恰好のままやってきたようだ。


「夏輝?」

「起きてるよ、姉さん」

「しまった。着替えて、お化粧してる場合じゃなかった」

「なんでしてんのよ」

「ブサイク寝起きすっぴんは嫌だ」

「あの、姉さんはすっぴんでもかわいいよ……」

「落としてくる」

「はい」

「夏輝、おはよう」

「おはよう、姉さん」

「ところで、ベッドメイキングは」

「自分で出来ます」

「無視します」


 更科春菜は、枕カバーとシーツを回収し去って行く。

 あちらには姉の部屋しかない。

 大丈夫ですか?


「……無視します」


 更科夏輝は何事もなかったかのように服に着替える。

 赤いジャージ姿になった更科夏輝は、部屋を出る。

 魔法錠による施錠は忘れない。

 寝巻だった服は姉に回収され、何故か新品の全く同じ寝巻が渡されましたが?


「無視します」


 家を出てランニングに出かける。

 御剣学園に入学することを決めてからランニングの距離が伸びた。

 落ちる汗を拭いながら更科夏輝は黙々と走る。

 ぱしゃぱしゃぱしゃ。

 妹さんの撮影気になりませんか?


「慣れました。とりあえず、着替えも避けてくれるようになったので」


 更科夏輝がランニングの折り返し地点につくと、一人の少女が待ち構えている。

 【狂戦士】氷室ジュリである。


「さらしなさん、きょうもご一緒していいですか?」


 アニメ声で尋ねる氷室ジュリに更科はにこりと頷く。

 いいんですか?


「服を着てるので」


 氷室ジュリは、水色の爽やかな薄手のパーカーを身に纏っている。

 そして、ニコニコと更科夏輝と並走し始める。

 更科夏輝が笑顔の氷室ジュリの方を向くと、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せる。

 顔が真っ赤で照れていますね?


「そうですね、恥ずかしがり屋さんでかわいいですね」


 でも、肌が真っ赤なままチラリと鎖骨辺りを見せてきていますね?


「そうですね、恥ずかしがり屋さんなのに不思議ですね」


 更科夏輝は気にせずに走り続ける。

 かなりの速度で走っていた折り返し後更科夏輝は速度は落とし、より負荷を高める動きに切り替え、走り始める。

 更科夏輝の呼吸が荒くなり始める。

 呼吸が荒くなり始めましたね?


「そうですね……体力落ちてるんでしょうね。大分キツいです」


 隣の氷室ジュリも呼吸が荒くなり始めましたね?


「そうですね……体臭嗅いでるんでしょうね。精神的にキツいです」


 氷室ジュリの目が虚ろになり始め、時折、更科夏輝が声を掛ける。

 優しいですね?


「優しいというより、目が離せないんですよ。油断したら……ああ!」


 更科夏輝が横を見ると、氷室ジュリの頭から狼の耳のようなものが生えている。


「頭ぽーっとし始めたら、無意識に嗅覚高めようと【獣化】しちゃうんです!」


 更科夏輝は慌てて氷室ジュリの、パーカーのフードを被せ、背負って走り始める。


「うへへへへ……ヤバい、もうたまらん、たまらんですよ……!」


 氷室ジュリの顔から溢れる液体が更科夏輝の背中に沁みついていく。

 大丈夫ですか?


「慣れです」


 身体が密着しているようですが?


「なだらかで……」

「おイ……! 裂くゾ……」

「ぴ! ……あの、頭とかも嗅いでいいので」

「ふがふがふが~!」


 氷室ジュリを背負ったまま公園へと辿り着くととても距離感をとってストレッチ。

 呼吸と心を整えると別れを告げ、家に戻る。


「おかえりなさいませ、ゴシュジンサマ」


 ヴィクトリアンメイド姿の姉、更科春菜が出迎える。

 お風呂場まで付いていくと流れるように収納魔法で着替えを渡す。

 そして、脱衣所の前で扉に背を預け、じっと待つ。

 更科春菜さん、顔が赤いですよ?


「だって……今、脱いでるって思ったら、うう……!」


 姉、更科春菜は初心な表情を見せ悶えている。

 だが、更科夏輝がお風呂に入ったことを確認すると、急に冷静な表情に戻り、更科春菜の固有スキル【蒐集家】は流れるように行使され、更科夏輝の服を収め何事もなかったかのように去って行く。


 シャワーを終え、更科夏輝が洗濯機の中を確認し、何かを諦めたような表情で出てくる。


 そして、朝食に向かう。

 朝食は両親が帰ってきたこともあり、全員でとるようにしている。

 父、更科一輝は顔をぱんぱんに腫らせながらやってきて席につく。

 母、更科四季は満足そうにニコニコと微笑みながら料理を並べている。

 激しかったんですか?


