第8話 訪問 (第一章最終話)

 ピンポーン。

 再び玄関のチャイムが鳴った。


「はいはい、少し待ってくださいね」

 ドアスコープを覗くと宅配便の制服を着た人が立っている。やはり荷物が届いたのだろうか。手早くドアを開けた。


「あ、かざさんですね。少しお話をお聞きしたいのですが」

 宅配便の人は制服のポケットから黒い手帳を開いて出した。

「こういう者です」

 そう言われて開いた手帳を見ると、写真が貼ってあり名前が書かれていた。

「警視庁……? あ、もしかして警察の方ですか」

「はい、そうです。ちょっと失礼しますね」

 と言うが早いか、トランシーバーを取り出した。

「確認しました。お願いします」

 しばらくすると背広を着た四名の人物が玄関前に集まった。その中で赤茶色のスーツを着たいちばん年上で偉そうな人物が前に出てきた。


「あ、私、つちおかと申します。先ほどお電話した者です」

「えっ? 先ほどって、あの間違い電話ですか?」

「はい、そうです」

 その声を聞いて思い出した。確かに「土岡と申しますが」と言っていた声そっくりだ。

「じゃあ、あの電話は間違いじゃなくて」

「ご在宅かの確認をとらせていただきました。ここで立ち話もなんですし、私どもを部屋に上げていただけないでしょうか」

 確かに警察の人と玄関先で話しているのは人目を惹きすぎる。

「わかりました。狭くて汚いですが、お上がりください」

 ありがとうございます、と一声かけると、宅配便の制服を着た人も含めて五名が部屋へ上がってきた。中には女性がひとりいた。女性刑事だろうか。


 リビングへ五名を案内して、キッチンの冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して、来客用のコップに注いでいく。それをお盆に載せて運んでいった。

「あいにく麦茶しかございませんで、こちらでよろしければ」

 と振る舞った。テーブルには椅子が四脚しかなく、座っているのはひとりだけだった。


「ありがとうございます。これだけ暑いと、冷えた麦茶はさぞおいしいでしょうね」

 唯一椅子に座っていた土岡と名乗った人物が麦茶を一気に飲み干した。

「ああ、生き返るわ」

 私は疑問を抱いた。なぜ警察がうちに来たのだろうか。まさかアリバイ工作がバレている、なんてことはないわよね。


「それで、警察の方がなんのご用ですか?」

「ああ、すみません。つい涼んでしまいました。えっと、実は昨日、八ヶ岳で刺殺された人物がいまして」

「はあ」

 なんだか要領を得ないが、私は「八ヶ岳に行った」ときっぱりと言わなければならないことを思い出した。

「それでいろいろ聞き込みを行なっておりまして」

「私になにかお聞きしたいことがある、と」

「はい、そうです。奥さんにお聞きしたいことがあるんです」

 この土岡という刑事はまだ確証を持っていないから聞きに来たんだろう。であればこちらから先制すれば出鼻を挫けるかもしれない。


「そういえば、下山中に男の人の声で『死体だ!』というようなことを聞きましたが、あれって本当だったんですか?」

「えっ? 奥さん、死体が見つかったのにまるで無関心だったんですか?」

 駆け引きはすでに始まっている。私はさんと打ち合わせた方針どおりに話を展開させることにした。


「すでに下山している途中でしたし、わざわざ遺体を見たいとも思いませんでしたので。それに下手にかかわって警察の方から疑われてもいけないと思いまして」

「そうですか」

「えっ? 私って変ですか? 知らないんですけど、死体を見たい人ってそんなに多いんですか? それに警察と積極的にかかわって親しくなりたいなんて人はいないと思いますけど……」

「そうですよね。私どもも市民の皆様からご理解を得る努力はしているのですが、なかなかご協力をしていただけなくて」

 これには土岡刑事ではなく立っている女性刑事が答えた。


「まあいつも治安を維持していただいておりますし、私も邪険にしたいわけではありませんが。協力できることであればなんでもおっしゃってください」

 この言葉に土岡刑事が食らいついてきた。

「それではお聞きします。奥さん、えっと風見さんでしたね。管轄の交番でお名前や家族構成を確認しております。えっと風見由真さんは毎週日曜に八ヶ岳で登山をしているとお聞きしましたが、事実でしょうか?」

 あれ? おかしいな。毎週通っていることをあらかじめ調べているのなら、なにもこんな尋ね方をせずに済むのではないか。

「はい、あそこは空気が澄んでいて大好きな場所なので」

「そしてこれも調べてきたのですが、毎週テニスクラブにも通っておられるとか」

「あら、そんなことまでお調べになったんですか。大学時代からテニスに親しんでおります。今も腕前を落としたくなくてテニスクラブへ通っているんです」

 警察とは言え、八ヶ岳に行ったうちのひとりの存在に気づき、たった数日でそこまで調べあげられるものだろうか。


「ずいぶんと外交的な性格のようですね」

「性格というより、体を動かすのが好きなだけですわ」

 リビングテーブルの下に置いていた両の手のひらに汗がにじむのがわかる。

「実は、刺殺された人物のそばに、あなたの指紋がついたコーヒー缶とコンビニのレシートが落ちていましてね」

 土岡刑事が上目遣いでこちらをにらんでいる。


「変ですね」

「変ですか? 風見由真さん」

 これは私の出方を試そうとしているように感じられる。それに合格すれば無罪放免。落第すれば警察へ連行される。その試験だ。


「だって私、飲み干したコーヒー缶とサンドイッチの包装ビニールとコンビニのレシートは、下山して帰り際に野辺山駅のゴミ箱に毎回捨てていましたから。それが遺体のそばにあったなんて……。やっぱり変ですよね?」

「それは変ですな。誰かが拾ってそばに置いたとしか思えない」

「それ以外にないと思いますが……」

「そう思わせるためにわざと置いた可能性もありますよね?」

「仮に私が犯人だとして、わざと置いて自分が疑われるのを是とするでしょうか?」

 素朴な疑問だった。


「そう、そこなんです。あなたがわざと置いたとしたら真っ先に疑われてしまう。だから容疑者リストからは一番に外される。そのための偽装ではないか、と」

「私ならそこまでは考えませんが。人を刺し殺したのなら、誰にも見つからないようにしてすぐにその場から離れると思います。わざわざこんせきを残して疑われたら、誰にも見られない意味がないじゃないですか」


「そうなんですわ。あなたが殺した可能性もあるが、あなたを罠にハメたい人物がいる可能性もある。だから詳しい話をお聞きしたくて。場所を変えませんか? 本庁で改めて事情をお聞きしたいのですが」

 ここで拒否したら疑いはさらに濃くなるだろう。従うしかない、か。


「わかりました。それでは夫に連絡を入れてもよろしいでしょうか。晩ご飯の用意ができないので外食してもらわなければなりませんので」




(第二章へ続きます)

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