第38話 変態、最強になって最弱オワタ・後編

 固有スキル【変態】に目覚めた僕は、きっと冬輝とは違うかったんだろう。

 それもそうだ。中身は真逆なんだ。うどんとそばで好きなものも違うし、違ってて普通だろ。


 そう思った。

 道理で、同じ顔なのに、冬輝の方がモテるし、周りにいつも人がいるし、楽しそうなわけだ。


 僕とは、違う人間なんだ。


 そして、僕はより自分の世界に籠るようになり、動画配信を始めた。


 お小遣いを溜めて、自作の撮影装置を身体に取り付け、【変態】した自分でダンジョンの中に入る動画を撮った

 カメラは傾いてるし、思ったような画はとれないし、ブレブレだったけど、見てくれる人がいた。僕は動画を作ることに夢中になり始めた。この世界には変態である僕を見てくれる人たちがいる。




「くれくらのダンジョン突入動画~!」


 黒仮面の赤い鎧を着て大人サイズになった僕が画面の向こうに向かって叫ぶ。


「さあ、ということで今回は、で、【獣の森】RTAということで、やってみたいと思います! 僕の知る限り、獣の森のダンジョン核到達最速記録は【黒影】の30分14秒。ということで、今回は30分切るのを目標にやってやりたいと思います。ということで、【狂気の仮面道化クレイジークラウン】いきます!」


