第21話 テニスクラブ

 翌朝、れいさんが真っ赤なポルシェ・タイカンに乗って現れた。車に負けないローズレッドのタイトスーツを身にまとっている。このゴージャス感はひとえに彼女の放つオーラによるものなのだろうか。


「それではテニスクラブへ向かいましょうか。さんときんいちさんはこちらにお乗りくださいませ。道中お尋ね致したいお話もございますので。恐れ入りますが靴は脱いでお入りいただけますよう。中に備えたスリッパをお履きくださいませ」

 特徴的なピンヒールで運転されたら怖いなと思ったが、後部座席に乗り込むときに足元を確認すると、これまた真っ赤なシューズを履いている。運転に適した履物を用意しているあたり、運転慣れしているのだろう。欣一さんも靴を手に持って隣に乗り込んできた。

 つちおか警部は女性刑事とともに白のトヨタ・クラウンで、タイカンの後ろを走ることとなる。


「奥様、ナビはおまかせ致します。カーナビは装備しておりますが、通い慣れた道というものもあるでしょうから」

 その言葉に従って、私が地井さんに指示を出して自動車を進めてもらった。


「それでは由真さんはたけあきさんとはどのようなご関係ですか? 失礼ですが不倫相手と見ていらっしゃるのか、ただの相談役と認識していらっしゃるのかをお聞きしたいのですが」

「私自身は相談相手として見ています。あとは食事をともにして憂さ晴らしをしているところもあると思います」

「さようでございますか。それでは欣一さん、木根佑子さんとのご関係についてお話し願いますか?」

「ここではちょっと言いづらいですね」

 気まずい雰囲気が漂ってくる。

「それではこちらが勝手に、不倫相手でいつか離婚して再婚したい相手、と認識しておきますがいかがですか?」

 欣一さんがうろたえる。

「いや、確かに肉体関係は結びましたが、単なる浮気です。由真が妻でなんら不足はありません」

「さようでございますか。そろそろテニスクラブに着きますかね、由真さん?」

 私に確認してから地井さんが車を停めた。自宅から歩いて二十分ほどの距離なので、自動車であればすぐに到着する。

「それでは欣一さんはここでお待ちください。由真さんは火野さんを呼んできていただけますか。私は施設の入り口に立っておりますので」

 その言葉に従い、テニスクラブへと入って早々火野コーチを見つけた。


「あ、由真さん。昨日の電話での話ですけど──」

「ここは人が多いので場所を変えましょうか。とりあえず表へ出ましょう」

 彼を入り口へと誘導する。騙しているようで気が引けるが、これも火野コーチの疑いを晴らすためだ。

 入り口まで出ると、そこにはローズレッドのピンヒールを履いた地井さんがすらりと立っていた。

「由真さん、ありがとうございました。あなたが由真さんから風見欣一さんの内偵を依頼された火野たけあきさんでいらっしゃいますね」

 コーチもあまりの美しさに一瞬目がくらんだようだが、問われた言葉の意味を探っているようだった。

「えっと、あなたはどちらさまで? スクール生でもないようですし、入所希望にしては運動には不向きな出で立ちですよね」

 地井さんはこれまたローズレッドのショルダーバッグから名刺入れを取り出して一枚引き抜く。胸の前で手を添えて名刺を差し出した。ビジネスマンならさぞ完璧な所作だろうと思ってしまう。

「申し遅れました。わたくし、こういう者です」

 名刺を受け取った火野コーチは“探偵”の文字に食いついてきた。


「あの、探偵の地井さんが僕になんの用でしょうか?」

 待ってましたとばかりに地井さんはとうとうと語りだす。

「このたび風見由真さんのご依頼で、イベント会社を経営していて八ヶ岳で刺殺体が発見されただいともゆき氏の周辺を洗っております。由真さんのアリバイの裏をとりたくて参りました」

「警察にあらかた話していますけど……」

 火野さんの目が地井さんの体を舐めまわすように動いている。欣一さんもそうだったが、男性はスタイルのよい女性はまじまじと見てしまうものなのだろうか。

「はい、供述調書はすべて拝見しております。今日お伺いしたいのは、火野さんが由真さんをどのように思ってお食事に誘っていたのかについてです」

「どのように思って、ですか?」

「由真さんの相談に乗って興信所で探偵を雇った。その調査報告のためだけにレストランへ行っていたのか、それ以上の下心がおありで近づいたのか、についてです」

「それが捜査となんの関係があるんですか?」

 火野コーチは探りを入れてくるような声色になっている。

「由真さんに恨みを持つ人物がひとり増えるかどうか、という問題です」

「由真さんに恨みを持つ人物ですか? たとえばご主人の欣一さんとか?」

「欣一さんが不倫をしていたことはご存じですよね。由真さんを恨む前に自らの行ないを反省するのが筋でしょう」

「では、誰が恨みを持つんですか? 僕にはそんな人はおりませんが……」


 地井さんの印象的な奥二重の目が光ったような気がする。

「たとえばざいぜんまささんはいかがでしょうか。あなたにご執心とお伺い致しましたが」

 これはずいぶんと剛速球のような質問だ。初対面でここまで相手に切り込めるだけでも心臓がかなり強い人なのだろう。

「彼女は神経質で独占欲のある方です。おそらく僕を独り占めしたいと思っているのではないか、と」

「そんな財前さんがあなたの素行を見て、由真さんを陥れようとしている可能性があります」

 財前さんが私をわなにはめようとしているとは思わなかった。しかし地井さんの言うように、火野コーチを独り占めしたければ、私は目障りな相手であることは間違いないのだろう。

「まさか、そんなことあるはずがない。なぜ由真さんを陥れようだなんて……」

「夢中になっているあなたが最近由真さんと親しくして自分をないがしろにしたから、では?」

「なにが言いたいんですか?」

 てきがいしんむき出しの視線を地井さんに送っている。


「財前さんには動機があります。彼女に関する情報をお尋ねしたいのですが。あとみずたにこうさんをご存じですか?」

「水谷航基、ですか……。以前正美さんからその名を聞いたことはありますが、なにをやっている人なのかは知りません。ただ僕たちの大学の同期らしいとは伺ったことがあります」

「さようでございますか。それで正美さんとは床を同じゅうしたのでしょうか?」

 最初なにを言っているのかわからなかったが、どうやら一緒に寝たかを聞いているらしい。そう気づいた火野さんはすぐに憤然とした。

「なぜあなたにそこまで言わなければならないんですか? 由真さんの目の前で!」

「それは、由真さんとも寝たいと思っていらっしゃるが、それを気取られたくなかった、ということでしょうか」

 火野さんが心配そうにこちらをチラリと見る。

「正美さんとは、何度かお付き合いがありますが……」

「“裸のお突き合い”……ですわよね?」

「ええ、そうですよ」

 コーチは観念したように口を開いた。



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