第28話 絞られる容疑者

 れいさんはパソコンの大型モニターをまじまじと眺めながら、なにやら考えごとをし、あることに気づいたようだ。

かなもりさん。第一発見者のただひとさんの警察資料を拡大してくれないかしら」

 黙々とマウスを操作していく。


「ありがとうございます。……やはり変ですわね」

「変、ですか?」

 その言葉に皆がモニターを注視する。

「ええ、第一発見者の比嘉さんは用を足しに斜面に下りていって遺体を見つけたとおっしゃっていましたよね」

「そう言ってましたね。でもそれが変なことなんですか?」

 きんいちさんが尋ねた。


「山梨県警の調書が新しくリンクされたのでチェックしたのですが、比嘉唯人さんの後ろを歩いていた人物の聴取だと、彼が斜面を下っていったので注意して見ていたら、程なくして『死体だ!』と声がしたとなっております」

「つまり、比嘉さんは実際には用を足しに行ったんじゃない? でも証拠は確認したんですよね?」

「ものが出てきただけで、誰のものかは調べていませんからね。第一汚いですし、こんな場所で用を足そうとする人は少ないでしょうし。だから詳しく調べようと考えもしなかったのでしょう」

 そういうことか。それがいつ誰がしたかもわからないものであるのなら、第一発見者は二度その場所へ行ったことになる。


「ということは、比嘉さんは前もってあの場所で用を足していた。そして時間を見てからもう一度そこへ行った……。でも最初に行ったとき、すでに遺体がなければいけませんよね?」


「そうなのですわ。だいともゆき氏は発見時すでに死後数時間は経っていたようですから。最初に行ったときにはすでに遺体を発見していないとつじつまが合いませんわね」

「もしくは最初に行ったときと、二回目に行ったときの間に、誰かが遺体を運び込んだのか」

「そうとも考えられますが、平日とはいえのべつ幕なしで人が行き来していたはずです。何者にも見つからずに現場まで遺体を運べるとは考えづらいですわね」

 ということは死体を遺棄したのは比嘉唯人さんで、それを発見したのも彼ということになると思うのだけど……。


「であれば、未明か早朝には五代朋行氏をあの場所に誘い込んで、殺害後に用を足した。そしてなに食わぬ顔をして入り口まで戻り、人々が見ている中で登山を開始した。そして下山中にわざわざ遺棄現場まで戻って、すぐに声をあげた……」


「現状ではそれが最も確度の高い推理になります。ともあれ、比嘉さんからはもう一度詳しく話を伺ったほうがよさそうですわね。じきにつちおかさんも到着しますので、少々お待ちくださいね」

 そう言うと玲香さんはスマートフォンを取り出した。どうやら地図アプリを見ているらしい。

「もうビルには到着していますわね。出迎えて参りますわ」

 スマートフォンを懐にしまうと、玲香さんはセキュリティーを解除してドアの外へ出ていった。

「スマートフォンで相手の位置がわかるんですか。そういえばそんなアプリがありましたね。GPSの位置を共有するやつ。犯罪に使われるというので使用には注意が必要なんだとか」

 欣一さんは金森さんに問いかけた。

「土岡警部に着けてもらっている時計をうちでトレースしているんですよ。所長と頻繁にやりとりするから、双方居場所を把握していたほうが好都合らしいので」


 たしか玲香さんは“非合法の推理探偵”という肩書きだったはず。確かに土岡警部はそう言っていた。警察はそんな人と捜査協力しているのだろうか。それとも警部の独断なのかな?

 さほど時間を経ずして、セキュリティーが解除された音が鳴り、入り口が開いて玲香さんが土岡警部を招き入れた。

「ああ、かざさんご夫妻はこちらでしたか。うちの者がご自宅へ伺ったのですが、留守だったそうで、もしや犯人に捕まったのかと」

「おふたりは犯人のターゲットになりやすいと思いまして。誘拐されてもスマートフォンは犯人もGPSを警戒しやすいので、ブレスレットと時計をそれぞれに渡していたところです」

「これはとても便利ですな。誰もGPSが内蔵されているとは思わない」

 警部はいたく気に入っているようだ。

「で、地井さん。さっそく話があるとか?」


「はい、第一発見者の比嘉唯人さんからもう一度話を聞きたいのですが」

「比嘉ですか。まあなにか隠していそうな素振りを見せていましたからな」

 さすが本庁の警部だ。彼の話からなにか感じたものがあるらしい。

「おそらくですが、彼は未明か早朝に山中で用を足したとき、すでに遺体を発見していたと考えられますわ。なぜ二度も現場に行かなければならなかったのでしょうか。そこから新しい事実が必ずつかめます」

「さすが地井さんだ。ということはすでに犯人が誰か、検討がついているんですよね」


「比嘉さんの供述次第なのですが、おそらくざいぜんまささんの友人であるみずたにこうさんが第一容疑者と見ています」

「水谷航基、ですか? われわれはそんな人物などマークしておりませんが」

「簡単な推理です。さんを罠にはめようとする人物は誰か。不倫をしていて離婚したいと思っているかもしれない夫の欣一さん。自らも離婚して欣一さんを略奪したいゆうさん。愛する火野コーチを取り返したい財前正美さん。警察もこの三名はチェックしていますよね」


「そのとおりです。ただ、欣一さんと木根佑子については双方がアリバイを証明し合うことになるので、怪しく見えますな」

「ですが、おふたりがご利用していたフランス料理店でアリバイが確認されているはずです。このふたりは外してよいでしょう」

「となれば財前正美か……」

「財前さん本人はおそらく関係ないかと。金森さんが彼女の動向を監視カメラシステムにハッキングしてチェックしたところ、犯行時刻のアリバイは確認致しましたので」

「それで財前正美の友人である水谷航基が怪しい、と」

 玲香さんはホワイトボードに向かって私たちを含む名前を書いていく。


「今回の五代朋行氏殺害で最も利益を得るのは誰かを考えましょう。今回、容疑者として考えられるのは、風見由真さん、風見欣一さん、木根佑子さん、たけあきさん、財前正美さん、水谷航基さん、かんしょうさん、そして比嘉唯人さんの八名です」

「それに異論はないですな」


 私を含めて八名。この中にイベント会社経営者の五代朋行さんを殺害した犯人がいる。



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