第27話 変態、黒の魔女に圧倒されて驚愕オワタ

 雨のように降り注ぐ武器たちを姉はそのまま……収めた。

 固有スキルで再び収納した。


「……」

「……」


 ……。


 多分、かっこいいからと言うだけでやって見せたっぽい。意味はない、だって、なにも起きてない。

 俺はかっけーってめちゃくちゃドキドキしたよ! ちくせう!


 姉の固有スキルは【蒐集家】。ワンルーム程度の異空間にものを収めて自由に出し入れすることが出来る。ただそれだけのスキルだ。

 鑑定も出来るのだが、それは戦闘用ではない。


 だが、姉は今、トップクラスの女性冒険者、黒の魔女と呼ばれている。

 その理由は、『自由に出し入れ出来る』からだ。


 姉は先程出した無数の武器から、弓矢を選び、すぐに矢を放つ。

 しかし、地を這う竜シャドウドラゴンもただのモンスターではない。

 自身の影の中に潜り込み、そのまま移動し、再び影から上がる。


 これがシャドウドラゴンの怖さだ。

 影に入ると敵を攻撃出来ないが、その代わりにスピードはとてつもなく上がる。

 また、思っている以上に平面への攻撃というのは難しく、線の攻撃ではなくどうしても点になってしまう。


 銃なんかで攻撃できればいいのだが、銃は魔力伝導が低く威力が弱いことが既に証明されている。モンスターに対しての攻撃は硬さよりも武器にどれだけ魔力を流し込めるかが重要だ。

