4章 訓練の日々

4章ー1 実践訓練の始まり

勇者マッケンローが帰還し、勇者だけで話し合いを行った次の日から、事態は動き始めた。

今勇者塔にいる勇者のうち成人しているのはテオだけだ。

私もあの日の夜初めてテオの年齢を知った。

テオは16歳だ。

この国は15歳で成人となるから、テオはギリギリ成人といったところだ。

私が8歳でリックが11歳。

こんな幼い子どもを王都の外に連れ出して訓練を行うということに最初国王をはじめ宰相や多くの大臣が反対した。しかし、マッケンローはどんなに実践が大事か説き、半年の城内訓練の後に連れて行くことを王国首脳陣に許可させたのだ。

もちろん、ウィルス王国の国民にも周知された。勇者についての問題は国民の安全な暮らしに直結するからだ。現在、幼い勇者とつい先日一人で帰ってきた勇者しかこの国にはいない。災害級の魔物が現れたとき、幼かろうが今勇者と呼ばれる彼らがその魔物と戦わなければならないのだ。強くあってもらわなければならない。

国民の間でも幼い勇者に王都外への魔物退治実践訓練については賛否が分かれた。

私はリリーから城外の貴族地域と平民地域で同じように賛否が分かれていることを教えてくれた。

「やはり、10歳にも満たない少女を魔物の前に差し出す真似をするのはとても罪悪感が伴うのだと思います。賛成派も、自分達の安全というよりはマッケンロー様がいらっしゃるうちに幼い勇者達を鍛えてあげて欲しいという思いがあるようで、賛否は賛否ですが、どちらもフィラ様やテオドール様、セドリック様のことを考えた結果のようですよ」

リリーがお昼の軽い食事の準備をする中で微笑みながら話してくれる。

「リリーは?リリーはどう思う?」

私はリリーが準備してくれたサンドイッチを頬張りながら尋ねる。

「私ですか?私はフィラ様が良いと思われた方が正解だと思っておりますから……、でも、そうですね。フィラ様なら実践での訓練を望まれるのではないかと思っております。私はフィラ様が簡単に魔物に負けるとは思えません。フィラ様の強さは剣裁きや魔法の使い方だけではなくその心根だと思っています。そういう方は運も味方になります。だから絶対に大丈夫です」

私はサンドイッチを咀嚼しながら、力強く頷くリリーを見る。

リリーの私に対する自信は自分の自信にもなる。

リリーが私を信じてくれるから、私は私を尚一層信じることができる。

他人に自分の人生を預けて生きてきた加賀美かすみだった。自分に自信は皆無だった。ギプソフィラに生まれ変わりゲオとフローラルの愛情のお陰で自分を少し愛せるようになった。そして、ザックとリリーのお陰で自分を信じられるほどになったのだ。

心が強いとリリーは言ってくれたが、それは私がしたことではない。私の周りの人たちが私を強くしてくれたのだ。

私はキラキラと瞳を輝かせているリリーに思わず「ありがとう」と呟いていた。

リリーには聞こえなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。もし、聞こえていたら「フィラ様、感謝なんてしなくていいんです!!」と言われること間違いないから。


それからの毎日は王都の外の森に住む魔物について徹底的に知り尽くすように知識を学んだ。その知識にはティーテクトの講義がとても役にたった。勇者塔の専属の講師ではなかったもののその知識量をマッケンローに買われ、勇者全体に講義をすることになった。ティーテクトの講義の時にはマッケンローも入り、マッケンローの実践の中で得た知識も披露された。ティーテクトの顔がイキイキと輝いていて、私も嬉しくなる。

実践練習では大半を4人一緒に行った。

魔物が出てきた時にどのように対処すればいいのか、魔物ごとの対処法を学び、誰が何の役目をするのが最適か、実践練習をする中で探っていった。個人で足りない技術は、合同訓練以外の時間に各自で行うことになった。

今までのんびりとしていた勇者塔が一気に活気づき、それに伴うように王城の中も忙しなく人々が動くようになった。

私たち3人はマッケンローに鍛えられていった。

マッケンローは勇者がバラバラに訓練をしていて、5人で出発したはずの勇者パーティーが1ヶ月経たずに4人になっていたことを教えてくれる。そして、その後、一年も満たないうちにもう一人を失った。その時の一人はパーティーから逃げ出したらしい。命をかけるような戦いが何度かあり、耐えられなくなったのだろうと寂しそうに話をしてくれた。

「旅を始める前からもっと他の勇者達と話をして連携の取り方を話したり、もっと他の大切なものの話をしたり、なんで勇者になったのか、そんな大事な話をしていれば良かったと思ったよ。3人になってはじめて俺達が仲間と言える間柄になっていないということに気づいたんだ。3人になってはじめて家族の話や勇者になった理由なんかを話したよ。それから4年、5人の時よりも随分魔物と戦うのが楽だった。最期は呆気なかったけどな……」

マッケンローの話は心に響いた。他の二人の心にも響いているようだった。

私達3人はそうは言ってもなかなか話をする仲間になるのが難しかった。

私は赤い髪の親のことを触れるのが難しい存在で、リックは王太子。テオは平民だ。

腹を割って話をするというのが難しい気がした。

マッケンローはそれでも3人の連携、仲間意識がこれからパーティーを組む上でとても大事だと、根気強く3人に教えてくれた。


結局、初めて王都を出て森に行く日まで3人で深い話をすることはなかった。

王都の近くの森を「アリアトの森」という。

アリアトの森には下級の魔物が多く存在していた。

強くても中級の魔物までしか確認されておらず、冒険者もこの森からクエストをこなしていくことが多い。

その日の朝はまだ息が白くなるほどの寒さの中にあった。

騎士団長のアイザックが初日だけ一緒に来ることになった。

色々な仕事をこなしている忙しい彼はこの日のために無理をしたらしいとリリーから聞いた。

リリーは本当はメイドではなく情報収集のプロなのかもしれない。あまり知られていないようなことも時々教えてくれる。

マッケンローが「過保護だな」とブツブツと言っていたが私は聞き流した。

ザックが意外に過保護なのは、もうよく知っていた。

それでも、アリアトの森での実践訓練に反対しているとは聞いたことがないから、彼はこの実践訓練が如何に大事か分かっているのだ。

故郷の村が魔物に襲われ、ゲオの魔石を取り出した経緯を知っているザックは私が魔物に臆するとは思っていないだろう。それでも、実際に魔物と対峙した時にどうなるか分からない。王城で訓練を受けるだけで、その後放り出されるように実践で魔物と対峙すすよりも、助けがすぐそばにいて、魔物と何度も対峙し、魔物になれる方がずっと生き残る確率が上がる。

今の勇者達3人は特別な存在なのだ。

建国以来、王家の血筋が二人も同じパーティーに居たことがない。

しかも今回は赤い髪の王の色をもつ人間がいる。

私達の勇者パーティーは国中から期待されていた。


「では。行こうか」

マッケンローが一言告げ先頭に立って歩き始める。

私とテオとリックがその後に続き、最後にアイザックがついてくる。

朝日で私たち5人の影が王城の門の下に長く伸びていた。

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