第3話 死刑囚、ばあちゃんに会う

「まあまあまあ、とってもかわいいわぁ」

 老人のしわくちゃな手がぬいぐるみを撫でる。

『くそっ』

 男の悪態はもちろん誰の耳にも届かない。

 デートの帰り、ぬいぐるみとなった男は青年により老人の手に渡った。

 デート帰りに祖母宅に寄る孫はいったいどれほどいるのだろうか。男は線香とイグサに混じった老人臭さを嗅ぎげんなりする。


「おばあちゃんお邪魔しまーす」

「さあさ、上がって頂戴」

「いや、ばあちゃん」

「ほらほら」

 彼女が挨拶をすると、おばあちゃんは嬉しそうに奥へ招く。

 孫にぬいぐるみをプレゼントされたのだ。ただで返すわけにはいかない(それでなくとももてなしは必ずだが)。

 彼氏は気恥ずかしそうにしながら祖母宅に上がる。


「来てくれてうれしいわ。最高の、クリスマスプレゼントよ」

「よかったっすー」

 彼女の方はもはや自分の方が実孫のようにリラックスしている。

 おばあちゃんは孫とそのかわいい彼女ににこにこだ。プレゼントのぬいぐるみを大事そうに椅子に座らせ、うきうきとケーキとお茶を用意する。

『くそー、うまそうなもん食いやがって』

 目の前にあるケーキに、男は腹を鳴らした。

 誰にも聞こえないが。

 男は思い出す。そういえば、最後に食べたのは冷たい生菓子だった。ぼそぼそのあんこで、ちっともうまくなかった。

 それに比べて、あの女が食べているものはなんだ!

 ショートケーキに、マグカップいっぱいの紅茶。あの女はああいった食い物をいつでも好きなように食えるんだ。


 なぜこんなにも不公平なのだろう。

 俺だってくいたっかった。


「食いたかった!」


 男の声が叫ぶ。

 ぼとん、と椅子に座らせていたぬいぐるみが落ちた。

 突然の音声と落下に、びくっと彼氏、彼女は飛び上がる。

「あらあらあら」

 しかし、おばあちゃんはにこやかにそれを拾い上げた。

「そういえば、くまさんのケーキが用意されていなかったわね」

「いやばあちゃん、いや」

 彼氏の方はそれよりも指摘したいことが、とどもっている。

 だが長年生きてきたおばあちゃんにとって、熊のぬいぐるみがひとりでに落ちようと、男の声が空耳で聞こえようと、それらすべては些事。にこにこと陽気だ。

「ちょうどいいわ、くまさんも新しいお友達と一緒にお茶にしましょう」

 とおばあちゃんはぬいぐるみをていねいに抱きかかえる。

『へへっ俺の考えが通じるなんて、このババアやるじゃねえか』

 ケーキが食べれる(ぬいぐるみの体で可能かは別として)と男はいい気分になる。

 しかし男は聞き逃していた。”新しいお友達”という言葉を。

 おばあちゃんはぬいぐるみを座敷へと連れてゆく。

 カラリと開かれたふすま。覗く仏壇。古いつくりの箪笥。その上に置かれた二体の物体。

『え……』

 男は血の気が引いた。ぬいぐるみの体でもその感覚があった。

「さ、みんな、新しいお友達よ」

『いや、ちょ、まっ』

 男の声は届かず、おばあちゃんは箪笥の上に赤い熊のぬいぐるみを並べる。

『待て!俺を置いていくな!ババア!』

 ケーキなんていらないから、と心の叫びは届かない。

 ぽてりと置かれた男は、直視したくなかった。

 隣に並んだ、日本人形と西洋人形。

 その禍々しい気配を。

 

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