第三章 探偵登場

第17話 契約終了

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。おそらくつちおか警部と女性刑事が戻ってきたのだろう。ドアを開けると、やはり朝やってきた彼らだった。

「いやあ奥さん、またお邪魔しますな。いろいろとわかったこともありますので、ぜひご報告したかったんですよ」

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、氷の入ったグラスに注いでふたりに振る舞う。

「あ、ありがとうございます。それでですね。まず配送業者に確認をとったところ、確かに奥さんの発送した荷物はかんしょうさんの自宅まで運んでいたそうです。これで少なくとも奥さんのアリバイ工作の一端は証明されました」

 これで完全に容疑から外れるのだろうか。「少なくとも」が引っかかりはするのだが。

「実は官渡祥子さんのほうがなかなか難しくてですね」

「難しい、ですか?」

「ええ、奥さんのアリバイ工作などしていない、と申しておりまして」

「やはり守秘義務を誠実に履行なされているのかと」

 闇サイトを利用してはいるものの、かなり真面目なところがある人に映ったが、やはり口の固い人物だった。


「確かに。そこであなたから彼女に連絡をとってもらって、われわれの捜査に協力してもらうよう説得していただきたいのです」

「わかりました。私の疑いもそれで完全に晴れるでしょうし、彼女から遺体発見時に怪しい人物を見なかったか聞き出せる可能性もありますものね」

 それでは少し待っていてください。電話でお願いしてみますとスマートフォンを取り出して、祥子さんの携帯電話を呼び出してみた。

 呼び出し音が七回鳴ったところで通話がつながった。

「祥子さん、私です。依頼をしていたかざです」

「……私、話していませんけど……」

「守秘義務を破棄したいんです。あなたに依頼するのも今日が最後で。あとでネット口座にいつもの二倍の額を振り込みます。山梨県警から刑事さんがそちらへ聴取に来られましたよね。その刑事さんに聞かれたことを、ありのまま説明してほしいんです」

「……そうですか。もしかしてもうアリバイ工作する必要がなくなった、ということでしょうか?」

「ええ、実はあなたが下山時に『死体だ!』と聞いた事件の容疑者になってしまって。で、隠しごとはいっさいなしにして、すべてのことを刑事さんに話してしまってだいじょうぶです。今まで無茶なお願いをしてごめんなさいね。すべて話せばあなたに容疑がかかることもないはずですから」


 沈黙が場を占める。


「……わかりました。それでは風見さんの最後の依頼ということで、警察に見聞きしたすべてをお話しします……。今までご支援ありがとうございました」

「いえ、お世話になったのは私のほうです。本当にありがとうございました」

「実は、今刑事さんが目の前にいまして。こちらの方々にすべて打ち明けてかまわないのですよね」

「お願い致します。最後までご迷惑をおかけしてすみませんね。それでは失礼致します」

 通話を切ると、土岡警部に事情を説明した。


「そうですか。官渡祥子は山梨県警にすべて話す、と。その内容は追ってこちらの捜査本部にも届きますから、あとで確認致しますね」

 これで私の無実が確定するわけだが、きんいちさんやさんが犯人かもしれず、そのあたりが確定するまでは安心できそうになかった。

「朝に話しましたが、ご主人や火野さんとはお話はしていませんよね?」

 ここで嘘をつくとまた疑いがかかりかねないので、正直になろう。

「欣一さんとは話していません。あのあと、火野さんから電話がありまして、会いたいと言われたのですが、明日のスクールに会いましょうということでまとまりました」

「うーん……。火野も容疑者のひとりなんですよね。なにせあなたのアリバイ工作の片棒を担いでいたわけですから、疑いがあなたに向くよう仕向けた可能性もあるのです」

 あの優しい火野さんが私を陥れようとしていた? にわかには信じられない話だけど……。


「まあ明日のことはあとで話しましょう。今はこれからお帰りになるご主人についてお伺いします」

「たしか、欣一さんも関係者のひとりだとおっしゃっていましたよね?」

「ええ、仮にゆうがご主人のアリバイを証明しようにも、不倫相手の供述なので採用できんのですな。それ以外で確たる物証があれば、容疑から外せるのですが……」

 そういえば朝に観た動画はどうなのだろうか。

「朝ご覧になった浮気現場の動画は証拠にならないのですか?」

「あれは事件の前週までですし、仮に当日のデータがあっても編集されているので証拠にはなりませんな」

「もし興信所が事件当日の、編集前の動画を持っていたら、そちらは証拠になるのでしょうか?」

「それでしたら、状態次第で証拠になりえますな。ですが、興信所に調査を頼んだのは火野ですし、あなたに接近できたらそれ以上の調査を依頼していたのかは疑問が残りますが」

 言われてみれば確かに。

 火野コーチとしては私と食事デートするのが目的で、それができるだけの情報が手に入ったのなら、それ以上の調査を必要としないのではないか。

「まあご主人も火野も、まだ容疑から外せないんですな。それぞれもう少しお話を聞かないと。それでご主人の帰りを待たせてもらっているんです」


 しかし、どうにも納得がいかない。たしか欣一さんが勤めているのが、殺されただいともゆきさんのトンネル会社で、それでなにか思うところがあったから手をかけた。

 そう推理することもできなくはないのだが、それくらい思い詰めていた人がわざわざ同時期に浮気をするものだろうか。

 火野さんにしても、私と食事をし始めた時期に五代朋行さんを殺さなければならないほどの理由があるのなら、警察もとっくに調べがついていてもおかしくはないだろう。

 そう考えるとふたりは潔白のような気がするのだが。


「あの、欣一さんにしても火野さんにしても、五代朋行さんの殺害には関与していないように思えるのですが……」

 それまで気のよい親父ふうだった土岡警部が一瞬で真顔になった。

「いや、捜査に思い込みは禁物です。一度思い込んでしまうと、せっかく見え始めた糸口を見逃してしまいかねない。ご主人は不倫の時期と重なりますが、その不倫相手の木根佑子からなにか吹き込まれたと考えられなくもない。また火野はあなたにアリバイ工作をさせて疑いを向けさせようとした可能性があります。これは先ほども説明しましたな」


 鋭い指摘のように聞こえるが、私にはどうしても欣一さんや火野さんが犯人だとは思えないのだが。

 そんなとき、欣一さんが仕事から帰ってきた。



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