第34話 追跡

 みずたにこうさんを追うれいさんとかなもりさん、そして実際に動いている警察。


 できるだけ遠くへ逃げようとしているであろう水谷さんは、本当に東名高速を目指して圏央道に入るのだろうか。

 まあ推理に関して私は門外漢だ。ここにいる人たちの活躍を見守るほかない。


「問題は最短距離で圏央道に乗るのか、市街地でこちらを撒きながらギリギリまで乗るのをちゅうちょするのか、ですな」

 つちおか警部は端的な疑問を抱いていた。

「水谷がだいともゆき氏を殺害した動機が、大学時代からの親友である財前正美のため、でした。そこから考えるに、激しやすい傾向があるようです。言い換えると“短気”ですわね」

「であれば、最短距離で圏央道に乗る可能性が高い、か」


「いえ、すぐに圏央道に乗ってしまうと、かえって逃げ場を失います。東名高速を使う手のうちもバラしてしまいかねません。追跡している車両がいるかどうか確認し、誰も追いついていないのを確認してから乗るでしょう。それまでは下道を使うはずです」

「それでは三鷹市から圏央道までの間に警察車両を配備します。そして圏央道へと自然に誘い込む。入るタイミングさえつかめれば挟み撃ちも容易になりますからな」

 土岡警部は捜査本部へ以上の点を連絡していく。

「緊急配備が間に合えば理想的な挟撃が実現しますが、はたしてどうなるものか」

 通話を終えた警部が大きなモニターを眺めている。


「水谷のスマートフォンをハックしました。位置情報が表示できます」

「すぐにお願いします」

 玲香さんの回答に金森さんはすぐさまウインドウを拡大した。

「これは、調布市内ね。付近に大学がありますわね」

「大学近くの喫茶店にある防犯カメラで当該車両確認。映します」

 かなり小さな車体だが、これだけで判別できるのだろうか。水谷はこちらが画像認証AIを駆使しているとは夢にも思わないだろう。だからこそ、その性能を思い知らされることになるはずだ。


「やはり警察を撒こうとしているようね。逆にこちらは大助かりなのですけどね」

「監視カメラの多いところを走ってくれますからな」

 スマートフォンの位置情報を示した地図を俯瞰で見ている。

「このまま南下して多摩川を渡って神奈川県へ入れば、警視庁からは逃げられますが」

「それで警察が諦めると思っているのだろうか……」

 欣一さんがポツリとつぶやいた。


「すでに神奈川県警へ応援要請は出してあります。下道にも配備を要請しますかな?」

「いえ、おそらく都内で圏央道に乗るはずです。一度乗ってしまえば、そう簡単に追いつけないと計算しているかと。そのためにも南下はいったん終えて、ここから西の府中市へ向かう可能性が高いでしょう。そうして警察に追尾されていないことを確認する──」

「では甲州街道に入りますかな?」

「おそらくは。高尾山まで後ろを気にしながら下道で向かうはずです。そこまで行けば水谷はこちらを撒けたと思うはずです。そして車線の多い道路にいたほうがもしものときに逃げやすいですからね」


 確かに。片側一車線とか一方通行の道に入ってしまえば、囲まれたときの逃げ場がない。吉祥寺にいた人物が短時間で調布市そして府中市へと逃げていくなど警察でも及びもつかないはず。水谷さんがそう考えていてもおかしくはない。

 抜群の追跡力を持つ“天才ハッカー”と、“女ホームズ”とも呼べるほどの切れ者美女が追い込みをかけているとは知るよしもない。


「水谷は甲州街道から圏央道へとアクセスする可能性が高い。各員、合流地点もしくは甲州街道へ向かえ。ただしサイレンは鳴らさずに、な」

 せっかく追い込んでいるのに、サイレンを鳴らして水谷に気づかれたら元も子もない。逃げ場を失うまではこちらの動きを気取られないよう細心の注意が必要だ。私も欣一さんも水谷に聞こえるはずもないのについ押し黙ってしまう。

 スマートフォンの着信音が鳴る。


「土岡だ。当該車両を発見した? よし、そのまま後についていけ。国道でカーチェイスを繰り広げるわけにもいかんからな。他の車輌も甲州街道、圏央道の近いほうに集まるように」

 ここからが見せ場になるのだが。

「追跡車両のドライブレコーダー映像入ります」

 金森さんの声とともに大型モニターに映し出された。

「車種確認とナンバー照合。間違いなく水谷の車です」

「この距離ならまずバレまい。仕上げをろうじろってところですな」

 警部のスマートフォンからさらなる情報が入ってくる。

「甲州街道にいる三台が当該車両を確認。圏央道入り口に二台待機しているんだな。ご苦労。そのまま追い込んでいけ。重ねて言うが、国道でカーチェイスなど許さんからな」




 一時間は経過しただろうか。このままうまくいけば穏便に水谷を確保できる。いくら包丁を持っていようとも、圏央道を封鎖した警察車両の数を見れば諦めざるをえないだろう。

 状況は警察の有利に進んでいる。

「当該車両、圏央道のトンネルに入りました」

 金森さんが位置情報を確認した。

「よし、総員、水谷の身柄を確保せよ! 繰り返す。水谷の身柄を確保せよ!」


 大トンネル内でドライブレコーダーの映像を撮っていた覆面パトカーが回転灯を焚きながらサイレンを鳴らして追いかけ、水谷のeKクロスがスピードを上げて振り切ろうとしている。

 その後方からさらに四台の覆面パトカーが現れて、圏央道の車線を封鎖していく。これで後方へは逃げられない。水谷はスピードを上げて振り切ろうとするが、程なくして急ブレーキを踏んでその場に停まった。

 大トンネルの出口で神奈川県警の警察車両が回転灯にサイレンを鳴らし、車線を封鎖して待ち構えていたからである。


 警視庁の刑事二名が水谷の車に近寄り、ドアを開けるよう促した。もはや観念したのか、水谷は抵抗することなくふたりの刑事に捕縛された。

 一般人に被害を出さない、実にスマートな逮捕劇だった。

「警部、お見事です」

 玲香さんの賛辞に土岡警部は気を引き締める。

「いえ、捕まえたのは部下の力量です。水谷から供述を引き出すのが私の役割ですからな。彼らが本庁へ戻ってくる前に、現場の証拠を揃えなければなりませんな。金森くん、ここからは現場写真の解析を最優先してくれ」

「わかりました。水谷に結びつく情報を可能なかぎり収集します」


 警部から預かったネガのスキャンデータから、金森さんはマウスとキーボードを巧みに操りながら、さまざまな方法で解析していく。

 私の指紋が付いたコンビニエンスストアのレシートと空いたコーヒー缶の画像データに特殊なフィルターをかけると、指紋が浮かび上がった。私の指紋を採取して照合すると一致した。他にもうひとりの指紋があるが、おそらくしょうさんのものだろう。

 しかし玲香さんは指紋が薄れている部分に注目した。


「この部分、指紋が薄くなっておりますね。おそらく犯人が手袋をしてゴミ箱から持っていったのでしょう。由真さんにしてもかんしょうさんにしても、指紋が付くのは百も承知ですから、あえて手袋をする意味がありません。手袋の素材はわかりそうですか?」

「そうですね。これは鹿皮だと思います。けっこう高価なものではないでしょうか」

「水谷の周辺に聞き込んで、鹿皮の手袋を所有しているか確認してみますかな。そして今、その手袋がどこにあるのか。徹底的に家探ししますよ」

 そう言う警部の顔は頼もしかった。



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