第27話 もしものときは

 モニターに浮かぶ写真の人物に心当たりがなかった。きんいちさんも同様なのだろう。すぐに見飽きたように私の顔を見ている。


「この人は誰なんでしょうか?」


 れいさんに聞いてみる。裏をとるまでは推理の段階だから話せない、とは思うのだが。


「そうですね。さんにはあらかじめ教えておいたほうがよろしいでしょう。この男が今回の殺人事件の犯人。わたくしはそうにらんでおります」

「この人が……」

「名前はみずたにこうたけあきさんの友人であり、ざいぜんまささんとも親交があります。こちらの調査によると、水谷は財前さんに好意を寄せており、火野さんを由真さんに奪われた財前さんの相談相手にもなっていたようですわね」


 今まで人の恨みを買った覚えはなかったのだが、正美さんから火野さんを奪っていたことに思いが至らなかった。

 確かに正美さんから「泥棒猫」呼ばわりされたこともある。でも一夜を過ごしたわけでもなく、単に食事をして相談に乗ってもらっただけだ。

 火野さんがきちんと正美さんに話せば誤解など生じないはずである。


「つまり正美さんの様子を見た水谷さんという方が、私へ罪を着せるために人を殺した、というわけですか?」

「その可能性が高いと見ています。由真さんはこの顔をよく憶えておいてください。おそらく近日中に接触されるはずですから」


「接触、ですか? もしかして私を殺そうとして襲ってくるのでしょうか?」

 その可能性に気づくと途端に脚が震えてきた。

「すぐに殺されることはないでしょう。由真さんにだいともゆき氏殺害の疑いを向けさせなければなりませんからね。ですが、誘拐されて脅される可能性がないとは言えません。顔を知っていれば安易に誘いには乗らないと思いますので」


「この人にはついていかないように、ということですね」

「それもありますが、おそらく火野さんか財前さんのいずれかのそばであなたを見張る水谷が目撃できるかもしれません。その場合はこれを押していただければ、私どもを通じて警察へ緊急通報が届くようになっております」

 デスクの鍵付きの引き出しから、玲香さんはブレスレットを取り出した。


「ちょっと待っていてくださいね。かなもりさん、警察への通報を一時解除してください」

 金森さんは黙々とパソコンへ向かい、ウインドウのひとつを操作した。

「これでだいじょうぶです」

 玲香さんはブレスレットを私の目の高さまで持ち上げた。

「このように、中ほどに軽く傾斜が付いております。これが押し込めるようになっているのです。まずはこれをご着用ください」

 私はおずおずとブレスレットに手を通した。内側にはシリコンが貼ってあり、手首にフィットするものの痛みはまったく感じない。


「ではブレスレットの中ほどを三秒ほど押し込んでください」

 押さえて三秒数えてみる。


 ブーブーブー、ブーブーブー、ブーブーブー。


「このように、このパソコンへ通報が入ります。このブレスレットにはGPSも付いていて、どこで押されたかも記録されます。もしどこかへ連れ去られそうになったら、要所要所で三秒押し込めばパソコンの地図上に記録されますので、いくらでも追跡が可能です。もし意識を奪われたとしても、気づいたときに三秒押し込めば所在もすぐに把握できます。これを身に着けていれば、誘拐の心配をかなり軽減できるでしょう」

「はあ……」

 玲香さんはあまり腑に落ちない私に続けて言った。

「先ほど金森さんに連携を切らせましたが、本来はこのパソコンを経由してつちおかさんのスマートフォンへ通報するシステムになっています。ですので、私が行けなくても土岡さんとその部下の方々があなたを保護するために動きます。ご安心いただけるとよいのですが」


 かなりのハイテクが使われているようだが、どういう原理なのか詳しくは知らないほうがよいだろう。私の頭では到底理解できないはずだ。


「わかりました。ちなみにこれは防水でしょうか。お風呂に入っているときは外してだいじょうぶなのでしょうか」

 金森さんが口を挟んだ。

「これは生活防水の設計にしてあります。食器洗いや洗濯、お風呂に入ったりプールで泳いだりするぶんにはまったく問題ありません。十メートル以上潜るなど、特殊な状況には対応していませんが。ですのでお風呂で体を洗うときには外してもよいですし、付けたままでも問題はありません。充電は一週間もちますので、今週末にでも一度来てもらって再充電しましょう」

 どうやらハイテクの知識は玲香さんより金森さんのほうが詳しいようだ。

 もしかするとこの手のガジェットを作るのも金森さんの役割なのかもしれない。


「もしかして金森さんのお手製ですか?」

「そうですけど、技術自体は基本的なよくあるものの組み合わせなんです。モバイル通信網、GPS、電子コンパス、バッテリーなどは既存の技術を応用したにすぎません」

 それを装飾品としても美しいブレスレット型に仕上げたセンスはたいしたものだ。さすが警察が一目置く玲香さんの右腕として働いているだけのことはある。


「ちなみに基本的に寝るときにも着けたければ、体温が感じられなくなった1分後に緊急通報が入るようにも設定できます。仮にブレスレットを奪われても、緊急通報が入ってGPSで位置を特定できますので、金目のものを狙われた場合を想定して外されたときの対策をしておくのをオススメします」

「それではその設定でお願いいたします。基本的に着けっぱなしにすればいいんですよね」

「それだけで奥様の安全は保証できると思いますよ」 

 物珍しそうに欣一さんがブレスレットに見入っている。


「ご主人もなにかアイテムをお貸ししましょうか。腕時計型携帯電話とか」

「それはスマートウォッチみたいなものですか?」

「あれほど面倒くさいものではありません。こちらも三秒文字盤を押すと、登録された緊急連絡先とつながってこちらの音声を伝えられます。スピーカーがないため完全にこちらから送るだけになるのですが。ちなみにGPSも付いていますので、奥様にお貸ししたブレスレットのようなものになります。もちろんネットにつながった時計としても使えるので、日本にいて時間が狂うこともありません」


「なかなかいいデザインですね。ロレックスとかフランク・ミュラーとか言われても納得してしまいそうだ。スマートウォッチが使えなくなるけど、ちょっと着けてみようかな」


 男性ってやっぱりこういう秘密道具が好きなんだろうなあ。



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