第23話 犯人の見当

 さんはげんじょうの写真を撮り終えると、刑事たちにいくつか質問している。


「資料に添付されていた写真とその説明書きでは、だいともゆき氏は右の首筋と右脇腹を刺されていたとありましたが、それは事実でしょうか」

「そのとおりです。おそらく犯人は左利きの人物だろうと捜査本部では見ています。遺体の状態と犯人の見立ては報道には載せていません」

「ですが、その位置だと右利きの犯人が五代朋行氏を後ろから襲撃したときにも同じ場所に傷ができそうなものですが。刃物の入った角度をしっかりと検視したうえでの判断でしょうか」

 山梨県警の刑事が頭を掻きながら答えた。

「ええ、担当のものが詳しく調べたところ、左利き特有の角度で出来た傷だとわかりました」

「であれば、右利きのさんときんいちさんは犯人ではありませんね。それと第一発見者のさん。彼も右利きですよね。斜面を下りていくときに右手を自由にしていましたので」

 その言葉に若干の違和感を覚えた。

「あの、詳しくはわからないのですが、なぜ右手を自由にしていると右利きになるんですか?」

 バカにされるかと思ったが、地井さんはやさしい眼差しで見つめてくる。

「仮に転倒したとき、なにかにつかまったり地面に手をついたり。そんなときはとっさに動かせるほうの手を自由にしているのが理に適っているのですわ、由真さん」

 少し斜面を下りてみて、やはり自分も右手を自由にしていることに気がついた。

「本当ですね。探偵さんって鋭い着眼点をお持ちなんですね。私は指摘されてもわからず、自分でやってみて初めて気づいたくらいですから」

 なにかひらめいたのか、地井さんは山梨県警の刑事に尋ねている。

「資料によると、遺体の下から由真さんの指紋がついたコーヒー缶とコンビニエンスストアのレシートが見つかった、とのことでしたが」

「ああはい。遺体を搬出するときに、その下から発見しました。ですので警視庁に人物照会をかけたんですわ」

「それはいつの日付だったのでしょうか」

「遺体発見の一週間前の金曜のものでした」


「こんなに山道から外れたところにある遺体の下に、一週間前のものと思われるコーヒー缶とコンビニエンスストアのレシートがあった。おかしいとは思いませんか?」

「どこがでしょうか。私たちは犯人が下見に来ていたものだと推理していましたが」

「わざわざ『犯人は私です』と主張するような証拠を残すのはおかしいのです。おそらく誰かが由真さんを犯人に仕立てようと、彼女がアリバイ工作に使ったものを利用したのだと推察致します」

 ということは、アリバイ工作をお願いしたかんしょうさんが犯人だとでも言うのだろうか。

「由真さんがアリバイ工作で動かしていたのは官渡祥子さんという方なのですが、山梨大学の二年生だそうですね。あとでその方のところまで案内してくださいませ」

「わかりました。それではこのあとにでもお連れします」


「地井さんは祥子さんが犯人だと疑っておられるのですか?」

 つい疑問が口をついた。

「いえ、彼女があなたのアリバイ工作で動いていたことを知っていた者が犯人だとにらんでいます」

 ということは祥子さんは無実なんだ。あの真面目な女性が人殺しにはとても見えなかった。だからもし犯人だと言われたら、私は全力で否定したことだろう。

「それと由真さん。わたくし、女性から姓で呼ばれるとこそばゆくなってしまいます。できれば『れい』とお呼びください」

「よろしいんですか、地井さん」

 担当してもらっている美人探偵を名前で呼ぶのは若干気が引けてしまうのだが。

「意識をとられてしまいますので、由真さんからは“れい”と呼んでいただいたほうがすっきりします」

「わかりました、玲香さん。それで祥子さんは人を殺してはいないのですよね?」

 さっそく名前で呼んでみたが、若干違和感の残る話し方になってしまっている。とはいえ祥子さんが事件に関係しているとは思いたくもないのだけど。


「こんな人目のつかないところに遺体を隠しているのに、足がつく証拠を残しておくのは不自然すぎます。誰か。祥子さんまたは由真さん、あなたを陥れようとしている者の犯行でしょう」

「祥子さんの周りについては、私でもわかりかねますが……」

「いえ、今回の状況からするに、祥子さんを陥れようとするのなら彼女と直接結びつく証拠を残すはずです。コーヒー缶とコンビニエンスストアのレシートという由真さんの指紋がついたものを使っていることから、由真さんを狙っていた人物の犯行の可能性が高いですわね」

「私を狙い、陥れようとする人物……。すぐには思い浮かびませんが……」

 正直、私を追い落として得をする人間なんているのだろうか。たかが会社員の夫人であって、取り立てて価値がある人物だとは思ってもいないのだけど。


「たとえばたけあきさんを奪われたというざいぜんまささん。彼女ならあなたを追い落としたい理由がありますよね」

「確かに……。でも女性がここまで大人の男性を抱えて下りてこられるとは思えないのですが……」

 問題はそこです、と玲香さんは山道までゆっくりとした足取りで戻っていった。

 皆がそのあとをついていく。すると玲香さんはタイトスーツなので、斜面を上っている彼女のスカートの中が丸見えになっていた。これはと思って必要以上に彼女のそばに近寄ってガードすることにした。

 山道へ戻った玲香さんから、ありがとうと声をかけられた。やはり玲香さんも自覚はしていたようである。だが、仮にタイトスカートの中を覗かれても意に介さない人かも知れなかった。もしその危惧があったら、少なくともパンツルックで来るはずだからだ。

 実用よりも見た目を重視しているのだろうか。それだけ自分に自信を持っているのかもしれないな。


「他に怪しい人物といえば、きんいちさんと“裸のお突き合い”をしていて、由真さんを邪魔に思っていた可能性のあるゆうさん」

 その言葉に欣一さんが真っ向から否定する。

「いや、佑子はそんな女じゃない。俺と佑子はお互いに“性を楽しみたい”というだけの関係なんだ。だから佑子が犯人なんてありえない」

「ですが、肝心の旦那さん、まことさんはEDでいらっしゃるのですわよね。その方を見限ってあなたと世帯を持ちたいと思っても不思議はありませんわ」


 言われてみれば、木根佑子さんが欣一さんを奪おうとして、私を犯人に仕立てようとした可能性もありうるのか。

 欣一さんは否定するけど、女の一念は男には及びもつかないところがあるから、ない話ではないのだろう。

 だが、それにしても正美さん同様、女性ひとりの力でこの犯行を行なうのは不可能だろう。それはここにいる全員が共通して抱いている認識なのだろう。


 では、正美さん佑子さん以外の、しかも男性から私は恨まれているのだろうか。もしかすると火野さんが私と別れたくて陥れようとしているとか?

 ここまで来ると誰が味方で誰が敵なのか、わからなくなってくる。




(次話が第三章の最終回です)

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