気付く  side瑠衣


「織、お昼食べに行こ」

「悪い、瑠衣。先約があってな。今日は一緒に食べられないんだ」

「そっか。それならしょうがないね」


 そういって織は足早に教室を去っていった。

 夏休みが明けてから……というか、あの祭りの日から織の様子がなんだかおかしい。何かしてしまっただろうか。怒らせるようなこと。うーん、でも視線は感じるから怒らせているわけではなさそう?  でも目が合うとすぐにそらされてしまうし、今日のように話しかけようにも逃げられてしまう。


「なんかしちゃったかな」

「喧嘩したなら早いところ謝っといた方がいいぞ。女に愛想つかされたらそれきりだ」


 愛妻家(笑)と名高い友人の励に愚痴をこぼす。


「喧嘩じゃないんだよ。なんか距離置かれてるかんじ」

「じゃあ、気づかないうちに怒らせたんだな」

「織はそんな怒りかたしないよ。やるなら徹底的にがモットーだから」

「うわ、えぐそう。なに? やられたことあんの?」

「僕にはないけど、やられているところを間近で見てたことならある」


 あれはトラウマものだよ。というと彼は顔を引きつらせて怒らせないようにしようとつぶやいた。



「織、帰ろう」

「すまない、放課後は委員会が」

「千代田さーん、先輩が呼んでるよー」


 教室の入り口を見ると、織が慌てたように荷物をもって立ち上がる。


「すまん、瑠衣。今日は先に帰っていてくれ」

「……うん。わかった。あんまり遅くならないようにね」


 織は先輩と呼ばれていた人のもとへかけていく。何やら書類をのぞき込んで話し始めた。


「なんか、顔近くないか?」


 いや、顔というより距離感? なんだろう。


「そうか? お前と千代田さんの距離もなかなかのものだったけど」

「え?」

「いやいや、あの距離感で無自覚? 嘘だろ? よく思い出してみ。そんで俺との距離と比べてみろ」


 励との距離と織との距離を比べてみる。


「いや、でも、織とはあのくらいが普通だったし」

「じゃあ、今の俺との距離と千代田さんとセンパイの距離比べてみ?」

「……ふつう、か」


 じゃあ、この不快感はなんだ?


「お前らな、今までが近すぎたんだよ。千代田さんが自主的に離れているのもそういうことなんじゃねーの?」

「そういうこととは?」

「それはだね、瑠衣君よ。この世には自分で気づかないといけないものもあるのだよ」


 にやにや笑う励を軽く殴った。




 織のいない帰路を一人で歩く。一人でいるというのはこんなにもつまらないものだったろうか。

 織と離れるのはこれが初めてではない。中学のときは赤の他人のように過ごしていた。それは織と話して決めたことだったから。隣の家に呼びに行けばいつでも織は迎えてくれた。だけど、ああ、そうか。なんの相談もなしにこんなに離れているのは初めてなのか。じゃあ、この気持ちは親離れとか姉離れとかになるんだろうか。

 いや、違う気がする。


 励との会話を思い出してみる。


 なんであの時不快感を覚えた? 織が自分以外と話していたから? そうじゃない。確かに織は友達が多い方とは言えないけど、それでも人と話すことは普通にあったはずだ。じゃあなんだ。僕が一方的にあのセンパイとやらが気に食わないのか? なんで気に食わないんだ? いや、この前廊下ですれ違っても何も感じなかった。じゃあ織関連か。なんでだろう。まさか織が僕以外を優先したからなんてこと……


 そこではっとする。


 え? 織が自分以外を優先させたから僕は不愉快になったのか? まさか。そんなことあるわけがない。だって織も一人の人間なんだ。僕以外を優先させることがあってもおかしくはない。そう、おかしくないんだ。おかしいのは僕の方だ。そんな、織のことを所有物みたいに。僕の所有物のように。


 乾いた笑い声が口の端から漏れる。


 ははっ、そうか。そうだったのか。いつからだ。いつから、織が僕のものだと錯覚していた? ああ、汚いな。

 織は僕のこの感情を知っていた? 気づいていた? いや、気づいてしまったから逃げようとしているのか? だけど、織。君は逃げるのが遅すぎた。いや、逃げるのが下手すぎた。


  *


「ね、励。ありがとう」

「どうしたよ。藪から棒に」

「ん? 昨日アドバイスしてくれたでしょ。そのお礼」

「アドバイス?」

「うん。織と僕の距離のこと」

「ああ、そんなこと話したか」

「励のおかげで織を逃がさなくて済みそうだ」

「ようやく俺らの言いたかったことが伝わったか……って、は?」

「いやー、早く気づけて良かった」

「ちょ、おま、何言ってんの」

「織も下手だよねえ。前みたいに相談してからなら離れて行ってもきづかなかったろうに」

「一応言っておくが、瑠衣。犯罪はダメだぞ」

 励はため息を吐くと織の方に向かって合掌していた。


  


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