第39話 裏アカウント

 みずたにさんのSNSやメッセージアプリのやりとりはすでに確認していたのだが、今回は「裏ワード」で検索をかけている。

 するとなにかが引っかかったようだ。しかしかなもりさんはかまわずに次々とサイトやアプリ記録をチェックしていった。

 最後まで確認し終えると、金森さんはひとつのウインドウを大型モニターに表示する。


「所長、水谷のツイッターアカウントで裏ワードが検出されました。やりとりの相手はまだわかっていませんが、おそらくだいともゆき氏かざいぜんまさのアカウントではないかとにらんでいます」

「ということは彼らのアカウントに直接関係は見いだせなかったわけですわね」


「はい。誰が裏アカウントを何個取得しているのかまではさすがにわかりませんから、見出だした情報を紐状に連ねて手繰るしかありません」

「わかりました。それでは金森さんは追跡をお願い致します。わたしくはつちおかさんに押収したスマートフォンとパソコンを借りられないか伺ってみますわね」

 懐からスマートフォンを取り出して自室へと歩いていった。


「金森さんでも裏アカウントのすべては把握できないんですか?」

 この人ほどのハッキング能力があれば、裏アカウントをすべて把握するのも可能なのではないか。そう思ったのだが、どうやらそういうものでもないらしい。

「もちろん端末に直接触れたら、それをハックしてすべての裏アカウントを見つけることもできなくはないんです。でも今は警視庁が水谷と五代朋行氏のスマートフォンとパソコンをすべて押収していますからね。こちらからでは手の打ちようがありません。所長がうまく借りてくれたら、状況は一気に変わるでしょうね」


 どんなハッキングにも限界はあるのだという。端末が直接触れないと、複数アカウントをすべて把握するのは困難らしい。

 しかし水谷さんがすでに五代朋行さん殺害を自供しているのだから、これから裏アカウントを調べてなんの意味があるのか。供述の裏どりくらいが関の山なのかな。でも、ないよりはあったほうが断然よいものなのだろう。


 するとカツカツと音を立てて玲香さんが戻ってきた。

つちおかさんから許可を得ました。じきに鑑識からこちらへ水谷さんと五代朋行氏のスマートフォンとパソコンをすべてお借りできるそうです。ただし、内容をいっさい変更したり削除したりしないことが条件です」

「それだと確認が難しくありませんか?」

 私の問いに金森さんが割って入る。

「いえ、スマートフォンにしろパソコンにしろ、外部ドライブとしてこちらのコンピュータと接続させれば、消去したり変更したりせずに中身を調べられますから」

 “外部ドライブ”というのがどういうものはわからないのだが、どうやら直接動かさずに中を調べる方法があるらしい。

「とりあえず水谷さんと五代朋行氏との接点を探すことが先方の条件です。鑑識では接点を見つけられなかったそうです」

 現物があってもわからなかったものが、金森さんのハッキングで見つけられるものだろうか。

 もしそれが可能なら、金森さんは警視庁の鑑識を超える能力を示せるわけだけど。そうなったら警視庁からスカウトされないのだろうか。

 というより、れいさんを警視庁で再雇用したり、アドバイザー契約をしたりなどできないのだろうか。

 土岡警部からも能力を認められているコンビである。このまま在野で活動するのは、日本の宝の持ち腐れになりはしないだろうか。


 そうこう考えていると、玄関セキュリティーから連絡が入った。どうやら警視庁から荷物が届いたようである。

 さっそく玲香さんが出迎えに行った。金森さんはコンピュータの前を整頓して物を置くスペースを確保している。そしてさまざまなケーブルが入った箱を取り出した。

「このケーブルは?」

 きんいちさんが興味を持ったようだ。

「こちらがパソコンの外部ドライブを外から確認するケーブルで、こちらが基盤を直接外部からチェックするためのケーブルです」

「そんなものが普通に売られているんですか?」

「前者は普通に売っています。後者のケーブルは自作です」

「ケーブルまで自作できるんですか!? 見かけ以上のやり手ですね!」

 確かにケーブルの自作はできる人も少ないんじゃないかな。


「あ、ケーブルの自作はそんなに難しくないんですよ。ただ、それを操るための半導体を作るのが難しいだけで」

「半導体、ですか?」

「簡単に言えば『このケーブルでこういう情報をやりとりしますよ』という命令が記憶されている部品があるんです。ここを変えれば、まったく同じケーブルをまったく異なる用途に使えるんです」

 すると入り口のセキュリティーが解除されたチャイムがして、台車に乗せられたダンボール箱を押した人たちが入ってきた。

 金森さんがそれを受け取ると、さっそく「水谷」と書かれた付箋の貼ってあるパソコンを取り出した。慣れた手付きでケースを外していく。むき出しになった内部のケーブルを外して、手製のケーブルを二本つないだ。

「それでは今から水谷の裏アカウントをすべて探し出します。この方法だと、けっこうあっけなく見つかるものなんですよ」

 金森さんはメインコンピュータのあるアプリケーションを立ち上げた。すると複数のウインドウが一気に開いていった。

「簡単なのはWebブラウザの履歴とクッキーをチェックする方法ですね。これでアクセス履歴がわかりますから、鑑識もこれはやっているはずです。でも後から履歴もクッキーも手動で消せますから、そうなったら鑑識では確認する術がありません」

 しかし大型モニターにはひとつずつウインドウが配置されていく。


「今表示されているのが水谷が持っていたアカウントです。このアカウント情報があればメインアカウント同様、SNSやメッセージアプリをハッキングして情報を引き出せます」

 そういうと、表示されているウインドウに付いている「検索」ボタンをクリックしていく。すぐに先ほど見たハッキング画面が表示され、ツイートやダイレクトメッセージが表示されていく。そこに先ほどの「裏ワード」をドラッグ・アンド・ドロップしていく。チェックが終わるとそれまでとは異なる画面が表示された。

「まずはこれですね。ツイッターの裏アカウントです。ダイレクトメッセージに単語が含まれていました。これです」

 大型モニターで他のアカウントのチェックを行ないつつ、最初の裏アカウントの情報を全画面表示する。


 “掃除”という言葉がヒットしているようだ。


「ここで言う“掃除してください”は、“殺してほしい”という意味です。送ってきた相手のアカウントを表示します」

 手慣れた操作で相手アカウントを表示する。

「これも誰かの裏アカウントのようですね。捨てメールアドレスで作られています」

「誰が開設した捨てアカウントか調べますね」

「そんなこともわかるんですか!?」


「インターネットにはIPアドレスがあります。複数を迂回させて元をたどれなくする手段もありますが、ここのメインコンピュータなら追跡可能です」

 少し時間がかかったが、結果となるIPアドレスが表示された。

「IPアドレスがわかっただけで、どのネットワークからのアクセスかは特定可能です。そして誰が使ったのかも」

 金森さんは絶対の自信を持っていた。




(次話が第五章の最終回です)

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