第四章 絞られた容疑者

第25話 地井探偵事務所

 私たちは東京へ戻り、れいさんの探偵事務所に案内された。都心に構えた事務所は高層ビルの七階にあるという。


 正面入口の前で真っ赤なポルシェ・タイカンを降りた私ときんいちさんは、車庫へ向かった玲香さんを待っている。


「このビルに探偵事務所って……いくらなんでも儲けすぎだろう」

「い、意外とリーズナブルなのかもしれないわよ」

「あのポルシェもリーズナブルに見えたか?」

 結局ふたりとも高層ビルを見上げながら無言で待つことになった。


「お待たせ致しました。それでは事務所へご案内致します」

 玲香さんは左肩から服に合わせたローズレッドのショルダーバッグを下げ、右手には大きなフィルム一眼レフカメラを持って私たちをビル内へと案内した。

 玲香さんの衣服は、こういった高層ビルで働くバリバリのキャリアウーマンなら違和感がなかったかもしれない。

 派手で目立つローズレッドのタイトスーツとピンヒール姿の“探偵”というのが、かなりのミスマッチを生んでいるのだ。

 しかもこの格好で八ヶ岳を登ったのだから、彼女のこだわりは相当なものなのだろう。


 エレベーターを降りて、日の当たらない北側ブロックへの一室へと案内された。扉の横には『地井探偵事務所』という看板が取り付けてある。どうやら本当にここに事務所を構えているようだ。


 鍵を取り出してセキュリティーを解除すると、重そうな扉がゴトンと開いた。

 彼女が私たちを先導する。

 窓は塞いであり、太陽光が入り込まないようだ。まあ北側の部屋なので太陽の温もりとは無縁ではあるのだけれども。

 つかつかと歩いていると、奥まった区画にボサボサ頭を掻きながらパソコンのキーボードを叩いている男性がいた。


かなもりさん、写真とインターネットの解析をお願いします」

「わかりました所長」

 金森と呼ばれた男性は玲香さんからフィルム一眼レフカメラを受け取り、さらに奥まった部屋へ入っていく。どうやら暗室になっているようだ。


「彼は金森れんさん。うちで情報収集と解析を担当してもらっています」

「秘書の方とかいないんですか?」

「ただのお茶みしかしないような秘書は雇わないんですよ。それだけのために払う人件費がもったいないですから」

 それでこんな高層ビルに事務所を構える理由にはならないのではないか。


「ここは表向きのオフィスで、わたくしが普段使っている事務所は別にあるんですよ。ここは金森さんが情報を集めやすいよう、高速インターネット回線に対応したビルなんです」

「ということは、金森さんのためにここを借りているんですか?」

「借りている、は正確ではありませんね。わたくしがこのビルのオーナーですから」


 なるほど、ここのオーナーは玲香さ──。


「えっ? このビルって玲香さんのものなんですか!?」

 この反応は彼女にとってよくあることなのだろう。なに食わぬ顔をしている。

「正確には父の遺産のひとつなのですけどね」

「お父上が地主さんだった、とか?」

 きんいちさんもあまりのことに呆然としている。


「ええ。父がこの場所に高層ビルを建てる契約を結んだ際、わたくしの居住区と事務所を作ることで同意していたんです。半年前に父が死んだときに、ひとり娘だったわたくしがこのビルも含めてすべての遺産を受け継ぎました」

「相続税だけでも相当なものですよね?」

「何億したのでしたかね。あまり詳しい数字は憶えておりませんが」

 いや、絶対に一円単位まで知っているはずだ。

 関係者の供述調書の内容をすべて憶えられるほどの人が、払った税金の額を忘れるとは思えない。

 おそらく現実離れした数字で私たちが驚かないよう気を利かせているだけ。そもそもこんな豪勢なビルのオーナーであれば、テナント料だけでも月に数億円は下らないだろう。


 そんなことを考えていると、玲香さんが冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して、ふたつの湯呑に注いでいく。

 残りを冷蔵庫へしまうと湯呑をガラステーブルに置いて、私たちに着席を促した。


「わたくしは着替えてまいりますので、しばらくお待ちください。金森さんが今写真を現像しているので、それが終わり次第解析もお願いすることになっています。それが終わるまではおくつろぎくださいませ」


 ローズレッドのタイトスーツのジャケットを脱ぎながら、彼女は金森さんとは別の扉に入っていく。もちろんセキュリティーを解除して、だ。

 つい欣一さんと顔を見合わせてしまう。

「なんか、とんでもない人と知り合いになってしまったな……」

「ポルシェとかブランドもののタイトスーツやショルダーバッグとか、ただの高級志向かと思っていましたけど、本物のお金持ちなのでしょうね」

「本物、か……。なにか事業を始めたいとき、彼女から融資を受けるのが手っ取り早く思えてきたよ」

「でも、こんなビルに人が住んでいるなんて、なかなか思いもつかないわよね」


「不動産が本業なんだろうな。探偵は二の次で。もしかして趣味なのかもしれない。でも地井さんの着眼点は鋭かったから、探偵としてもかなり優秀なのかも」

「本庁の警部が紹介しただけのことはあるわけね」

 私たちの感想はここまでで、あとは無言になってしまった。それ以降、時間が経つのが遅く感じてしまう。


 どのくらい時間が経っただろうか。金森さんが暗室から出てきた。机の上に現像したフィルムを置き、なにか取ってくると私たちの前にやってきた。


「えっと、ここで働いている金森蓮夜と申します。これ名刺です」

「ありがとうございます。私はかざきんいち、こちらは妻のです」

 金森さんはその名を聞いて思い出したようだ。


「そういえば、今日はだいともゆき氏の死体遺棄現場に行っていたんですよね。五代さんの関係者でしょうか?」

「関係者……ではないのですが、警察から疑われていました。すでに誤解は解けたようですが」

「珍しいですね。事件が解決したわけでもないのに容疑者から外されるなんて」

「玲香さんが私にかけられていた疑いを晴らしてくださいましたので」


「そうでしたね。所長の活動記録に書かれていたのを拝見しています。今の重要な容疑者はふたり、いや三人でしたね」


「三人、ですか? それって玲香さんが私たちと八ヶ岳に行く前に当たりをつけていたのでしょうか」

「ええ。つちおか警部からあらましを聞いて、関係する人物を調査したらすぐに三名浮かんできました」

 欣一さんと顔を見合わせてから、金森さんに向き直った。



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