第六章 真相究明

第41話 被害者の選定

 イベント会社を経営していただいともゆき氏の殺害を実行したみずたにこうと、彼に殺害を命じたざいぜんまさが逮捕された。これにより事件は解決した、はずであったのだが。


「所長、なにか浮かない顔をしているようですが」

 “天才ハッカー”のかなもりさんがれいさんの異変に気づいた。私はまだ探偵事務所で働き始めたばかりである。


「謎がすべて解けたわけではありませんわ。まだ残されている謎があるのです」

「残されている謎、ですか?」

 それがなにか考えてみたが、まったく浮かんでこなかった。

 だって殺せと言った人と殺した人が捕まっているのである。これ以上なにが謎なのだろうか。


「五代朋行氏を殺せと言った財前と、その指示通りに殺した水谷が捕まっているんです。これ以上謎なんて残っていませんよ」

 金森さんに同感だ。玲香さんにはなにが残っているように感じられるのだろうか。

「確かに見た目では決着しています。ですが、まだ大きな謎が残されているのですわ」

 他にどんな謎があると言うのだろうか。


「財前正美さんが五代朋行氏を殺せ、と命じた理由が謎なのです」

 それのどこが謎なのだろうか。


「現状では、ふたりにはまったく関係が見当たりません。当初は水谷さんが行きずりの犯行で五代朋行氏を殺害したと思われていました。しかし捜査の結果、財前さんが五代朋行氏を指定してきたのです。であれば水谷さんは行きずりではなかったことがわかります。では財前さんはなぜ五代朋行氏を殺すように指示を出したのか。なぜ五代朋行氏でなければならなかったのか。これがわからなければ、財前さんが行きずりの殺人を指示したことになってしまいますわ」


 そう言われれば確かにおかしい。

 正美さんはなぜ接点のない五代さんを殺させなければならなかったのか。その動機がわからない。

さんはなぜだと思いますか?」


 もちろん私に殺人の罪を着せようとしたのだから、私に接点があるのならまだわかる。

 しかし私にも五代さんとの接点がないのだ。ではなぜ五代さんだったのか。

「私も接点はありませんし、なぜなんでしょう? 殺人なんて犯人にとって利益があるからするものじゃないんですかね?」


「そうなんです。財前さんにとって五代さんを殺せば利益があるから、水谷さんに指示して殺させた。そう考えるのが自然です」

「でもふたりに接点はなかったんですよね? それだとやはり行きずりの線が強くなりそうですけど……」

 自分でも自信が持てなかった。もし考えられるとすれば……。

「もし考えられるとすれば、財前さんは五代さんから脅迫されていた。もしくは弱みを握られていた、というはどうでしょうか?」

 玲香さんは微動だにせず聞き入っていた。


「脅迫されていたか弱みを握られていたか……。やはりその線で間違いないですわね」

 ディープブルーのタイトスーツを身にまとった華麗な名探偵が得心したようだ。


「金森さん、これから財前正美さんと五代朋行氏のパソコンとスマートフォンを徹底的に洗ってください。そこでなにがしかの関係が浮かび上がるかもしれません」

「五代氏に関しては前回洗いざらい探りましたが、なにも出てきませんでしたけど」

「ふたりでなにかやりとりしていなかったかの確認をお願い致します。内容は平凡でもかまいません。今日の天気はとか、晩ご飯なんにするとか」

「なるほど、ふたりにしかわからないちょうを探そうってわけですね」

「ふちょう、ですか?」


 金森さんが助けてくれた。

「ふたりで取り決めた合図のための隠語。いわば合い言葉ですね。昔の忍者もので“山”と問われて“川”と返すようなものです」

「太平洋戦争での“トラ・トラ・トラ”や“ニイタカヤマノボレ”なんかも符牒ですわね」


 そうか。他の人にバレても疑われないような「平凡な言葉」に意味を付けていたとしたら。前回五代さんの端末を調べても怪しい言葉が検出できなかった理由にもなるんだ。

つちおかさんに連絡して、鑑識が調査済みの端末を取り寄せます。それを突き合わせてやりとりの痕跡をあぶり出してください」

「わかりました、所長」

 金森さんが答えると、玲香さんはスマートフォンで電話をかけるべく自室に向かって歩き去っていく。


「金森さん、それを調べればなにか痕跡が見つかると思いますか? 警察の鑑識さんでもわからなかったものがつかめるのでしょうか」


「少なくとも前回は水谷と財前がつながりましたよね。端末を比較して調べれば、必ず一致点が出てくると僕は踏んでいますよ。おそらく所長もね」


 これまで数々の事件を担当してきたからなのだろう。ふたりが「なにか出る」と予測できるのは。

 ここでの私の仕事は、食事や掃除、洗濯など雑務に限られている。私ごときが推理でお役に立てる日はまずこないだろう。それでもふたりへのお礼を込めて、仕事を完璧に遂行するまでだけど。


 ピンヒール独特のカツカツした音を立てながら玲香さんが戻ってきた。

「土岡さんから許可を得ました。いつもどおり、操作したり改変したりしなければいくらでも調べてかまわないとのことです」

 その言葉を聞いて、私は掃除の手を止めた。金森さんは“あのケーブル”を取り出して準備を整えている。

「それでは私が事務所前で警察の方をご案内致しますね」


 セキュリティーカードと鍵、それに仕事用のスマートフォンを手元で確認する。そしてそのまま事務所前へと移動しようとした。

さん、これをお持ちください。うちの名刺です。QRコードが付いています。土岡さんにも持たせているのですが、うちのウェブサイトを通じて連絡先にこちらの電話番号とメールアドレスが登録できるようになっています」


「ありがとうございます」


 名刺には「地井探偵事務所 助手・風見由真」と記されていた。

 私これでも、玲香さんから見て助手扱いなんだ。なんだか嬉しくなってきた。


 セキュリティーを解除して廊下に出たらすぐにセキュリティーをロックする。そうしてから事務所前で立って警視庁の人たちを待ち受けた。


 ほどなくエレベーターから大きなダンボール箱を載せた台車が近づいてくる。

 警視庁とわからない人たちが事務所前までやってきて停止する。私は真新しい名刺を出して挨拶した。

「お待ち致しておりました。私、このたび地井の助手に採用されたかざ由真と申します」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る