「ええ、母さんの多重魔法シャイニングウィザードがモロに入りましてね! 差し当って、最高でした」

「あの時のお父さんの顔ったら……ああ……!」


 どうやら今朝も地下の訓練場で本当のプロレスをしていたらしい。

 プロレス?


「秋菜、口」

「あに、ふいて」


 更科夏輝は、溜息を吐きながらも妹、秋菜の汚れた口を拭く。

 優しいお兄さんですね?


「自分で拭いてほしいんですけどね。あと拭われてるんなら写真を撮るのやめようか?」


 善処します。


「夏輝、口」

「汚れてないんだけど」


 姉、更科春菜が更科夏輝の口元を拭い、収納魔法で収める。

 何事もなく朝食を終え、更科夏輝の食器を姉が下げ、それ以外を更科秋菜が下げ洗い始める。


「あに、アキナえらい?」

「えらいえらい」


 更科秋菜がじっと更科夏輝を見つめると、更科夏輝は観念したように頭を撫で始める。

 更科秋菜は食器を洗い始める。

 更科夏輝が撫でるのを止めると更科秋菜が洗うのを止める。

 更科夏輝が撫で始めると、更科秋菜が洗い始める。


「なあ、これって意味ある? 俺が洗った方が早いんじゃ」

「念力使って洗ってるから、普通の五倍おちるんですよ、おくさん」

「わああ、すっごーい。じゃあ、俺が撫でる意味が」

「撫でないと洗う力が五分の一に落ちるんですよ、おくさん」

「わああ、俺の撫でる力すっごーい」


 更科秋菜の固有スキル【念者】により、洗浄スポンジで磨く力が強化され、念写により妹を撫でる兄の姿が激写され、食器と更科秋菜の顔がつやつやし、各々が出かける準備を始める。


 両親は、冒険者協会で新人育成講習に講師として参加するそうだ。

 姉、更科春菜は、御剣大学へ向かうために準備を整える。

 ヴィクトリアンメイド姿とは打って変わり、白のパンツスタイルで上は青のボーダー。爽やかな装い。


「今日、遅いけど大丈夫?」

「今日は翼が迎えに来るから」


 外でバイク音が聞こえる。


「おっはよー! 春菜! 行こうぜい!」


 姉、更科春菜の親友、三条翼である。


「じゃあ、行ってくる。夏輝」

「ん?」

「どう?」

「どう?」

「どう?」

「どう?」

「ど」

「あーもう! かわいいよ! 今日も最高の姉さんです」

「ふふ、行って来ます」


 姉はふんわりと笑い、外に駆けていく。

 三条翼の後ろに座り腕を回すと、三条翼が声を漏らす。


「うひひ、春菜のないすばでーが」

「降りようかな」

「いってきまーす!」


 二人が去って行くのを確認し、更科夏輝は小さく溜息を吐き、学校へ向かう準備を始める。


「じゃあ、あに、先に行く」

「おーう」


 更科秋菜は髪を下ろし、青いピンをつけ、玄関へと向かう。

 ふと振り返り、微笑みながら兄に問いかける。


「お兄様、今日の秋菜はど」

「かわいいよ、秋菜」

「さすがはお兄様です」


 若干めんどくさそうに言った感があるが、更科秋菜は気にしない。ええ、気にしない。

 一度、深呼吸をしてお嬢様然として歩き出す。


「秋菜……なんかクラスでしんどいことあったらいつでも念話でいいから連絡しろよ」


 再び振り返る更科秋菜が見たのは、顔を赤くしながらそっぽを向く更科夏輝だった。

 かわいいですね?


「うるへー」


 更科秋菜は頬を緩ませながら学校へと向かう。

 それを更科夏輝は見送ると、自分の部屋に戻る。


 青と赤。

 二つの机にベッド。

 更科夏輝は、静かにドアをとじ、玄関へと向かう。

 青い靴を履いて家の方を一度振り返る。


「じゃあ、いってくるわー」


 更科夏輝は、気だるそうにそう言うと、玄関を出る。

 今日もまた、更科夏輝の一日が始まる。





 つづく。



「つづくの!?」


 つづくの。

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