4章ー2 アリアトの森の異変

王都からの道を途中で大きく外れた。

基本的に森に入るのは魔物の魔石を必要とする冒険者くらいだ。

騎士団と言えど、進んで魔物の討伐を目的にわざわざ森に入って訓練はしないから、今日の実践訓練は異例中の異例と言えた。

マッケンローはチラッと後ろを振り返った。

目が合う。

恐れはないが緊張していた。

テオもリックも会話がない。3人黙ったままだ。

マッケンローは強い目をして私たちを見ていた。

「おい、そんなに緊張してたら、魔物に食われるぞ」

そう言って体ごと振り返り、私達の頭を小突いて回る。

テオが苦笑しながら「そうは言っても初めてだから、やっぱり緊張するよ」とボソリと呟いた。

リックはそれに乗っかるように頭をブンブン縦に振っている。

深い話は出来なかったけど、それでも私たちの間にあった壁は大分低くなって、丁寧な言葉を使うことが無くなったし、ある程度怖さとか弱さとかを見せられるようになった。

本当にリックの変化が一番大きいと思う。

王太子として、国民の手本にならなければと随分無理をしていたみたいだ。剣の腕は本当にすごいけれど、それ以外は意外と臆病で緊張しいで人見知りだった。

私はというと緊張はしてるけど、それはどちらかというと実践で魔物と対峙して自分の今までの成果が試せることへの期待の方が大きいことに気づく。

たぶん、テオもリックも本物の魔物に遭遇したことがないのだろうけど、私は違っていたから、幼いころ、ゲオが私を連れて魔物狩りをしていた。つまりは魔物を実際に見たことがある。あの頃のゲオには到底およばないけれど、それでも、幼かったあの頃の自分とは違うと断言できる。それが嬉しかった。

コツン。

後ろから頭を小突かれ、振り仰ぐとザックの顔が見えた。

「フィラ、くれぐれも無茶はしてくれるなよ」

真剣な顔だ。

私だけ保護者同伴。

「フィラは保護者がいるから安心だね」

リックがこともなげに言う。

「リック様、私は勇者達皆さんの護衛ですから」

「騎士団長、此処で様付けは禁止だ。それを守れないんだったら帰ってもらうから」

マッケンローが透かさず指摘する。マッケンローは騎士が護衛につくという条件はのんだが、それが騎士団長だなんていうのは聞いてないと昨日、騎士団長が来ると決まってからずっとブツブツといっていた。

「マッケンローはザックのことがあまり好きではないの?」

私がずっと思っていたことを口にする。

テオがニンマリと笑い、リックがブッと吹き出す。そして、当のマッケンローは顔を真っ赤にしていた。

ザックが私の頭を撫でながら、「聞きにくいことをきくんだな」と小さな声で囁いた。

「フィラは場を和ます天才だ」

テオが私の背中を叩いた。

「痛いよ、テオ」

「あ、ごめんごめん」

さほど、気にする風でもなく簡単に謝罪の言葉を口にする。

そんな軽いやり取りの後にマッケンローが重たい空気を纏いながら私の問いに対する答えをくれた。

「嫌いじゃない。むしろ逆だ。すごい人だと思ってる。だからこそ近寄りがたいんだ」

愛の告白だった。

私達3人は思わず顔を見合わせてそして吹き出した。

3人の子どもの笑い声が青い空と目の前に広がる緑の木々の中に吸い込まれていく。

ザックは顔を赤くしながら頭を掻いた。

私はやっぱりその仕草をみるとホッとする自分を見つける。

私達5人の空気が和んだところで、本格的な森の入り口にたどり着く。


私達5人は横一列に並んだ。左右にマッケンローとザックが立ち真ん中に私がいた。

太陽はまだ頂点には到達していない。

あの太陽が西に傾くまでの数時間この森の中で過ごす。

下級の魔物しかいないとは言え、油断は大敵だ。

「じゃあ、入るぞ」

マッケンローの掛け声とともに、木々の間に体を進ませる。

一歩木々の生い茂る森に歩を進めると、そこは別世界の様だった。

まず、体感温度が2、3度下がる。ひんやりした空気に包まれた。それが、また小さな不安を産んだ。

木々から木漏れ日が入ってくるものの昼間なのに薄暗い。

私はすっかりこの森の雰囲気にのまれていた。

私の頭の上でマッケンローとザックが危険な臭いをとらえていた。

「アリアトの森ってこんな感じだったか?マッケンロー、私はあまりこの森に来ることはないのだが、前来た時よりも明らかに魔物の気配が強いと思うのだが……」

「あぁ、おかしい。俺が王都に帰ってくる前に少しこの森に寄ったんだ。その時はこんなことなかった。明らかに何かがおかしい」

「まだ、来たばかりだが、このまま実践訓練に入るのは考えた方がいいのではないか?」

ザックがマッケンローにひき返すことを提案していた。

私達3人は顔を見合わせる。

本当に?

私達がこの場所にきたのは初めてのことで違いは分からない。ただ、不穏な空気が流れているのは分かる。でも、このまま帰るなんて嫌だ。

「ねぇ、テオとリックはどうしたい?ザックがマッケンローに引き返すことを提案してる。私は何もせずに帰るのはいやだ」

テオが困った顔をする。

「本当に僕たちの中で一番好戦的なのはフィラだな。そりゃ、此処まできて何もせずに引き返すのは嫌だけど、生きていなくちゃいけないでしょ」

テオは引き返す方に賛成みたいだ。

リックは顔を強張らせたまま、「戦いたい」と呟いた。握った拳が震えてる。

「怖いのに無理しない方がいい」

テオがリックの頭を撫でようとしたら、リックの手がテオの手を振り払い強い目でリックがテオを睨み付けた。

「怖いよ、怖いけど、乗り越えなきゃいけない怖さだ。僕は強くなりたい」

リックの声が森に響き渡った。

ザックもマッケンローもリックを見ている。

マッケンローがザックに「腹を決めてくれ」と言って森の奥を睨んだ。

ザックは黙ってうなずく。

と、同時に数個の黒い影が私達より2メートルほど離れた木の影の間を行ったり来たりしている。

それより奥の緑の茂みの方からも数体の魔物の気配。

ザックとマッケンローがサッとそれぞれに動き始める。

「お前たちは今は動くな。テオ、誰も殺したくないなら、絶対にその場にいることを守れ、出来たら結界貼っとけ」

マッケンローが私達に指示を出した。

魔物が想定した以上に一度に押し寄せてきているのだ。

1体ずつなら、訓練としてどうとでもなったのだろうが、森の魔物たちが一斉にこちらに向かってきているようだった。

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