4章ー3 もう一人の転生者
アリアトの森が一瞬静寂に包まれる。
沢山の魔物が入り口付近の私達パーティーのいる場所に集まっていた。
魔物は本能でしか動かない。
だから、一斉に飛び掛かってきてもいいものなのに、息を潜めてこちらを伺っているようだった。
風もやみ、木々が風に揺れる音さえもしない。
マッケンローもアイザックも動かない。
私達3人はテオの貼った結界の中で身を潜めていた。
静寂の広がるこの森で音を出すことが躊躇われた。
何処かから、「ミャーオ」という猫の鳴き声が微かに聞こえた気がした。
テオが聞き取れるかどうかの小さな声で「猫?」と呟くのが耳に入ってきた。
私はゆっくりとテオを仰ぎ見る。
テオは少し誤魔化すように口の端を持ち上げ目を逸らした。
微かにしたその鳴き声をきっかけにしてなのか、魔物たちが動き始める。
森の奥に戻っていく気配も感じるが、何匹かはこちらに向かってくる。
その何匹かの下級の魔物をマッケンローとザックが簡単に倒してしまう。
僅かな時間だったと思う。
私達はその戦闘をただ観ているしかできなかった。
「何だったんだろうな?」
下級の魔物が襲ってくることもなくなり、一息ついたところで私達5人は一つの大きな樹の下で話し合いを始めた。
今日、これからどうするのか、みんなで話をするのだ。
「僕の空耳かもしれないけど、キトの鳴き声が聞こえた気がするんだ」
リックが私とテオに同意を求めるようにこちらを見た。
テオが「あぁ」と頷く。
私の耳には確かに「ねこ」と言ったテオの声が蘇る。
「あれはキトの鳴き声だったの?テオは『ねこ』と言わなかったかしら?」
私がテオに確認する。
マッケンローとアイザックが顔を見合わせる。
「『ねこ』とはどんな魔物だ?」
「いや、私も知らないが……」
テオが私をみて、ため息をついた。
「『猫』というのは僕の故郷の言葉で、キトのことだよ」
故郷?
猫は日本語だし、テオは同じ日本からの転生者?
「故郷」という言葉に反応をしたのは私だけではなかった。
「テオ、お前ウィルス王国の生まれじゃないのか?勇者石の儀式の時、『生まれはウィルス王国』と申請があったと思うが虚偽の申請か?」
「いえ、生まれもウィルス王国ですし、両親もウィルス王国の平民で間違いありません。僕が故郷と言ったのは……」
テオが言いよどむ。
「両親ともウィルス王国の人間で間違いないのか」
マッケンローが堅い口調で問いただす。
テオは少し青い顔をして首をブンブン縦に振った。
リックが王太子然とした態度で改まった口調で王国出身でない勇者を持つことの国への影響を教えてくれる。
「これはあまり知られていないことなのだけど、今この大陸には3つの国があって、それぞれ勇者を排出してるのだけど、勇者は基本的に人類を守る存在としてではなく、国を守る存在なんだ。だから、他国の血を持つ勇者を持つと勇者の故郷の国と争いになる可能性があるんだ。効力は強くはないけれど、3国間で3世代前までに遡ってどこの国の人間なのかハッキリさせたうえで勇者石の儀式をするっていう契約があるんだ。ウィルス王国ではそのことは王家の勇者石に携わる人間しかしらないことだよ。当然、アイザックは知ってると思うし、マッケンローはきっと他国にも行ったことがあるだろうから、知っているよね。僕は勇者となる時に兄上から聞いたんだ。知っていて損はないからと」
リックが真摯な目をしてテオをみた。
テオが嘘をついているとは思っていない。それでも拭いきれないものを感じた。
テオが観念したように頭を項垂れた。
そして、ポツポツと言葉を紡ぐ。
「俺の両親もその両親も正真正銘ウィルス王国の人間だ。調べられても何も出てこない。自信を持って言える……。さっき、『故郷』と言ったのは……」
私達全員を見回して「信じてもらえるかどうか分からないけど」と話を続けた。
「俺は10歳の時に高熱で死にそうになったんだ、その時に、この世界に生まれる前の記憶が蘇ったんだ……。夢だと思った。自分がおかしくなったんじゃないかって……。でもその世界は平和で魔物なんていなくて、人が死ぬところを見ることもなかったんだ……。その記憶は鮮明で……」
誰も何も言わなかった。
不思議なことが起こる、魔法があるこの世界においても生まれる前の記憶には否定的なのかな?
私はそっと皆を盗み見た。
これは私に対する反応になるのだ。
彼はきっと日本からの転生者だ。
だって「猫」を「ねこ」と呼ぶのは日本だけだ。
マッケンローとザックは狐につままれたような顔をしていた。
リックは、ビックリするぐらいキラキラした目をしてテオを見ていた。
「それは本当に実在する国なのか?魔物がいない??凄い!!」
リックの反応にテオの方が戸惑っている。
「信じてくれるのか?両親にも言ったけど、バカにされただけだった」
「信じるよ、だって仲間なんだから!その国の名前はなんていうんだ?平和だったんだろ?」
キラキラしたリックにテオが小さな声で答えた。
小さな声だったけどはっきりと耳に届いた「日本」と。
私はその国の名を聞き何故か身が堅くなるのを感じた。
蘇る父の怒声と母の涙。
ザックが私の変化にサッと気付く。
「フィラ、どうした?大丈夫か」
私は慌てて「大丈夫」と答える。
マッケンローが小さく息を吐く。
「わかった。このことについては、また帰ってゆっくり話をしよう。それで、どうする?」
一向に進んでいない今日これからのことに話を戻した。
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