第57話 変態、天才に詰められ詰んだオワタ

 御魂公園は、公園とは名ばかりのだだっ広い、正に広場に、石碑がぽつんと立っている。


 ただ、それだけだ。


 それだけなのに。


「夏輝、それ……」


 姉さんが俺の右手を見る。

 とんとんと無意識に足を叩いていた。


 よくないな。

 苛々しているのが丸分かりだ。


 俺は、助けられなかった。

 弱かった。

 ただ、それだけだ。

 それだけだから、腹立たしい。


「ごめん、大丈夫」


 俺がそう言っても姉さんは心配そうに見るばかりで、俺は思わず背を向けて神辺先輩がいるという研究棟に急いだ。




「やあ! 待っていたよ! 変態君!」


 ボサボサというかモジャモジャというか、とにかく、身だしなみは気にしないんだろうなという髪型で、それでもその奥にある瞳は美しく輝いていてまた変態が増えたな、と俺は冷静に思った。

 ていうか、距離近い。眼鏡ばりだ。その上、珈琲のいい匂いがする。


「ほお~、なるほど! 実に変だ!」


 なんだこいつ! いきなりなんだ! やんのかおらあ!


「いやいや、すまない。怒るな怒るな」

「弟くん、神辺先輩はね、【魔眼】持ちでね。魔力の質や流れで感情とかも分かるらしいのよ」


 え? なんだって?


「驚き……疑い……焦り……そして……変だ! 実に変だよ! 君!」


 うわあん、めっちゃ変って言ってくるぅ。


「なるほどね……少し話しづらい話になるかもしれないが、君の双子の兄弟がいなくなったそうだね。ねえ、更科姉」


 なぜ、姉に聞く?


「え? え、ええ……」

「興味深い。興味深いね。君の【変態】スキルについて、聞いていいかい? これは、君のチャンネルではなく、他の人間が撮ったものなんだが」


 神辺先輩が映像をパソコンに映す。


 そこには、復讐人形リベンジドール達やミツルギキマイラと戦う狂気の仮面道化クレイジークラウンがいる。

 右肩から右腕がなく非常にグロい。

 姉は目を背ける。


「この時クレイジークラウンは、黒い針を飛ばしてリベンジドールを撃退している。これは、どういう原理だい?」

「これは、自分の血液を、鋼針鼠メタルヘッジホッグっていう魔物の身体の針に【変態】させまして、ただ単に投げてるだけっすね」

「なるほど! 自分の血液を! 時に、君は先日全裸になっていたな! アレは趣味かい?」

「んなわけないでしょ! 服は【変態】出来ないんですよ!」

「ほうほう! つまり、君の身体でなければ【変態】は出来ないと! 変態出来る条件はあるのかい?」

「ええと、その魔物の魔力を記憶することですね。触れてればその内記憶します。ただ、死体になったものは魔力が消えてるので記憶出来ないです」

「物質は?」

「物は、何故か魔力があるんですよね。いや、正確にはダンジョンの物には魔力があります」


 神辺先輩がうんうん唸りながらぐるぐるその場を歩き回る。


「君の話からの仮説になるが、君が操作できるのは君の魔力を内包したもので、君がその自分の魔力を他の物質や魔物が持つ魔力に塗り替えたり組み替えたりすることで【変態】出来ていると言えるのかな」

「ああ、なるほど……そうですね」

「その上での仮説だが、人型モンスターの方が記憶しやすかったりしないかい」

「言われてみれば、確かに、そうかもしれないです」


 俺が最初に入ったのはそれこそ【人形の家】だった。

 そこにいたお喋り人形チャッティピエロは記憶しやすかった。

 逆にもう一つのツギハギライオンは動物の形状をしているせいか大変だった。


「でも、顔を記憶するのはめちゃくちゃ難しいんですよね」

「ほお! なるほど! 顔はか! ちなみに、誰かの顔に【変態】したことは?」

「父と……ダンジョン警備員の人には何回か。父は、この辺の冒険者では知られていたので」

「どっちが難しかったとかあるのかい?」

「父の方がやりやすかったですね」

「女性には!?」

「あー、記憶したことないです」

「女体に興味がないのかい!?」


 あるけど! あるけど! なんか違うじゃん! そういうの!


「例えば、君の姉であれば、記憶する為の時間なんていくらでもくれるんじゃないのかい!?」

「いやーでも……」


 俺は苦笑いを浮かべながら姉を警戒する。

 だが、姉は動かない。何かを考えてるようだ! 何考えてるの! 怖いんですけど!


「ふむ! 実に有意義だ! ではでは、続きは歩きながらどうだい? 脳が活性して気持ちいいぞ!」


 やなんですけど。その言葉を呑みこみながら俺は神辺さんの後についていく。


「いやー、君のスキルは非常に面白いね。変だ! ああ、君達自身も変だ、安心したまえ」

「はあ」


 安心要素どこよ!? あ、どこよ!? なんて日だ!