 どうやら銃などはパーツが多く、その一つ一つに魔力を流すとなるとコスパが悪すぎるらしい。なので、武器は出来るだけ魔力を流しやすい素材とシンプルな構造のものが良い。

 だから、姉も銃ではなく弓矢で敵を狙う。


 姉が第二射を放つ。

 シャドウドラゴンは再び影に潜り今度は姉の足元へと這い寄る。

 弓は扱うには両手が必要だ。

 今の姉には近距離への対応が難しいと考えての事だろう。シャドウドラゴン頭良い。


 だが、ここからが姉の本領発揮だ。

 弓を放し、落とすと弓はふっと異空間に吸い込まれ消えてしまう。

 そして、その弓を放した手の十数センチ上から『刃が下向き』に剣が落ちてくる。

 姉はそれをそのまま握り、シャドウドラゴンの影に飛びかかかる。


 影も危険を察して急停止をかけ、後ろへ下がり、地面に突き刺さる剣を間一髪で躱す。

 が、姉は止まらない。

 突き刺した剣の鍔に足をかけ、高く跳び上がる。

 そして、黒のメイド服のロングスカートを靡かせながら大きく両手を広げ異空間から武器を取り出す。


 持ちきれない程の無数の武器を。


 再び武器の雨が『全て刃が下向きに』落ちていこうとしている。

降り注ぐ武器の豪雨から逃げられないと悟ったシャドウドラゴンは影から飛び出し黒い爪を振りかざし武器を弾いていく。

 二本ほど武器が刺さりうめき声をあげるシャドウドラゴンだったが、そのうめき声も一瞬だった。シャドウドラゴンが何か気づき振り返る。


 そこには黒いロングワンピースと白のエプロンをつけたメイドが二本のナイフを逆手に構え笑っていた。


 身体を回しながら右前足付近にナイフを突き刺すと、逆回転で左前足付近に。

回転しながら身体を落とし再び『出した』ナイフを右胴側面に、逆回転で左胴側面に。

 更に低く地面に手をつきながら五本目のナイフを右後ろ脚付け根、逆回転で左後ろ脚付け根。

 計六本のナイフが刺さったシャドウドラゴンが地面へと倒れ込もうとする。

 その時、低い体勢で地面に手をついていたメイドは大剣を取り出し、倒れてくるドラゴンの首に向かって振り上げる。


 ザン、という音がし、シャドウドラゴンの首が転がる。


 黒の魔女は返り血を浴びながら妖しく笑いこちらを向く。


「……更科さんちのメイドラゴンキラー」

「それが言いたかっただけかよぉおおお!」


 それが言いたかっただけらしい。姉は小さく頷いている。

 確かに、ちょっと面白いと俺は思ったよ、俺は。


 それに、かっこよかった。

 武器を自在に収め取り出すだけのスキルと鍛えた能力でここまで戦う姉を純粋に尊敬する。


「夏輝も、ありがと」

「ん?」

「私が集中して戦えるよう、他のモンスターがきたら倒してくれてたわね」


 ……まあ、何体か騒ぎを聞きつけてやってきたモンスターがいたので、対処はした。

 理由はどうあれ、姉が頑張っているわけだし。


「ドラゴン相手だったのに、よく見る余裕あったね」

「あってもなくても見るわ、私は、あんたを」


 姉は黒く美しい瞳で真っ直ぐ俺を見つめる。

 やめてほしい。実の姉なのに俺惚れたらどうする。


「お礼あげる。ちょっと脱ぐのに時間かかるから待っ」


 やめてほしい。実の姉なのに俺引いてるぞどうする?

 黒のメイドロングワンピースの中に手を突っ込みゴソゴソしていた姉を取り押さえ、ダンジョンを出る。夜遅くなのに、ダンジョン受付対応してくれた係の人マジすみません。


 姉と一緒に夜道を歩く。

 姉に夜はよく似合う。


「夏輝」


 前行くメイド服の姉が振り返って、俺に声を掛ける。


「私って変かなあ?」


 姉の言葉が夜に溶ける。

 溶けて広がってふわりと花の匂いがする。


 俺はあの日のことを思い出していた。






「わたしって、変、かなあ?」


 中学生の姉は俯きながら呟いた。


「姉ちゃんは変じゃない! 変っていうのはポ○子とピ○美みたいなのを言うんだよ!」


 遮るように叫んだ言葉に姉が首を傾げた。

 姉はポ○テピ○ックを履修していなかった。


「あ、の、魔人○ゥとか○ッコロみたいなの、とか」


 並べてごめんなさい、○山先生。でも、例えが思い浮かばなかった。


「そういうんじゃないの」


 そういうんじゃなかったらしい。


 姉は、その日泣いていた。

 妹が泣いている事を知らせてくれて、僕達は姉のところを訪れた。

 姉はゆっくりと何があったかを話してくれた。


 姉は、活発で男勝りな性格だった。

 小さい頃はガキ大将で、誰よりも遊びも強くてうまくて、虫取りやかけっこなんかでも一番、卑怯なことが大嫌いでよく上級生を懲らしめてた。

 そんな姉は、どんどん成長し、どんどん美しくなって、どんどん女性らしくなっていった。

 けれど、運動や外での遊びが大好きで、妹が僕とおままごとする以外の時は、ほとんど家にはいないくらいだった。

 なのに、勉強は出来て生徒会長もやっていた姉は僕の自慢だった。

 姉はいつも笑っていた。


 その頃はまだ。


 いつしか姉は違和感を感じ始めたらしい。

 女友達とは話が合わず、男友達は徐々に姉と遊ぶことを避け始めた。

 けれど、誰もが自分を賞賛する。認める。笑顔を向けてくる。

 でも、友達がいない。そんな気がしたのだそうだ。


 カードバトルしてくれる友人も、虫取りに一緒に行ってくれる仲間も、拳を交わすような親友も。


「すごいけど、ほんと変。春菜って」


 姉は入ろうとした生徒会長室の前で聞いたそうだ。

 声の主は、姉が最も信頼している副会長。

 姉は急に自分だけ知らない世界に連れてこられたような気がしたそうだ。

 震える手を押さえ扉を開けると、彼女はいつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれた。


 陰口を言う子達も、自分を厭らしい目で見てくる男子達も知っている。

 目の前のこの子は『私』を見ているのだろうか見ていないのだろうか。

 『私』とは誰なんだろうか? 何者なんだろうか?