 クレイジークラウンと名乗り僕は、地面に置いていた自作の道具でカメラを、背負ったバッグに取り付ける。


「ということで、よーいどん!」


 僕は太ももを自身の胴体位膨らませると地面を抉るように蹴って飛び出す。

 行く先を阻む魔物達にものともせず、鋼化した拳で殴り飛ばして進んでいく。

 僕は何かに解放されたような感覚に襲われ、笑いながら突き進む。


「あっはっはっは!!! 気持ちいい~!」


 そして、森の最奥ダンジョン核が見えた時、巨大な影が迫る。


「出た出た! って、え?」


 僕が影の方を見ると、青い毛の生えたイレギュラーの人狼ワーウルフがクレイジークラウンの方を見て舌なめずりをしている。


「噓でしょ! ここのダンジョン核の守護者ボスは、灰色狼のはずじゃ……はあ~、また“イレギュラー”かよ~」


 僕ががっくりとうなだれると、カメラが当然グンと引き上げられるように動き反動が少しだけ身体を揺らす。背中に感じるカメラの重さが心地いい。

 僕は青毛の人狼の攻撃を躱し、動画のタイトル変更を決め、カメラに向かって話しかける。変態の僕を見てくれる人たちに。


「ということで、予定を変更して、“イレギュラーと戦ってみた”をお届けしま~す。ということで、じゃあ、やろう、か!」


 僕は、青毛人狼の恐るべき速さの連撃を躱せずすべてを喰らってしまう。


「あばばばばばば! ……な~んてね」


 何事もなかったかのように平然としている僕に今度は青毛人狼が目を大きく見開く。

 僕はそれを見て笑ってしまう。

 が、その一瞬を見逃さない。風鬼の腕で風を吹かせ青毛人狼の腹に一撃をたたき込む。

 僕は、強い。


「ふははははは! まだだ! もっともっと僕を楽しませろ!」


 笑いながら僕は殴り合いをつづける。

 そして、最後に青毛の人狼は崩れ落ち、僕は勝った。


「……強かったよ。また、地獄で会おうぜ。ということで、クレイジークラウンでした」


 その動画は、思った以上に閲覧数が伸びた。

 みんなが見てくれる。変態だけど、変態を、見てもらえる。僕を見てもらえる。

 僕はダンジョンに入り続け、【変態】を極めていった。





「夏輝の動画、『ということで』多すぎじゃね?」


 ある日、二人の部屋でそれぞれがベッドに転がって漫画を読んでいたら、不意に冬輝がその動画を見せながらそう言ってきた。

 バレた。双子の兄弟で同じ部屋で過ごしていた弟に初めての隠し事がバレてしまった。


 変な格好をした兄が、違法ダンジョン攻略動画を作っている、と。


 冬輝は中学に入って、より外に出て遊ぶようになった。友達の家にお泊りすることも多かった。

 冬輝がいない日に、ダンジョンに入り、動画を撮り、編集していたのに。

 怖い。

 冬輝はどう思ったのだろう。


 僕を見つめる冬輝の顔が何を考えているのか分からない。

 昔はあんなに分かり合えた気がするのに。

 今は、別人だ。全くの、別人。


「なん、で……冬輝が?」

「いや、普通に分かるよ。双子なめんな」


 双子なめんな。

 その言葉に、僕はああ、そうか。双子だったなと、当たり前の、普通の事を考えていた。


「どんな漫画の双子も大体以心伝心してんじゃん。まあ、〇滅の刃は違ったけど……でさ、相談なんだけど……俺も参加させてくんない?」

「え?」


 その時の僕は、本当に本当に間抜け面をしていただろう。



 弟は、どうしても僕の動画クオリティが気になるらしく、参加したいと申し出てきた。

 そういえば、弟も友達と動画を撮ったりしている。

 数の力もあるのか動画自体のクオリティは僕よりいい。


「絶対、カメラマンが居た方がいいって! 俺も最近、魔力だいぶ上がってきたし、夏輝が守ってくれれば、入っても大丈夫だと思うんだよ!」


 冬輝がいれば。


 そう思ったことは一度じゃない。

 僕達は双子だ。そして、顔はそっくり中身は真逆の双子。

 それはこの世界で生き抜いていく為に、生まれた時からどこか足りないものを補いあえるようになっていたんじゃないかと思う。

 僕は成長して、冬輝が隣にいないことが物足りなくて寂しくて悲しかった。

 でも、だから、冬輝がいれば、僕はなんだって出来る。


 冬輝は変態の僕を見て、それでも兄弟でいてくれるんだから。


 僕は泣いて、冬輝は笑った。

 そして、僕達はチームを組んだ。



 僕達はやっぱり最強のコンビだったんだろう。それから僕たちの、狂気の仮面道化クレイジークラウンの動画は爆発的に知られていった。





狂気の仮面道化クレイジークラウン! 今日こそはお前を捕らえ罪を償わせる!』


 【七刀】っていうヤバいバトルマニア達と戦った時の動画を編集しながら冬輝は笑っていた。


「二人の戦闘速すぎるわ! 限界反応越えてステータス真っ赤だわ!」


 そんなことを言いながらも冬輝は、いつも通りついてきてくれてた。


「あと、ここ!」


 冬樹は、慌てて指さす。


『魔纏、雷装』


 映像の中で女剣士が呟くと道着から無数の魔字の羅列が浮かぶ。

 その魔字が青白く輝き、稲妻が奔る。

 そして、その稲妻が女剣士の刀にどんどんと集まっていくと刀身が青白く、そして、奇妙な音を響かせながら輝きを強めていく。


『ちょっと! 雷装はやりすぎでしょ!?』

『うるさい! お前が悪い! 行くぞ!』

『ああ、もう!』


 女剣士が地面を蹴ると、その足元が爆発したように岩盤が砕け、石が飛び散る。

 飛んできた破片をよけてカメラは大きな音と同時に宙を映す。


『いって……!』


「いや、声入ってるし! っていうか、マジでビビったし!」

「でも、これはこれで臨場感じゃね? 冬輝の声もすげーリアルだし」

「いや、ガチリアクションだから! まあ、夏輝が言うなら残しとくか」

「それに、ここで冬輝がこけたお陰で俺とイヅナのめっちゃヤバい画撮れてるし」


 上を向いたカメラには空中でぶつかり合う赤と青白い閃光が映っていた。


「こけたお陰て。あ、ヤバいと言えば、これこれ」


 冬輝が動画を進める。そして、タンとマウスを叩く。


 画面の中で、雷光の道が通りすぎ、黒焦げになった僕が力なく落ちていく。

 女剣士は、ふらつく身体を刀で支えながら、仰向けに倒れた僕に向かって歩いてくる。

 顔には疲労が濃いが達成感に溢れていた。


『さあ、クレイジークラウン、お前ほどのやつなら死んではいないだろう? 私のお供、に……』


 次の瞬間、僕は、黒く焦げた鎧を脱皮するかのように剥がし、その下から新しい赤い鎧を見せながら立ち上がり、女剣士の肩を狙い突きを繰り出す。我ながら咄嗟にしてはいいアイデアだったと思う。


『馬鹿な!』

『はっはっは! 道化は化かすのが得意なんだ!』


 ギリギリで躱す女剣士だったが、まさに紙一重。胸当てを締める繋ぎの部分、そして、その下の道着を犠牲にしながら辛くも躱す。

 そして、道着の下に収まっていた慎まし気な女性の部分が露になり、この時はめっちゃ慌てた。


『わ! 隠して! お蔵入りになる!』


 カメラが慌てて地面を映したところで、二人で爆笑する。


「ヤバかった! マジナイス俺の判断!」

「いや、僕の指示のお陰だろ!」

「にしても……」

「うん……」

「「ヤバかったな……」」


 僕達は双子だ。合わせ鏡のように鼻の下を伸ばしめっちゃ変態顔してる。


『あ……うえーん、もうやだー! お嫁にいく~』


「お嫁に行くってよ、お前のところに」

「いやいや、冗談でしょ? なんで僕みたいなのに」

「お、双子の弟に向かってそれ言う?」

「あ、いや……」


『……じゃあ、さよーならー!』


 その声に反応し、画面に目を向ける。映っていたのは駆けていく仮面の男の後ろ姿だった。ぶっちゃけ、間抜けだ。


「「ぶはははははははは!」」

「いや、マジで夏輝さいあく! 俺置いてマジ逃亡したし!」

「いや、無理無理あの空気は! まあ、冬輝ならなんとかなると信じてたよキラリ」

「「あはははははは!」」


 死ぬほど笑った。

 声が大きすぎて、妹からは大丈夫? と心配されたし、姉さんにはもう少し静かになさいと怒られた。

 そして、二人で部屋に戻り、互いのベッドの上に座って、見つめ合い、また笑った。


 僕達二人一緒なら最強だ。そう、思っていた。


 そして、あの日、『大発生スタンピード』の起きた日。


 冬輝がいなくなった。


 そして、一人になった。


 動画をやめた。


 冒険者を諦めた。


 【変態】を隠すことを決めた。


 あの日、すべてが変わってしまい、変わることを決めた。


 僕は、僕でなくなってしまった。ただ、変態という固有スキルを残して。

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