第18話 浮気の追及

「ただいま〜。玄関に靴があったけど、誰か来ているのか?」

 のんきな声が聞こえてきた。リビングまでやってきて警察のふたりを見たきんいちさんは「こんばんは」と妙に明るく対応した。

かざ欣一さんですな。私たちこういう者です」

 つちおか警部と女性刑事が警察手帳を取り出し、開いて写真と名前を彼に見せている。

、なんで警察がここにいるわけ?」

「ほら、前に話したでしょう。八ヶ岳で殺された人の捜査をしていらっしゃるのよ」

 それで合点がいったようだ。すぐにふたりへ着席を促し、彼は私の隣に座った。


「由真の事情聴取ですか、ご苦労さまです。それで、由真の無実は確認できたのでしょうか?」

 警部は笑顔を貼り付けて、柔和な声色で語りだした。

「はい。奥様が殺人事件に無関係であることは確認がとれています。犯行のあった時間に誰とどこにいたのか、確たる証拠がございますので」

「それはよかった。では、そのご報告で残られているのですか?」

「それがそうでもないのです、風見欣一さん」

 やにわにもうきんるいのような鋭い目つきへと変貌した。

「あなたのアリバイをお聞きしたいのですが。まだ確認がとれていませんので」

 急に態度が変わり、欣一さんも身構えたようだ。

「私のアリバイって……。日曜日なら私はゴルフへ行っていましたよ」

「どちらのゴルフ場でしょうか」

「群馬県です。接待ゴルフですので詳しくは申し上げられませんが」

「接待ゴルフであれば領収書はお持ちですよね? そちらを拝見したいのですが」

 欣一さんは体をわずかに動かし始めた。これは痛いところを突かれたようだ。

「いえ、相手側から受けた接待ですので、領収書は先方が持っているかと……」

「では、領収書をお持ちの方の連絡先を教えていただきたい。どこのどなたですか?」

 欣一さんが言葉に窮した。なにか言おうとしてすべて空を切っている。


「あなたがある女性と、とあるホテルへ入っていく画像があります」

 そういうと、女性刑事は手元のブリーフケースから数枚の写真をガラステーブルに置いていく。

 それを見ていた欣一さんは、慌てて立ち上がってそれらを奪い取った。

「あ、あんたたち、こ、こ、こんなもので、なにが、なにが言いたいんだ!」

 明らかにろうばいしている。どうやら図星のようだ。

「奥様がいながら、あなたは他の女性と性的な関係を持っておられるようですな」

「だ、だからなんだっていうんだ!」

 警部はことさら低い声になった。

「あなたが奥様に罪をなすりつけようとしている可能性があります」

「そんなバカな! 第一、殺されたやつの名前すら知らないんだぞ。関係もないのに殺すわけがない」

「関係ないわけがないんですよ。あなたがお勤めの会社をトンネルにしていたイベント会社の経営者なのですから」

 横に座る欣一さんの顔を仰ぎ見た。目に見えて動揺している。

「うちをトンネルにしていたって……。それは本当なのか、由真」

「私に聞かないでよ。突き止めたのは警察なんだから」


「奥様のおっしゃるとおりです。亡くなっただいともゆき氏について、奥様はなにも存じていない。接点がないのです」

「いや、接点ならある。由真が八ヶ岳から下山しているときに『死体だ!』という声を聞いたと言っていた。それが接点じゃないのか?」

「残念ながら、その話は真実ではないのです。確かに奥様の役割を演じていた人物はそう聞いたのです。ですが同じ時間、奥様は別のところにいました。そしてその裏はとれています。奥様には五代朋行氏を殺せない。これは疑いようもない事実です」

 この警部、さらっと爆弾を放り込んできた。

「ちょ、ちょっと待て。由真、お前、八ヶ岳に行っていないのか?」

「ええ、そうよ」

 私も腹をくくることにした。

「欣一さんがゴルフに行っていないと勘づいて、テニスクラブのコーチに内偵をお願いしていたの」

「由真、俺を信じていなかったのか?」

「ゴルフウェアのズボンのポケットから、ラブホテルのレシートが出てきましたからね。信じられると思っているの?」

 私は自分の部屋に戻ってMacBook Airとくだんのレシートを持ってきた。


「まずこれ。レシートよ」

 欣一さんの前にそれを置いた。

「そしてこの映像。コーチが興信所に頼んで撮ってもらったらしいわ」

 私はデスクトップに置いてあった動画ファイルを再生する。そこにはゆうさんと仲良くラブホテルへ入っていく欣一さんの姿がバッチリ映っていた。そしてカットが変わり、ホテルの室内が映し出される。

「どうやら、いつも同じホテルの同じ部屋を利用していたようですな。盗撮カメラが仕込まれていたとは思いもせずに」

 画面には女性と致している姿が繰り広げられている。

「だからなんだ! いいじゃないか、俺は男だぞ! 他の女としてなにが悪い!」

 彼はついに開き直ってしまった。まあここまで追い詰められたらそうなるしかないだろうな。


「別にあなたを責めてはいませんよ。この事実に気づいたときは憤りもしましたけどね」

「お前だって、テニスクラブのコーチだかいう男と密かになにをしていたんだよ! 同じベッドで寝たんじゃないのか?」

「なに言ってんのよ! 火野コーチにはあなたの監視をお願いして、結果を聞きに食事へ行っただけだわ! あなたと一緒にしないで!」

「他の男と食事に行くのも許した憶えはないぞ!」

「私だって、あなたが他の女性とラブホテルへ行くのを許した憶えはありませんけど」

「シャラップ!」

 警部がドスの利いた大声で割って入ってきた。


「ですから! 奥様の裏はとれているんです。彼女は火野さんとは寝ていません。これはすでに確認済みです」

 された欣一さんはおずおずとしている。

「本当なのか、由真。その火野とかいう男とは寝ていないんだな」

「当たり前でしょう。こう言うじゃない。“男の不倫は浮気、女の不倫は本気”だって。私はあなたの妻であることに誇りを持っています。あなたが浮気をやめてくだされば、火野さんにお願いする必要もなくなるのですからね」

「わ、わかった。もう浮気はしない。すまなかった」

 興奮が収まった欣一さんは、魂が抜けたようにソファに腰を落とした。そこに真剣な表情を浮かべた警部が質問する。


「それで、お付き合いなさっていた木根佑子さんからも証言をいただきたいと思いましてね。もちろん浮気相手がアリバイの証人にはなりませんが、ご利用されていたホテルとその部屋も変えていないのであれば、監視カメラでおふたりのアリバイも証明できるでしょう」

「まさか、佑子も疑われているのか?」

 警部は首を横に振った。

「いえ、木根佑子さんが事件と関係があるのか、今の時点ではわかりかねます。接点が見つからないのです。ですがあなたは被害者のトンネル会社の社員ですから、殺す動機にはなりますね」

「私はやっていませんよ」

「それを証明するために、今から裏をとらせてもらいます」



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