第12話 不倫の証拠
「やはり、ご主人のことを詳しくお話しいただけませんか? 浮気の原因とかお相手のこととか。それと、お食事をご一緒しているという
私が
「黙っていたら、われわれ警察が捜査したことが事実になってしまいます。あなたは火野コーチを
「そんなバカなことが……」
向かいの席に座り、両肘をテーブルに突いて様子を窺っている。隠し立てしないほうがよいのだろうか。少なくとも私と火野さんが人を殺したと思われるのは納得しかねる。
「今、われわれに話したほうが、あなたの立場はよくなるはずです。こちらはあなたと火野コーチとの正しい関係が把握できます。そしてご主人と浮気相手が不倫していることを、あなたが把握していたこともお伝えできます。ご自身の不倫を棚に上げてあなたを非難なさるのなら、われわれがご主人をたしなめます。それに、もしあなたの裏がとれたら、あえてご主人の不倫も、あなたの男性関係も、話さずに済むかもしれません」
「話さずに済む……んですか?」
「内容によるので断言はできませんが」
ふと立ち上がった警部は、空気を変えるように窓を少し開けた。
「少し頭をほぐしてください。われわれは殺人事件と接点のある人物の裏をとるのが仕事です。罪を決めるのは裁判所の領分ですからな。だからご主人が誰と浮気していようと、あなたがご主人に隠れて男性と食事していようと、それが事件と関係ないのであれば話す必要はありません」
確かに警部の言うとおりだろう。私が誰と食事していようと、殺人事件にかかわっていなければ告げ口はしない。であれば正直に話してよいのだろう。
この警部がどれだけ信用できるかはわからない。でも話さないで欣一さんに私たちの仲が知られると、彼の不倫を追及できなくなってしまう。不倫を正当化する理由にもなりかねない。
そこまで考えると、私は意を決した。
「わかりました。すべてお話し致します」
土岡警部が張り付けていた作り笑顔を解いて慎重な面持ちとなった。
すべてをありのまま話せば、この人ならきっとわかってくれる。そう信じることにした。
「事の発端は、欣一さんの洗濯物の中からいかがわしいホテルのレシートが見つかったことでした」
「いかがわしい……。いわゆるラブホテル、と呼ばれるところですね」
「はい。ホテルの名前は立派でしたが、どうにも気になってスマートフォンで検索してみたら、そういうところでした」
「なるほど。で、どうやってご主人の浮気を確信されたのですか?」
あいかわらずなんでも受け止める仏様のような顔をしている。
「毎週日曜日にゴルフへ行くと言っていました。あのレシートは日曜日の日付です。だから、本当はゴルフに行っていなくて、ホテルを利用しているのではないか、と。それで密かに彼の後をつけたんです。そうしたら──」
「女性と密会していた、と……」
首を縦に振った。
「で、その女性はどなたなんですか?」
「そのときはわかりませんでした。写真は撮ったのですが、どこの誰かはさっぱりで……。それを火野コーチに相談したら、探偵さんに調べてもらったようです」
「それが不倫相手」
「はい、
「木根佑子さん、ね」
そういえばあの日火野さんからもらったmicroSDカードがまだクラッチバッグの中に入っているんだった。怖くて中を確認していなかったが、あれが役に立つのでは……。
「ちょっと失礼します。たしかまだ入っているはずなんですけど……」
「なにか証拠をお持ちなのですか?」
えっと、このバッグの内ポケットに入れておいたはず。するとポケットの隅に黒くて小さくて薄いものが目に留まった。
「あ、ありました。これなんですけど……」
microSDカードを警部の前に置く。
「これは?」
「火野コーチが探偵に調べさせた情報のうち、夫の不倫現場の動画が収められているものだとして受け取ったものです」
「中身は確認したのですか?」
「いいえ。うちのパソコンはMacですので扱うためのカードリーダーが付いていないんです。それに──」
「それに?」
「もし本当に欣一さんが木根佑子さんと致しているのがわかったら……、その後どう振る舞っていいのかわからなくて。だから怖くて観ようとも思いませんでした」
「もし動画が真実であれば、ご主人と木根佑子さんの不倫は立証できます。まあわれわれが不倫を裁くわけではありません。あくまでも、あなたと火野コーチが食事のみの関係、というものを立証するための材料になるくらいです。中のデータはこちらでも保管しておきますので、少しお預かり致しますね」
そう言うと、警部は廊下に出て部下にmicroSDカードを持っていかせた。すぐに中へ戻ってくる。
「では、動画が真実だったとして、あなたが火野コーチと食事をしていたのはいつから、どのくらいの頻度でですか?」
「火野さんに相談したあとから、毎週日曜日に……」
「あれ? 奥さん、たしか日曜は八ヶ岳で山登りをしていたはずでは?」
それまで仏様のような表情で聞いていた警部が、一変した。
「それがその……。火野さんの指示で……。ふたりで会っていることが欣一さんにバレたら、慰謝料をとれなくなるということで、欣一さんと同じでアリバイを作ることになったんです……」
「まずいですな」
その言葉の意味を待った。
「奥さんがアリバイを偽装していたとなると、印象が悪くなってしまいます。今回の殺人事件。そもそも誰が殺したのか、その手がかりがまったくないのです。そこで現場から採取した遺留品を調べて、あなたの指紋を採取しました。だからあなたのアリバイをお聞きしたのですが……」
そうか。私が「その場にいた」アリバイを作って実際には「そこにいなかった」のであれば、その「そこにいなかった」こと自体が嘘である可能性が出てくるんだ。思い至ると、確かに私に不利な状況が出来あがっている。
「とりあえず、事件のあった日、その火野コーチとどこの料理店に行ったか教えてください。まずはあなたがあの日あの時間に『本当はどこにいたのか』を確認しなければなりません。ご帰宅が少々遅れますが、疑いを晴らすためです。ご辛抱いただけますか?」
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