第24話 祥子の証言 (第三章最終話)

 八ヶ岳を下りた私たちは、売店でひと息入れた。その間に私はしょうさんと連絡をとり、対面する了解をとりつけた。

 第一発見者のさんとはここで別れ、私たちはそれぞれの車でかん祥子さんの自宅へと向かった。


 大きな門構えの家に着いた。この住所で間違いはないはずだ。

 アリバイ工作の打ち合わせで祥子さんと面会したときは喫茶店だったので、どういう素性の女性だったのかわからなかった。家柄のしっかりした女性なのだろうか。


 真っ赤なポルシェから降りると、門に設えてあったブザーを鳴らして様子をうかがう。


〔はい、どなたでしょう?〕

 ブザーのスピーカーから祥子さんの声が聞こえてきた。

「私です。かざです。お約束した時間より少し早いですが、今からお会いできますか?」

「……わかりました。そちらで少々お待ちください」


 声が途切れてしばらくすると、玄関が開いて祥子さんが現れた。彼女が門を開けるとポルシェから玲香さんと欣一さん、二台の白いクラウンからは男女合わせて四名が降りてきた。その姿に祥子さんは怯えたようだ。


「だいじょうぶ。今回の殺人事件の捜査をしている刑事さんたちですが、私も彼らもあなたを疑ってはいません。あなたが犯行にかかわっていないことははっきりとしていますので」

 そう言い添えると、祥子さんは私たちを家に招き入れてくれた。

 門をくぐり抜け、玄関へたどり着くまでに庭の様子を眺めていたが、きちんと手入れされている。やはりイメージどおり、きちんとした性格なのだろう。

「失礼致します」

 と私たちが全員家に上がると、居間に通された。

 やはりこの人数だと部屋が狭く感じてしまう。祥子さんでなくても怯えてしまうだろう。

「すみません。コップや飲み物に余裕がなくておかまいもできませんが」

「かまいませんわよ。わたくしたちも和むためにここへ伺ったわけではございませんので」

 玲香さんが丁寧な口調で語りかけた。

 彼女の話し方は相手の警戒感を薄れさせる効果があるようだ。祥子さんの緊張が見るからに解けていく。

「それで、刑事さんがどのようなご用でしょうか?」


「祥子さんに私のアリバイ工作について話してもらいたいのです。そして遺体発見時に誰か不審な人を見たり聞いたりしなかったかをお聞きしたいのですが。どうです、話せそうですか?」

「こちらの男性はご主人、でいらっしゃいますか?」

 彼女はきんいちさんへ目線を走らせる。

「ええ、私の夫でかざ欣一と言います。欣一さん、ご挨拶をしてください」

のアリバイ工作に付き合せてしまって申し訳ございません。もうその必要がなくなりましたので、これまでのお礼をさせてください」

「いえ、こちらこそ、これまでお小遣いを稼がせていただいて。今までありがとうございました」

 挨拶が済むと、ローズレッドのタイトスーツを着た玲香さんが質問に入った。


「さっそくでたいへん申し訳ございませんが、記憶がしっかりしているうちに確認だけは済ませてしまいましょうね」

「はい。お願いします」

 祥子さんは改めて姿勢を正した。

「まず、事件の前日である土曜日に受け取った空のコーヒー缶とサンドイッチの包装、それにコンビニエンスストアのレシートはどこに置いていらしたのですか?」

 玲香さんは印象的な奥二重にやさしい笑みをたたえていた。

「いつもどおり、下山してから休憩所のゴミ箱に入れました」

「間違いありませんわよね。それはアルバイ工作が始まってからずっと同じでいらしたのかしら」

「はい、他によい置き場所がありませんでしたので。まさか山中にポイ捨てするわけにもいきませんから」

 確かにポイ捨てをしたら誰かに憶えられるとしても、あまりいい印象は与えないし、顔をじっくりと見られる可能性もあるから、アリバイ作りとしては危険が大きい気がする。祥子さんはやはり頭がまわる人のようだ。


「ということは、何者かが由真さんのアリバイ工作に気づいて、あなたが捨てた直後にピックアップした可能性もあるのね。証拠を捨てるときに変な人はいなかったかしら」

「いえ、とくに怪しい人はいなかったと思います。ただ……」

「ただ?」

 玲香さんは微笑みを絶やさない。祥子さんは左人差し指を眉間に当てて思い出しているようだ。

「先週遺体が発見された日に、挙動がおかしい男性を見たと思います」

「具体的にどうおかしかったのかしら」


「たしか『死体だ!』という声が聞こえる前に私を追い抜いて、声がしたらさらにペースを上げて下山していました」

 玲香さんは土岡警部と見交わしてうなずいた。

「おそらくアリバイ工作を逆手にとれたのを確認してからげんじょうを離れたのでしょう」

かんさん、ちなみに追い抜いていった男性は、この男ですか?」

 山梨県警の刑事さんがただひとさんの写真を見せた。

「いいえ、この方ではないと思います。もう少し首周りが太かった印象があります」

 刑事は残念そうな顔をしている。しかし、第一発見者で声をあげた人物が、祥子さんを追い抜くことなどできるのだろうか。

 ということは、これは安易に話を合わせて嘘をついていないかのチェック、ということになる。

 なんでも疑うのが警察の役目ではあるものの、あまりいい思いはしなかった。ひと言ひと言警察がチェックしながら尋問していくのだとしたら、私だって気を悪くしてしまう。


「では、ざいぜんまささんかゆうさんをご存じですか?」

「いえ、そのような名前は聞いたことがありません。その人たちが風見さんをわなに落とそうとしているのですか?」

「いえ、そういう意味ではありません。今回の犯行は女性には行なえませんしね。ただ、何者かが彼女たちと連絡をとりあってだいともゆき氏を殺害した可能性もあります。その意味でも、あなたが今回の殺人事件の犯人である可能性はまずないと見ています」

「恐れ入りますが、その財前さんか木根さんか、いずれかの関係者の犯行だと考えているのですか?」

「はい、わたくしはそうにらんでおりますわ。財前さんは由真さんと親しくなった火野さんというテニスコーチの元彼女です。由真さんがいなくなれば火野コーチが取り戻せると単純に考えてもおかしくはありません。そして木根さんは由真さんがいなくなれば欣一さんと再婚できると考えた可能性も否定できません」

「それでも女性には不可能な犯罪だった、ということですね」

「それは間違いないでしょう。あとその人物があなたと接触するかもしれませんので、身辺警護をつけさせていただきますね」

 祥子さんは胸の前で手を組んで怯えているようだ。


「わたくしたちも逸早く犯人を突き止めて逮捕致します。ですがどうしても裏どりに時間がかかってしまいます。それまで由真さんのアリバイ工作を担っていたあなたは口封じされる可能性が高いのです。警察を信用してくださいね」


 祥子さんの身辺警護のため、山梨県警から女性警察官が配置されることになった。これで祥子さんの身の安全は確保できるだろう。




(第四章へ続きます)

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