「古巣君といったな、彼のスキルも実に理解しがたい! 面白い!」

「ア……古巣のスキルも知っているんですか?」

「ああ、氷室さんに紹介されてね。時に、更科君、君は神を信じるかね?」


 何を言い出すんだ!? 勧誘か?


「あー、そうですね。信じるというかいてほしいですね」

「ほう! 何故!?」

「こんな名前のスキルを与えてぶっとばしたいです」

「あははは! そうか、なるほどな! その為にか。では、君は、スキルは神が与えたものだと考えているわけだ」

「そうですね」

「では、何を基準に神は固有スキルを与えるのだろうか」

「え? 適当じゃないんです?」

「それも勿論あり得る。けれど、私達はこう考えている。神は願いを叶えるために固有スキルを与えているのではないか。つまりは、神はサンタではないかとね」


 何言ってんだ!? このひと。


「じゃあ、俺が望んだのは変態だと」

「ここからは私の仮説だ。思春期というのは最も魔力が変化しやすい時期だと私の研究で明らかになった。つまり、この時点で魔力がその人間の内面に呼応して最も軸となる固有スキルを生み出しているのではないかと」

「内面に呼応して」

「仮説だよ。飽くまで、仮説。君は、君自身のことが嫌いじゃないかい?」

「……!」

「君は君の事を憎んでいる。いや、正確には誰かと比べて卑下している」

「まあ、コンプレックスは強い方ですよ」

「仮説。自分が嫌いな人間は自分に嫌なラベリング、つまりは、名づけをしているのではないか。もしくは、その感情に従って、歪んだ名称がつくのではないか」

「なるほど」

「次の仮説。外、つまり、名前は飽くまで外に見せるものだ。では、中身は、望んだものなんじゃないかね? 君のスキルは自分を変えるものだ。君は自分を変えたかった。もしくは、変われる誰かが羨ましかった」

「なるほど」

「もうひとつの仮説……は、また今度でいいか」

「じゃあ、俺からも聞いていいですか?」

「なんだい?」

「わざわざ俺を御魂公園まで引っ張り出してどういうつもりです?」


 そう、俺達は今、移動している。

 俺はてっきり神辺先輩がひきこもりで外に出たくないのかと思っていた。

 けれど、彼女は外の空気を思い切り吸いながら散歩を楽しんでいる。

 そして、確信を持って御魂公園に行こうとしている。


「焦り……苛立ち……右手から漏れてるよ……」


 俺は自分の右手を見る。


 とん……とん……とん


 指で叩く。そうこれは苛立ちのサインだった。


「君はあの大発生の記憶が多少曖昧だそうだね。それは大きな衝撃があったからだろう。辛い出来事悲しい出来事を閉じ込めているのかもしれない。だけど、君ははっきりさせなきゃいけないと感じているんだろう? だから、私の所に来れた。来なくてもいい選択肢は用意していたはずだ」


 とん……とん……とん


「違和感があるんだろう。君の中で。見えているよ。私には。けれど、私が答えを出すわけにはいかない。世の中には理屈で説明すべきではないこと、説明できないことが沢山ある」


 とん……とん……とん


「例えば、古巣君のスキルだ! 彼のあのスキルは彼自身が知りえない真実や嘘も分かってしまう! 情報量や思念の多さに比例して魔力量が代償になるらしいから三億円事件の犯人は分からないだろう。残念だ! 誰が教えているのか……これを仮に『神』としよう。であれば、神は何者なのか、神は私達に何をさせようとしているのかもきっと知ることはできない」


 とん……とん……とん


「何も考えてないってこともあるんじゃないですか?」


 とん……とん……とん


「かもしれないね。では、ダンジョンは、モンスターは何故現れたのか? 混沌と最初に読んだのは誰なのか? 疑問は尽きない。けれどね、疑問というのは一つ一つ解決していくしかない。答えというピースを沢山そろえていけば、見えてくるものがあるからね。さしあたって、まずは、記憶というピースが揃いかけている問題から少しずつ解いていこう」


 とん……とん……とん


「更科君、君は……」

「きゃあああああああ!」


 女の子の悲鳴が響き渡った。

 俺は慌てて駆け出す。

 その声に聞き覚えがあったから。


 俺は慌てて彼女の元へ向かった。場所は、中庭のようなところだった。

 彼女が、理々が襲われていた。


 モンスターではない。変態男子大学生だ。


「ねえねえ、ちょっとくらいいいじゃ~ん! オレ! 千原嵐歩ちはら らんぽ! 俺と一緒に呑みに行かな~い」


 おい、ここまでのシリアスを返せ。

 お前、さては、チャラ男の弟だろ。色違い2Pでコスト削減か。

 よし! いっちょぶっとばっそ!

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