 姉はそんなことをぼんやり考えながら帰り、静かな玄関で少しだけ泣いたそうだ。


 私は、ひとりだ。と。


 妹が僕に伝える為に慌てて写真を撮り僕に伝え、僕達が姉の所に来るまで姉はずっと考えてたそうだ。


「わたしは、変、かなあ?」


 姉が僕に問いかけてくる。

 僕は少し迷って口を開いた。


「変だと思う」


 姉は目を見開き、目じりに涙を浮かべながら悲しそうに笑った。


「僕も変」

「え?」


 姉は再び目を見開く。


「変……! 変! 姉さんが変なら、みんな変だよ! 父さんも母さんも変! 逆に聞くよ! 変じゃないのは誰!?」

「え、と……」


 姉さんが戸惑う。

 僕は、更に自分も指さしながら変と叫ぶ。

 変の大合唱が始まる。

 妹も「へん! へん!」と叫んでいる。


「変だよ! みんな変だ! 変なひとばっかりだ! 違う!?」


 多分、僕はわけのわからないことを言っていたんだと思う。

 思えば、変を肯定したい気持ちと、姉さんを傷つけた人が変だという気持ちがごちゃまぜになっていて、冷静に聞けばこれこそまさに変な言葉だっただろう。

 だけど、多分姉さんには伝わっていた。僕の伝えたいことが。


「みんな、へん、かも」


 姉さんは、わらった。


 わらってくれた。


 変なわらいかただった。


 ないてわらっていた。


 そして、涙を拭うと、僕に向かって聞いてくる。


「わたしって変?」

「「変!」」

「変なわたしは嫌い?」


 僕は答えに詰まった。

 好きと言う言葉が出てこない。嫌いじゃない。でも、出てこない。

 僕もまた変なのかもしれない。好きなのに好きと言えないのは。






「ねえ、夏輝?」


 成長してより美しくなった姉さんが目の前にいる。

 ちょっと不安そうに黒くてきれいな瞳を揺らめかせながら俺を見ている。


「わたしって、変、かなあ?」


 不安が募ってきたのかメイド服のスカートをぎゅっと握って上目遣いに聞いてくる。

 いつの間にか姉さんより大きくなった。俺も成長した。

 でも、姉さんは姉さんだし、弟は弟だ。変だけど普通の姉弟だ。

 弟自慢の姐さんで高校でも生徒会長と務め、副会長は中学校と同じ。

 副会長と正面から向き合って話をしたら、変な私が好きと言われちゃったと姉は笑いながら話してくれた。

 その親友と今はダンジョンに潜っているらしい。美人女子大生冒険者コンビで有名だ。

 自慢の姉だ。

 なのに、今は不安そうにこちらを見ている。

 俺は、不安そうな姉さんに思わず笑ってしまいながら口を開く。


「変だよ、姉さん」


 その言葉に姉さんは嬉しそうに目を輝かせる。なんでだよ。


「じゃあ、変な姉さんは、きらい?」

「自重して欲しいです」


 俺は笑いながらそう伝えた。


 予想外の俺の答えに姉は、分かりやすくショックを受けるが、握ったスカートを少し持ち上げ、相変わらず意志の強そうな目で颯爽と歩き出す。


「……姉さん、どちらに?」

「夏輝に私を好きになってもらう為に、竹○房に行って新シーズン、もしくは『幼馴○が俺を差し置いていい雰囲気だ・2』を開始するよう脅……お願いしてくるわ」


 待て待て待ていつの間に詳しくなった!?

 っていうか、後者のタイトルは今俺には刺さりすぎるからヤメテ!


 姉が振り返り言う。街灯の光が背中から当たり影が良い感じだけど、まさか。


「一体いつから夏輝の今ある部屋の漫画が自分で買ったものだと錯覚していた? ……全部私が同じものを買ってすり替えてあるわ」

「なん……だと?」

「その、あの、肌色多めの漫画もすり替え済みよ……勉強させてもらってます……」

「うぉおおおおおおおい!」


 恥ずかしいなら言うなよ! なんで恥ずかしいのに替えるのよ! よく買ったなあ!

 だが、俺の方が恥ずかしいよ! 姉に性癖知られて恥ずかしいよ!

 なんでこんなことを……さてはアンチだなテメー!


 耳を真っ赤にした姉が駆けていく。家の方向だから慌てなくてもいいだろう。

 あっちには竹書○はない。っていうか、夜中だし。


 大体……俺は変な姉さんのこと嫌いとは言ってないでしょうが。


 俺は、笑って、変な姉を追いかけた。

 みんな変だ。それの何が悪い。

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