第14話 夫の浮気

 参考人として警察から事情を聴かれたあと、女性刑事さんの車で近くのスーパーに寄りながら帰途についた。なんとかきんいちさんが到着する前に解放され、手っ取り早く作れるものも用意した。


 欣一さんが帰ってくると、なにか浮かない顔をしている。なぜだろう。もしかして警察の手が伸びてきているのだろうか。


「今日、職場に警察がやってきて、俺の日曜日の事情を聴かれたよ、まったく。ゴルフに行ったって言ってるのに信用しようとしないんだよな、あいつら」

 元はといえば私のアリバイ工作から始まった疑惑である。しかしそのおおもとをたどれば、欣一さんの浮気だ。


「まあまあ、口で言っているだけだとなかなか信用してもらえないものよ。あなたが毎週ゴルフバッグを持って車で外出しているのを私は見ているから。警察の方にも見てもらえば納得するんじゃないかしら」

「そういうもんかね。あいつら、明らかに俺のことを疑ってるよ。『だいともゆきを知っているか』って、そんなやつ聞いたこともない」

 どうやら呆れているらしい。それにしても五代朋行というのは誰なのだろうか。

「知らねえよ、そんなやつ。警察の話だと日曜に八ヶ岳で殺された経営者なんだとさ」


「へえ、五代朋行って言うんだ、その人」

 その言葉尻をつかまれた。

「お前、知ってるのかよ。五代朋行」

 私が下山中に『死体だ!』って騒がれたらしいって話しておいたはずなんだけどな。私と話した記憶が抜け落ちているのだろうか?

「ああ、そうらしいが……。っておい、まさかお前が八ヶ岳にいたから俺も疑われたんじゃないだろうな」

「安心して。私も疑われたんだから」

 その言葉に欣一さんが絵に描いたように飛び跳ねた。

「じゃあうちにも警察が来たのか?」

「ええ。それでお話を伺いたいので場所を変えましょうって。覆面パトカーに乗って桜田門の警視庁までちょっとね」

「だから今日の晩ご飯が弁当になると言ってたのか」

 そういうことだ。まあお味噌汁と浅漬けは作ったんだから、文句は殺人犯に言ってもらいたいところだけど。


「お前なあ。本当に五代朋行ってやつを殺していないんだろうな?」

「あなたは殺人犯の夫になりたいの? 少しは妻を信用しなさい。まさか私が逮捕されたほうがいいなんて思っていないでしょうね?」

「そんなわけないだろう。料理はうまいし、家事だってしっかりやってくれているし」

 でもずいぶんと長いこと浮気はしているのよね。心でそう毒づいた。


「警察から他になにか聴かれていないの? 事情聴取って初めて受けたから、妙な気分よね。テレビドラマで観ているのとは大違い」

「そうかなあ。金曜日はなにしてましたかとか、日曜日はどこのゴルフ場へ行っていたんですかとか。しょうもない話をしてきたくらいだな」

「で、日曜日はどこのゴルフ場へ、欣一さん?」

「お前も俺を疑っているのか?」

「からかっているだけですよ。さあさあ、お風呂も焚けていますから先に入ってくださいな。私は明日も事情聴取を受けることになっているから、早く寝たいのよね」

「俺は明日も警察っていうのは勘弁してほしいな。仕事が手につかないし、会社からの印象が悪くなるからな。じゃあ、お先にひとっ風呂浴びてくるわ」




 翌朝、土岡警部が部下の女性刑事とともに黒塗りの覆面パトカーで家を訪ねてきた。欣一さんが会社に出かけたすぐあとに、である。

「いやあ、奥さん、すみませんね。今日も押しかけてしまって」

 昨日の話しぶりから、昨夜さまざまな伝票を保管しているフォルダを整理してあった。

「いえ、おそらくこれがご覧になりたかったのですよね?」

 と言って宅配便の発送伝票の控えを手渡した。

「ああ、はいはい、そうです。これが欲しかったんですよ。あなたのアリバイ工作を担っていたかんしょうさん。住所と発送した事実を確認したかったんです。いちおう山梨県警にも動いてもらっていて、任意聴取の結果はすぐ電話で知らせてくれることになっています」

「それではこの伝票は無駄でしたか?」

 土岡警部は人のいい表情を浮かべている。

「いえいえ。欲しかったのは住所と発送した事実だけでなく、受け取った事実もです。発送側に伝票の控えが残っていて、これを配送業者の履歴と照合すれば、官渡祥子さんが荷物を受け取った明確な証拠となりますものでしてな」


 念のために配送伝票の控えをとっておいてよかった。おそらく祥子さんは伝票もダンボールもすぐに処分しているだろう。しかし、少なくとも荷物を送った事実と、住所に記載された祥子さんが受け取った事実はじきに証明されるはずだ。

 守秘義務を交わしているため、祥子さんは口をつぐむかもしれないが、そのときは私が説得して話を伺えるようにしなければならない。

「ところで問題の動画はご覧になりましたか?」

 やけに唐突な物言いだったが、素早く否定した。

「いえ、警察でもお話ししましたが、うちはMacでしてmicroSDカードのリーダーを持っていないんです。だから再生のしようがなくて……」

「実はMac対応のカードリーダーを家電量販店で買ってきましてね。映っている男性はご主人の欣一氏だと思われますが、お相手に心当たりがあるかどうかも観ていただきたいんです。ゆうさんの顔をご存じかもしれませんからね」

「興信所からの報告書で、いちおう顔写真は見ているのですが、存じ上げない顔でした」

 昨日もそう言った憶えがあるのだが。


「そうですか。それではとりあえずご主人かどうかの確認を優先しましょう。木根佑子さんが動いたり声を聞いたりすれば案外見知った人かもしれませんからな。昨日のmicroSDカードとご使用のMacをお借りできますか?」

 昨日持ち歩いていた黄色いクラッチバッグの中からカードを取り出すと、警部に手渡した。そしてMacBook Airをリビングから持ってくる。

「なにからなにまですみませんね。これからお観せする映像は刺激が強いので、もし気分を害されたら言ってください。再生を止めますので」


 了解してMacを起動した。パスワードを入力してログインすると、MacのUSB−Cコネクタに、警部が持っているカードリーダーを変換ケーブルを介して接続してmicroSDカードを差し込んだ。

 ほどなくすると、microSDカードがマウントされ、ドライブとして認識された。Finderでドライブを開くと、動画ファイルが四つ収められている。日付と思われるファイル名がついており、どうやら四週ぶんの裏付け動画となっているようだった。



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