第37話 糸口

かなもりさん、他のことも気づけるかもしれません。もう一度、入店から退店までを流してください」

 真剣にモニターで流れる映像を見つめるれいさんは、食い入るようだ。

「玲香さん、どんな入れ知恵をしたのかしら?」

「さあ、さっぱりわからん」

 きんいちさんとわけがわからない顔を見交わした。


「おそらくなんだけど」

 金森さんなりに推理を働かせたようだ。

「水谷にそばを食べさせるんだよ。そうすれば左利きでもそばは右手で食べるのか、確認できるから」

 なるほど。言われて得心した。

 最初から「右手で食べていたから別人だ!」よりも「食べさせて確認してから別人だ!」と指摘したほうが確実に追い込めるはずだ。さすがつちおか警部から“非合法の推理探偵”と称されるだけのことはある。


「金森さん、今のところをもう一度お願い致します」

 その言葉にすぐに反応して防犯カメラ映像を少し早戻しして再生する。私たちもその映像を見ることにした。


「解像度の関係でわかりづらいのですが、どうやらスマートフォンで電話を受けていますね。水谷さんのスマートフォンの通話履歴でもこの時間に着信があったはずです。もしかしたら水谷さんは替え玉とスマートフォンを交換していた可能性があります。そして自分のスマートフォンに電話し、替え玉が“水谷”だと店員に認識させたのではないでしょうか」

「たしか立ち食いそば屋の店員からの情報が新着に入っていたはずですが……これですね」


「……携帯で“水谷”と名乗った直後に、そばの汁が白いシャツについた、とありますわね。明らかに作為的ですわ」

「水谷の通話記録を逆手にとって、替え玉を見つけましょう。金森さん、この電話番号の持ち主を探してください」

 新たなウインドウを開いて、そこにキーボードで電話番号を入力していく。このパソコンで電話番号の持ち主がわかるとは。これもハッキング能力の高さ故なのだろうか。


「わかりました。財前正美の携帯電話です」


「正美さんの!?」

 思わず驚いてしまった。

「ということは、財前正美もグルってことじゃ」

 欣一さんが口を滑らす。正美さんの携帯電話から偽者に連絡があったのなら、その携帯電話を水谷に貸した可能性もある。


「いえ、あらかじめ時間を取り交わしておいて、財前さんに電話をかけさせることはできるはずです。財前さんが進んで協力したと断定するのは早いですわね」

「財前さんの通話履歴をもう一度見せてください。ありがとうございます。……水谷さんにかける直前、非通知で着信がありますわね」

「本当だ。非通知になっていますね」

 これでは誰から電話が来たのかわからない。

「もしかしたら犯人がかけて、水谷さんのスマートフォンに折り返させた、とか?」


「まず水谷のスマートフォンがどこにあったのか。場所を追跡しましょう。金森さん、通知した基地局をチェックしてください。あと非通知の電話番号も開示してください」

「わかりました。……水谷のスマートフォンは間違いなく立ち食いそば屋の圏内にありますね。財前のスマートフォンはテニスクラブですね。非通知の電話番号は……水谷の契約になっていますね。サブのスマートフォンかもしれません、場所は……山梨県野辺山駅周辺です」


「これでつながったわね。まず水谷さんは予備のスマートフォンで財前さんのスマートフォンに非通知で連絡を入れて話を終わらせるか切れるかする。そして財前さんに水谷のメインのスマートフォンへ連絡させて偽者が“水谷さん”として出る。当然偽者だから会話はすぐに終わって、偽者がたぬきそばの汁をシャツにまかして立ち食いそば屋に名前を憶えさせる。こうやって水谷はアリバイを作ったわけね」

「携帯の通話記録を解析するだけでそこまでわかるんですね」

 玲香の推理力に感嘆した。


「水谷さんを追い込む材料になりますわ。さっそく土岡さんに連絡してきます」

 そう言うと玲香さんは再び自室のある部屋へ向かって歩いていく。


「水谷と財前の接点が見つかりましたね。おそらく財前は水谷からの非通知の電話をとって、折り返しで彼女が知っているメインのスマートフォンに電話した。なのに別の声で水谷として出られた。間違い電話でした、で通話はそこで終わり。財前が水谷に指示を出していたという状況にはなりかねませんからね」

「そもそも水谷さんが正美さんのために私のアリバイ工作を利用しようとしたのですから、正美さんに疑いがかかるようなことをするとは思えないのですが」

「いえ、正美さんに疑いが向くことで、かえってさんの仕業という印象を強めたかったのかもしれません」

 金森さんの言わんとしていることもわからないではない。


 一見関係のない正美さんに嫌疑がかかれば、彼女を追い落とそうとしている者の仕業に見せられるはずだ。それが水谷さんそもそもの構想であれば、私は今頃容疑者として取り調べを受けていただろう。土岡警部が玲香さんを紹介してくれたから、今は容疑から外れられたと言ってよい。

 私も玲香さん頼りではなく、自分でも偽水谷の手がかりを探してみることにした。


「金森さん、もう一度頭から再生してください。私もなにかお役に立ちたいです」

「これで気づけたらたいしたものですよ。僕も先ほどからチェックしていますけど、所長が先に気づきますからね。言われて“確かに”ってなりますので」

「捜査って難しいんですね。素人では気づけないものも“推理探偵”なら気づけるってことなのかな」

「所長って元々洞察力が図抜けていましたからね。テレビの間違い探し番組で間違いを一回ですべて見抜くくらいですから」

「私は観ていてもまったくわからないから、皆すごいなっていつも感心しているだけです」


 偽水谷の入店から退店までの映像を眺めている。

 やはりふらっと入店して、自動券売機でたぬきそばを選択、出てきたものを食べているときにスマートフォンに出て、それから汁がシャツにかぶっている。それほど気にすることもなく食べ終えて退店していく流れだ。

 これのどこに不自然な点があるのだろうか。玲香さんはよくいくつも見つられたなあ。


「今、コロナ禍でもありますからマスクをつけているのが当たり前になっていますよね。だから入店時と退店時にマスクを付けているのはわかるんですけど、食べているときも付けたり外したり忙しいですよね、この人。顔を見せたくないかのようです」

「確かにそばをすすってはマスクをかけていますね」

 これも顔を憶えさせないための仕掛けなのだろうか。


「マスクを外す手が左手で、そばを食べているのが右手。両利きでないかぎり食べている方が利き手なんですよね?」

「そうなりますね」

「で、左手を見ると腕時計をしているんです。普通、利き手じゃないほうの腕にしませんか?」

「ああ、なるほど。確かにこの人左手に腕時計をしていますね。でも腕時計は左手につけるように設計されているものがほとんどだから、左手につけているのはそのためかなと思います」

「金森さん、由真さんもいい線いっていますわね」

 いつの間にか戻ってきた玲香さんに背後から指摘された。



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