第26話 三人目の容疑者

 きんいちさんがかなもりさんに尋ねた。


「えっと、おそらくですけどの関係者に当たるざいぜんまささんと、俺の関係者であるゆうは入っていますよね。残るひとりは誰なんですか?」

「それはですね──」

「金森さん、私の活動記録の内容をペラペラしゃべらないでくださいね」

 いつの間にか、れいさんが金森さんの背後に立っていた。タイトスーツはディープブルーに変わっている。


「あ、所長。所長が応対していたら、僕だってしゃべるつもりはありませんでしたよ。外から帰るとすぐにシャワーを浴びにいくんですから。せっかくのお客様を待たせるなんて」

ひんきゃくに汗みどろな姿は見せられませんからね。金森さんは写真の解析をお願い致します。おそらくですが、最後に撮影した駐車場の中に、犯人の車が写っているはずですから。とくに東京都のナンバーの車が怪しいので重点的に調べてください」


「えっ?」

 欣一さんとともに絶句してしまった。帰り際に駐車場を撮影していたのは、犯人が来ていたからなの?


「犯人は現場からなにか手がかりを見つけられたら困るはずです。ですから現場からはなかなか離れられません。おそらくですが、今回のだいともゆき氏殺害は素人の犯行です。プロなら現場を何度も訪れませんから。数ある殺害依頼のひとつをこなしただけ。プロは現場に頓着しないのですわ」


「で、重要な容疑者三名というのは、どなたですか? 財前正美さんと木根佑子の他のひとりとは?」

「あまり先を急がないでくださいね。まだ仮定の話ですので」

「できれば教えていただきたいのですが。私の身近にいる人でしょうか。たとえばコーチとか?」


「火野たけあきさんは犯人ではありません。由真さんのアリバイが証明されたということは、逆に言えば火野さんのアリバイも成立しているということなのですからね。おふたりでお食事をしていたのでしょう?」

「それはそうなのですが、たとえば協力者がいる、という場合もありえますよね?」

「その場合はプロが関与しているはずです。彼にはそれだけの資金がありますから。しかし今回はプロの犯行ではありません」


「なぜプロの仕業じゃないとわかるんですか? 遺棄現場は山道からは見えない位置にありましたよね。そのまま朽ち果てるまで誰にも遺体は見つからなかった可能性もあるのではないですか?」


「姿は見えなくても臭いは漂いますよね。死臭ってとても鼻につくんです。四十メートルほど離れていても、人間の死臭には気づく人が必ず出てきますわ」

「それって経験則ですか?」

「経験もありますが、動物は自分と同類の死臭には敏感に出来ているんです。自分が死ぬかもしれない、と本能が教えてくれるのです」

「本能、ですか……」


 玲香さんって、意外と修羅場を経験してきた、筋金入りの探偵なのではないだろうか。そうでなければここまで死体に詳しい理由が見つからないのだけど。


「第一発見者のただひとさんでもないですよね。彼、用を足しに行ったと言って、その場所で痕跡を発見したそうですから」

「彼も違いますね。偶然発見してしまっただけです。運が悪かったのですね。いや、五代さんにとっては運が良かったのですわね。少なくとも腐敗していなかったため、身元がすぐにわかりましたから。無縁仏とならずに済みました」

 欣一さんとともに頭をひねってみたが、それらしい人物が思い浮かばない。


「まあ初めて推理される方には難しいですわね。とりあえず今は、“ある人の関係者”とだけお伝えしておきますわ」

「“ある人の関係者”……」

 それだけ匂わされてもまったく思い浮かばなかった。

「ですが、その人が私を犯人に仕立てようとしたんですよね。であれば、私を殺しに来ないでしょうか?」

「犯人もそこまで危ない橋は渡らないとは存じますが、気になるようでしたらつちおかさんにお願いして護衛をつけていただきますけど。うまくしたら下手を打った犯人が捕まるかもしれませんし」

「そうですね。それでしたら護衛をお願いしたいのですが」

「承りましたわ。それでは土岡さんにお願い致しますね。少々お待ちくださいませ」

 玲香さんはスマートフォンを取り出した。


「あ、土岡さん、玲香です。護衛をひとりお借りしたいのですが……。いえ、私ではなくかざ由真さんなのですが……。真犯人が由真さんに罪を着せようとしていたのですから、彼女に偽りの証拠を持たせて殺害する可能性がないとは申せません。事件自体は数日以内に解決させますので、それまでの短い間でかまわないのですが……。はい、かしこまりしまた。それではお願い致します。はい、一名でかまいません。それではその方を連れて事務所までいらしてくださいませ」

 通話が終わると、スマートフォンを懐にしまっている。


「護衛を一名確保致しました。由真さんだけ気をつければよいので事足りるはずですわ」

「ありがとうございます。護衛の費用はいかほどですか?」

「警察ですからもちろん無料ですわ。元々警察のお給料は税金から出ているのですから、納税者の特権とでも思ってくださいませ」

「は、はあ」


「所長、ちょっといいですか?」

 コンピュータに向かっていた金森さんが声をかけてきた。玲香さんが近寄っていく。

「この日産・スカイラインなんですけど、偽造ナンバーなんです。おそらく盗難車でしょう。東京都のナンバーを付けているのは四台ありましたが、どれも五代朋行氏と結びつく人物ではありませんでした」

 私と欣一さんも大型モニターを眺めた。


「いちおう運転免許証のデータベースにアクセスしましたが、木根佑子は運転免許証を持っていませんから、このスカイラインを運転するのは無理かもしれません。もちろん免許証がなくても運転ができる人はいるとは思いますが」

「もし木根佑子さんがあのとき現場を伺っていたら、欣一さんが気づかないはずもありません。おそらく別人でしょう」

「財前正美は運転免許証を所持していますが、車両登録は左ハンドルのアルファロメオですね。右ハンドルも運転できなくはないでしょうけど、とっさの判断で迷う可能性もありますし」

「彼女はテニスに通うくらいですから、それなりに運動神経もよいはずです。安易に容疑から外せませんわ」

「あとですね。例の三人目なのですが、車両登録はこの写真と同じスカイラインなんです。もちろんこの盗難車も実は当人のもので、偽造ナンバーを付けただけかもしれません」

「やはりですか。すぐに土岡さんがここへやってきますから、そのとき裏をとってもらいましょう」


「三人目って、具体的にどなたなのでしょうか?」

「まだ推理の段階ですから、申し上げられませんわね。土岡さんにも、あくまで当日の行動を把握してもらいたいだけですので。おそらく警察はまだ当たりをつけていかなったはずですので、裏もとっていない可能性が高いのです」


 モニターには馴染みのない顔写真が映し出されていた。



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