第15話 トンネル会社
「おい、彼女に動画の説明をしてくれ。ここから先はセクハラになってしまうからな」
「それでは奥様、ご説明致します」
丁寧な物言いである。これなら確かに男性から説明されるよりは抵抗が少なくなるな。
「この四つの動画ファイルには一日の行動が編集されていて、待ち合わせに使った喫茶店、ラブホテル、事後になにか話をしていて、ホテルの外で別れる。という構成になっていました。行為の最中は飛ばしてお観せ致しますね。一本二時間の動画ですが、行為の部分を飛ばせば一時間弱になります」
ということは、四本で四時間弱、
「なにかご質問はございますか?」
「欣一さんとお相手の
「できれば会話の内容もしっかり聞いていただきたいのです。どこかに今回の事件のヒントが隠されているかもしれませんので」
「……わかりました」
ひとつ深呼吸して覚悟を決めた。
「では四週前の動画から確認をお願いします。それでは流しますね」
四本観終えたのだが、いずれも男性は欣一さんに違いない。お相手の木根佑子さんはやはりまったく知らない女性だった。メイクを変えた知人の線も考えたが、聞いたことのない声色である。
「ご主人と女性の会話で、なにか気になるものはございましたか?」
女性刑事が配慮された問いかけをしてきた。いくつか気になる部分があったのは確かだ。
「欣一さんが木根さんと話しているときに、以前は毎晩のように体を求められたのに、今はまったく相手にされていない、というのがありましたよね? 欣一さんの言葉に、精力絶倫な男性が妻に手を出さなくなるのは、浮気しているからか
「そんな話がありましたね」
「それで思い出したのですが、
土岡警部が話に割って来た。
「ほう、薬を……。まさかですが、ご主人がなにがしかの形で飲ませて妻である木根佑子さんを奪い取った可能性もあるわけですね」
「それは考えにくいです。欣一さんは性を持て余していたようではありませんでしたし……」
女性刑事が口に出しづらいことを聞いてきた。
「失礼ですが、ご主人とは週に何回致しているのでしょうか?」
本当にこれは失礼だし答えづらい質問だ。もし毎晩していると答えても、本当のことを答えても「性欲を持て余していた」と見られるだろうからだ。しかし曲がりなりにも警察の質問であり、嘘をつくのもためらわれた。
「ここ最近は週に二回ほどですけれど……」
土岡警部や女性刑事が私を舐めるように見ている。私の魅力を推し量っているのだろうか。しかし結婚している夫婦の回数がそんなに興味の的になるものか。ちょっと覗き趣味がもあるんじゃないかと疑ってしまう。
「となれば、刺激を求めて木根佑子さんに手を出した、という線が高いか」
「そのようですね」
ふたりは内輪で納得したようだ。私はいささか
「それで奥さんも男を求めていて火野コーチの誘いに乗ったと……」
「いえ、それは違います」
即答で断言した。
「確かに夫が浮気をしていたことは相談しておりました。でも食事をご一緒するくらいでしたし。火野さんも体を求めていたとは思えません。財前さんとお付き合いしていたようですから、取り立てて体を求めるような素振りもありませんでしたし……」
土岡警部は頭頂部を
「これは、私が火野さんと財前さんから話を聞かないといけないようだな」
「そういえば、被害者の
「新情報? いいんですか、私が聞いても……」
この女性刑事は活発なのか、あまり周りを見ていないような気がする。
「この情報についてはあなたの裏はとってありますので。それにこれを知ればなにか思い出すかも知れませんからね」
「はあ、そうですか……」
どうにも警察に信用されているようなしないような。そんな宙ぶらりんの状態に置かれている。
「どうも、五代朋行氏はイベント会社の経営者以外の顔がありそうなんですよ。かなり手広くやっていたようで、大手広告代理店との間に黒い噂が浮上しています」
「……ということは、そちらの線で恨まれる可能性があった、と?」
「どうやらそのようですな。イベント会社のほうでは
イベント会社が大手広告代理店と裏でつながっていた。それ自体はありふれているようにも思えるのだが。人に言えないお金が流れていたということなのだろうか。
確かに専業主婦である私には関係のない話ではあるのだが。
「それで、五代朋行氏についてですが、なにか思い出したことはありませんか? なにか接点があると私は
「私にはなんのことやらさっぱりです。昨晩欣一さんも『五代朋行なんて聞いたこともない』って言っていました」
「それがそうでもないんですよ。これは秘密なんですけど……あ、ご主人には内緒で。驚かないで聞いてほしいんですが。ご主人・風見欣一さんの勤め先が、実は五代朋行氏のトンネル会社でして……」
「トンネル会社って、具体的にはどんなものですか?」
「表に出せない仕事、つまり大手広告代理店からの受注を請け負うために、ご主人の会社へ落札させて、その下請けで五代朋行氏の子会社が実際には動いていたようです」
その説明に頭がついていかない。動揺していると警部が要点を言い直してくれた。
「つまり、ご主人にも五代朋行氏を殺害する動機があった可能性もあるのです」
なるほど、そうともとれるわけか──って、
「えっ? まさか一周回って私も容疑者に逆戻りなんですか?」
そんな。私の潔白は証明されたはずなのに。
「いえ、あなたはイタリア料理店で第三者の目撃証言がありますから容疑者からは外せます。もしご主人がトンネル会社のカラクリに気づき、逆上して五代朋行氏を殺したとしたら……。しかし、こちらは浮気相手の木根佑子さんを割り出して事情聴取すれば、おそらく無実だとわかるでしょうな。まあ証拠としては採用できんのですが」
警部のその言葉に動揺が少し収まった。
(次話が第二章の最終回です)
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