第40話 殺害を教唆した人 (第五章最終話)
割り出されたIPアドレスを元に、警察は
逮捕状が請求され、本人の所在地をつかんでいく。そうして尾行していつでも捕らえられるよう準備を整えていく。
警部はスマートフォンを握って、そのときを待っていた。すると呼び出し音が鳴り、土岡さんが応答した。
「よし、わかった」
警察無線を使って現場に指示が飛んだ。
「逮捕状が発布された。ただちに身柄を拘束しろ! 水谷のように逃げられるなよ!」
そこに警察無線が入ってくる。
〔アルファロメオはすでに囲んでいます。逃走の足は押さえました〕
「よし、クラブ出入り口から少しずつ関係のない人を表に出しておけ。確保時に暴れられる可能性もあるからな」
〔コーチの身柄は押さえなくてよろしいのでしょうか?〕
「関係者ではあるから任意同行を願い出るんだ。そいつを押さえておけば、犯人も逃げようとは思わないだろうからな」
この場にいてもよいものか。警察の捕物を見せてもらえる機会なんてそうはないから貴重な体験ではあるのだけど。
「犯人が捕まったら、奥様とご主人も任意聴取に応じてもらいます。犯人側はあなたのアリバイ工作を逆手にとるために内偵していたはずですからね。その工作もすべて明らかにしてもらいますよ」
「ということは
「そうなりますな。まあお三人は無実を確認するためなので、そんなに手間はかかりませんよ。安心してくださいな」
ということは、やはり私がアリバイ工作をしたからこの殺人事件が起こったのだ。火野さんからアリバイ工作を求められたとき、なぜこうなることが予想できなかったのだろうか。
もし予想できていたら、水谷さんに付け入るスキを与えなかったものを。
「
もし火野さんからアリバイ工作を求められなかったら。求められても断っていたら。しかしその場合は欣一さんに、火野さんと相談していることがバレて最悪離婚していたかもしれない。
「ということは俺が浮気をしなければ、人が死ぬことはなかったってことですよね……」
確かに元をただせば欣一さんが不倫をしたから、私は火野さんに相談して、彼の提案からアリバイ工作を行なった。そのアリバイ工作を逆手にとって私に殺人の罪を着せようとした犯人が、水谷さんに五代朋行さんの殺害を依頼する。
そう考えると五代朋行さんは死ぬ必要がなかったのではないか。
だからといって欣一さんの不倫が殺人につながった、は三段論法にもならない。屁理屈に類するものだろう。
〔犯人とコーチを除いて、クラブから全員を表に出しました。いつでも確保できます〕
準備完了の合図である。金森さんは確保に向かうカメラに切り替えた。モニター上の犯人とコーチを見て、警部は警察無線で過たず確保の命令を下した。
「よし。犯人とコーチのふたりをただちに確保せよ。繰り返す、ただちに確保せよ」
犯人が捕まったことにより、水谷さんは供述を始めた。
五代朋行さんを殺したのは
正美さんは大学時代から火野コーチと付き合っていて、水谷さんもふたりと一緒に行動していた“仲間”としてよく三人で出かけていたという。
水谷さんも正美さんが好きだったが、彼女が大学時代から火野さんに好意を寄せていたのを知っていたので、潔く身を引いた。
しかし火野さんが私と近しくなったことから、正美さんの苦悩が始まったのだ。それを間近で見ていた水谷さんが、まず私のことを調べあげ、火野さんからアリバイ工作をするように指示されたことを聞きつけた。
そしてどのような工作だったのかを知って、私に罪を着せようとした。しかも窃盗のような軽犯罪ではなく、極刑もありうる殺人犯に仕立て上げようとしたのだ。
水谷さんから見れば正美さんは“身内”、私は“よそ者”だ。“よそ者”には愛着がないため、いくらでも冷酷になれる。“身内”のために“よそ者”を
だから私は水谷さんから極大に陥れる対象となったのである。
参考人聴取で土岡警部からそれらを聞かされ、ある意味で納得する自分がいた。
もし欣一さんが不倫相手である
私は正美さんと水谷さんに似ているのかもしれない。もし火野さんと
だからといって、正美さんや水谷さんがしたことを許せるわけではない。そもそも無関係だった五代朋行さんが殺されたのだから容疑者二人に恐怖するしかないのだが、五代朋行さんへの申し訳ない気持ちが先に立つ。
なぜ正美さんが五代朋行氏に目をつけたのか。今はまだわからない。これから起訴され、裁判が始まると二人は被告人として法廷に臨むことになる。それでこの事件のすべてが明らかになるのだろう。
事情聴取から解放された欣一さんとともに、玲香さんの探偵事務所を訪れた。
「今回はおふたりに多大なご支援をいただきましてありがとうございました。おかげさまで身の潔白を証明できました」
「俺も不倫はやめて、由真をサポートしていくことに決めました。これからは脇目も振りません」
あいかわらずローズレッドのタイトスーツでビシッと決めた玲香さん。金森さんはいちおうの黒スーツ姿だ。いささか服に着せられているように見えるのは、やはり着慣れていないからだろうか。
金森さんがコンピュータのキーボードを操作した。
「それでは欣一さん、お貸ししていたスマートウォッチをお返し願います。これが使われなかったのは不幸中の幸いでした」
欣一さんは名残惜しそうに、ゆっくりと取り外した。
であれば次は私のブレスレットか。綺麗で気に入っていたんだけどなあ。
「由真さんにわたくしたちのサポートをお願い致したいのですが、いかがなさいますか?」
あまりに唐突な玲香さんの申し出だった。
「え? 私、おふたりとはまったく釣り合いがとれていない、ただのド素人なんですけど……」
玲香さんは優しい笑みを浮かべている。
「由真さんには主婦目線で、一般の方が事件をどのようにとらえているのかを教えていただきたいのです」
「主婦目線で、ですか……」
「それに、うちで働けば欣一さんがもし不倫したとき、すぐに相手を割り出せますし、裁判に持ち込むだけの材料を揃えて差し上げられますわ」
「俺はもう二度と浮気はしませんよ」
その言葉に皆が笑った。
すごいふたりから頼られるのも悪くはないだろう。少しでもお役に立てたら、恩返しにもなるはずだ。
「欣一さん、どうしましょうか?」
「俺は賛成だ。今回の事件でお世話になったのだから、おふたりに恩返しする意味でも、ここで働かせてもらうといい」
「ここで働いても、なるべく早くお子様をもうけたほうがよろしいでしょう。“子はかすがい”と申しますからね。家族で互いを支え合ってくださいね」
その言葉にやや顔が赤らんだように感じるが、嬉しい申し出だと感じた。
「はい。それではこれからもよろしくお願い致します!」
(第六章へ続きます)
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