第38話 裏ワード

「いい線いっているって、どういうことですか、れいさん?」

 振り向いて声の主を探した。

「この時計、ロレックスの腕時計でしょう? かなもりさん、みずたにさんの近影を表示してください」

 水谷さんの最近撮れたら写真を見てみると。

「このように水谷さんはスマートウォッチをしているんです。つまり立ち食いそば屋は本人ではないのですわ」

「似せようと思ったら、普通腕時計も揃えませんか?」

「だとお思いですわよね。実はこのスマートウォッチ、最新機種ではないのです。三年前のモデルなので、揃えられなかったのでしょう」

「難易度高すぎですよ、玲香さん」

 ガジェットに詳しい“天才ハッカー”の金森さんでもわからないほどなのか。私程度の推理力では残念ながらお役に立てそうにはないな。


「まあ腕時計に気づいたのはよい判断でした。さんも金森さんも、目のつけどころがなかなかよろしくてよ」

「もちろんつちおか警部には」

「報告済みよ」

 胸の下で腕を組んでいる。何度も見たポーズってことは、これが標準なのだろうか。


「とりあえず追い込む材料はすべて揃っています。あとは土岡さんが順番を間違わなければ水谷は落ちるでしょう」

の容疑も完全に晴れるんですよね?」

 きんいちさんが不安そうに尋ねている。

「そうなりますわね。まあ欣一さんも浮気はほどほどにしてくださいね。そのせいで由真さんが犯罪に巻き込まれそうになったのですから」

「はい、もうしません。由真に寂しい思いをさせていたことにも気がつきましたので」

「欣一さん……」


 スマートフォンの呼び出し音が鳴った。

 れいさんがジャケットから取り出す。

「はい。土岡さんお疲れさまです。……はい、そうですか。わかりましたわ。それではまたのちほど。失礼致します」

 通話を終えると玲香さんは私たちを見た。


「水谷さんがだいともゆき氏殺害を認めました。詳しい供述についてはのちほどリンクされるはずです」


「それでは正美さんも無実なんですよね?」

 素直な疑問だったのだが、正美さんが水谷さんに指示を出していたとは、彼女の性格からして思えなかったからだ。

「それが……。殺害は認めたのですが、正美さんがかかわっていたかについては黙秘しているようですわ」

「でも調べればわかるんじゃないですか?」

「おそらく、ですが。五代朋行氏殺害は単独犯でも、殺す人物を財前さんが指定していたケースもあるのかもしれません」


「そういえば、水谷さんには五代さんを殺す動機がなかったんでしたよね? 当初は行きずりの犯行だと言われていたようですし」

「五代朋行氏を恨んでいる人物はいなかったようですので。警察も最初はその線を調べていたのですが、誰も浮上してこなかったと伺っております」

「でも正美さんには五代さんを殺す動機があったんですか?」

「それはまだ捜査中のようです。ですが、私たちの調べでも五代朋行氏と財前さんとのつながりは見つけられませんでした」

 その場にいる者は皆うなり声をあげた。


「やはり行きずりなんですかね? たとえば財前さんがたまたま目についた五代さんを殺そうと思っただけ、とか」

「それだと日本は危険極まりない国になってしまいますわね。治安が悪いにもほどがありますから」

「所長、警視庁の供述ファイルが新たにリンクされました。水谷の供述が読めます」

「まずはそれを読んでみましょう。殺害の動機に結びつけばよいのですが」

 右のこめかみを人差し指でコンコン叩いている。


「本当に行きずりの犯行だったとしたら、長期のちょうえきけい、場合によっては死刑もありうるのですけれども。ですから、なにかしら五代朋行氏との関係を匂わせるような話が聞けるかもしれませんね。理由があればじょうじょうしゃくりょうの余地も出てきますから」


 玲香さんはパソコンに近づいて、小さなモニターで水谷さんの供述調書を読み始めたようだ。

 ひととおり目を通し終えたのか、私たちのもとへやってきた。


「やはり水谷さんは行きずりの犯行だと言っていますね。時間通りに殺せるのなら誰でもよかった、とのことです」

「それでは、なぜ五代朋行氏は変装をしていたのでしょうか。そして行きずりの被害者として水谷はなぜ変装している人物に目をつけたのでしょうか」

 玲香さんはあまり納得がいかないのか、まだこめかみを叩いていた。


「もし水谷さんが由真さんを殺人犯に仕立てたかったのだとしたら、殺す相手はステータスが高ければ高いほどよかった、と考えることはできます。でも行きずりの犯行だったのだとすれば、五代朋行氏がイベント会社の経営者だったのは後からわかったことのはずですわ。狙わずにこの偶然を出せるものなのかどうか……」

 きんいちさんが尋ねてみる。

「もしかしたら、殺されたい人物をSNSかなにかで募集して、その中から身分の高い人を選んだ、というのは?」

「ありえない話ではないですね。金森さん、五代朋行氏のSNSやメッセージアプリなどで不審なやりとりがなかったかチェックしてみてください。なにがしか、共通する部分が見つかるかもしれません」


「五代朋行氏のアカウントをハックしました。まずツイッターからツイートとダイレクトメッセージを確認していきます」

 金森さんが行なっている作業は大型モニターにも映し出されていた。

 「裏ワード」と書かれたファイルをWebブラウザにドラッグ・アンド・ドロップすると、ウインドウが目まぐるしく動きだした。どうやらただのWebブラウザではないようだ。アクセスしているSNSをハッキングするための、特殊な代物なのだろう。

 鼻歌交じりの金森さんは、次々にSNSをハッキングしては痕跡を探している。私たちは目まぐるしく変わる画面を見続けている。


 画面が停止すると出てきたのは「NOT FOUND」つまり「見つかりませんでした」の文字列であった。

 次はフェイスブックである。これまたアカウントをハックすると同様に検索がスタートした。さらにLINEやインスタグラムやマイナーなものまでひととおり探してみたのだが、いずれも「NOT FOUND」である。


「玲香さん、おそらく五代朋行氏に自殺願望があったとは思えませんね。なにがしかのアクセスがあるかもとだいたい思いつくものはすべてチェックしてましたけど、なにひとつ引っかかりません」

「そのようね。おそらくメールに関しては警察のほうでチェックしているだろうけど、なにか見つかった痕跡もありませんし」

「となると、やっぱり水谷が、目についた人物であれば誰であっても殺そうとした行きずりの犯行の線が濃厚なのではないでしょうか」


「やはりそういうことになるのでしょうね。私のカンが鈍ったのかしら。念のため、水谷さんと財前さんの携帯電話も同様にチェックしてみてください」

「やり残しがないように、ですね」

 金森さんが念を押した。



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