第35話 移送
「
肝心の玲香さんは金森さんになにやら指示している。先ほど金森さんが複製したネガを元に、スキャンした写真からさらなる証拠を探し出そうというのだ。
特殊なフィルターをかけた写真から、なにやら紫色に光るものが映し出された。珍しそうに覗き込む私に気づいたようだ。
「これは油脂を浮かび上がらせるフィルターなの。汗とか垢とか指紋とか。そういったものが見えるのよ」
そんな凄いアイテムがこの世に存在していたなんて思いもしなかった。まるでSFの世界である。
「
「やはり水谷さんひとりの犯行なのでしょうか?」
「これだけだとまだなんとも言えませんわね。金森さん、
金森さんは画像解析の傍ら、大型モニターに正美さんの写真と当日の立ち寄り先がリストアップされている。これは土岡警部の置き土産なのだろうか。
「監視カメラ・防犯カメラをAIで調べて立ち寄り先を探させたのよ。証拠はAIで探す時代になったってことですわね」
聞き込みでアリバイを探す時代ではなくなったのだろうか。
確かに偽証や黙秘など聞き込みでは偏向された情報に左右される面がある。もちろん本人からの供述であれば偽証罪にも問いやすいが、もし犯人ならバレないかぎりの嘘はつくだろう。
「水谷さんの行動履歴を表示してください。これまでの水谷さんの足取りをチェックします」
正美さんのウインドウの隣に、水谷さんのウインドウが開かれる。玲香さんは左右を比較しながら、接点を見出そうとしているようだ。
「やはり表向き接点はありません。となれば電話で連絡をとった可能性をチェックしたいですね。金森さん、ふたりの通話履歴を比較してください」
行動履歴のウインドウが閉じて、ふたりのスマートフォンの通話履歴が表示される。
近日中はどちらも数が少ない。やはりスマートフォンの時代では通話よりメッセージアプリやSNSでのやりとりがメインなのだろう。
「やはり通話もしていないようね。ツイッターとフェイスブックとLINEのチェックをお願いします」
ふたりの通話履歴のウインドウが消え、まずツイッターアカウントを双方ハッキングして照らし合わせていく。次にフェイスブック、LINEと流れていった。
「どうやら著名なSNSやメッセージアプリも使用していないようですね。それではどのようにして水谷さんは財前さんと連絡をとっていたのでしょうか。まさか手紙とか小包とか?」
金森さんの言葉を聞いて素朴な疑問を抱いた。
水谷さんはそもそも正美さんと連絡をとっていなかったのではないか。
あくまでも日常での彼女を見ていて変化に気づいたのではないか。
次に火野さんを監視していたら私と接触していたのがわかった。それが正美さんの立場を悪くしたと判断する。
そして私がアリバイ工作をして火野さんと会っているのを確認した。
それを利用して、私に罪を着せるべくアリバイの日に五代朋行氏を殺害した。
そう考えると、水谷さんと正美さんとの間にやりとりがなくても犯行の経緯は説明できるのではないだろうか。
それを玲香さんに伝えてみた。
「確かにその線もありえますわね。水谷さんが実は正美さんを好きで、大学時代の友人である
「所長、それだと水谷は正美と付き合えばよかったんじゃないですか?」
金森さんの指摘はもっともだ。正美さんが好きだったのなら、これ幸いと水谷は近づけたはずなのである。
「世の中には、自己犠牲に陶酔するタイプの人がいるのですわ。自分は幸せにならなくていいから、相手の幸せのために尽くそうとする。そんな人がね」
「彼はそのタイプなのでしょうか?」
「おそらくは。そうでなければ
「自分の幸せより、正美さんの幸せを最優先した、というわけですね」
「そうなりますわね。水谷さんは財前さんとやりとりがなかったわけですから。おそらく自分が殺したとバレてもよかったのだと思います。それで財前さんが幸せになるのであれば」
それはずいぶんと悲壮感漂う恋愛感情ではなかろうか。私が火野さんと別れるきっかけとなるのであれば、自分が殺人で逮捕されてもかまわなかった。
できるのなら私に罪を着せるつもりでいたようだけど。
思い描いていた絵がどのようなものだったのか。それを知る
「もし水谷さんが犯行を突っぱねたらどうなりますか?」
「その場合は水谷さんと由真さんを、どちらかが口を割るまで尋問するかもしれませんね。警察はそういうやり方が好きですので。それも水谷さんの思うつぼなんですけど……」
「思うつぼとは?」
欣一さんは少し呆れぎみだ。
「事情聴取が長引けば長引くほど、火野さんは由真さんから離れていきます。そうしている間に財前さんが復縁に成功すればよいのです。そのための時間をたっぷり稼ぐのが、今の彼の狙いでしょう。彼のお膳立てを財前さんが活かせれば、の話ですが」
玲香さんは冷静に状況を分析していた。
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