3章ー4 ハリーの訪問

私たちは城を後にする。

ザックが先を歩き、リリーが私の後ろを歩く。

私の背が低いから前と後ろからは私の姿は見えなくなる。


王城の回廊を出口に向かい歩いていると足元に擦り寄る存在が現れた。

リリーがザックに声を掛ける。

「アイザック様、キトです。キトがフィラ様の足元に」

ザックは歩みを止め、振り替える。

私は足に触れるその存在に目を見張った。

キトと呼ばれたそれは、猫のような見た目をしていた。

私はこの世界にきて初めて魔物以外の動物を目にする。

もしかすると、父と母と暮らしたあの街にもいたかもしれないけれど、記憶にない。

私はザックに触って良いか確認する。

「触っても良いが、、、」

ザックが何か言い淀んでいるが、私は構わずしゃがみこみキトに触れる。

やっぱり猫のようだ。

白い毛並みで美しい肢体。

「これは王家が飼っているのですか?」

私が誰ともなしに問いかける。

「いや、キトを飼っているとは聞いてない」

ザックが渋い声で答えた。

私たちを回廊の奥に隠し、少し用ができたと来た道を戻っていく。

リリーが私を隠すように立っている。

白いキトは私が撫でると嬉しいようで私の膝に乗ってきた。

「珍しいですね、白いキトなんて。普通は黒が体のどこかに混ざっているのに、、、」

「そうなの?」

「はい、キトは動物の中でも魔力があります。しかし、人間を襲ったりしませんから魔物扱いにはならないのですが、、、王城には結界も張ってあり、野良の動物が入ってくることはほぼ無いのですが、、、」

私はコクコクと頷きながらもずっとその白いキトの体を撫でていた。

ほどなくして、キトはミャーと鳴き私の側を離れ王城の外に抜ける道にスーと消えて行った。

私達はキトの消えた方を見る。

そこから一人の少年がやってきた。

黒い髪の整った顔立ちの少年。

私は無意識に立ち上がる。

少年も私に気付き、目を見開いて私を見た。

視線がぶつかる。

リリーが膝を折った。

「セドリック殿下でございます」

私にだけ聞こえる声で相手が王族であると伝えてくる。

私も急いで膝をおる。

その少年の視線が私の髪に移行するのが分かった。

私は顔を上げることをせず、王族である彼に道を開け、膝をついたままだ。

その黒髪の少年は声を発することもなく、私達の横を通り過ぎる。

殿下であるにも関わらず、彼は侍従を一人も伴わず、近衞さえもついていない。

そして、王族であっても赤い髪をしていないことに私は気付く。

この赤い髪は一体何なのだろう。

私は俯きながら見える自分の赤い髪を見た。


少年の足音が消えたころ、ザックが帰ってきた。

「邸に帰ろうか」


邸に帰るともうすっかり日が暮れていた。

夕食を食べて、明日に備え早く休むつもりだったのに、なんと、ハリーがお忍びでやってきたのだ。

私はザックの部屋に呼ばれた。

私が入室するとすぐにハリーが私に頭を下げた。

「今日は突然言ってすまなかった。びっくりさせたし、怖がらせたんじゃないかと思って、ザックにも怒られたんだ。来るなら先に知らせとけって」

今日の昼間、儀式の下見に行ったときに突然現れたヘンリー殿下の時とは全然違う、威厳のかけらもないハリーについつい笑ってしまう。

「いえ、ザックにも、明日の予行練習のようなものだと言われましたし、王族の迫力ってすごいんだなって思いました。今とは全然違うハリー様をみれて良かったです。もし、明日初めてあのハリー様に会っていたら、儀式が最後まで恙なく行えてなかったかもしれません。そういう意味では今日突然でも来て頂けて良かったです。ありがとうございます」

ニコリと微笑みながらハリー様に感謝を述べる。

ハリー様がまた目に沢山涙を溜めて、私をまぶしいものを見るように見る。

「予想以上にフィラの波紋が広がっていてね、、、ちょっとこちらも手をこまねいているんだ。王も王妃もフィラに大層興味を持たれていて、困ったものだ」

ザックが頭を掻いた。

私はザックのそのしぐさを見て、ザックも王と王妃に困らされているのだと思う。

「それは私の髪が赤いからですか?」

今日回廊ですれ違った少年の真っ黒い髪を思い出す。

ハリーとザックは目を合わせ頷き合った。

「そうだ。フィラのその赤い髪は代々このウィルス王国の王となる者の髪色と言われている。ハリーが王位継承権1位なのも、第一王妃の長子というだけではなく、その髪色も関係している」

あぁ、この髪色は王の色なのだ。

「明日の儀式では、王から国民に勇者になるギプソフィラについてお話をされる予定だ。王族は遡ればこの国の最初の勇者だ。この髪色が王の色と認識されている今、この髪色をもつ勇者がたつことで国民は安心するだろうとおっしゃられていた」

私は小さな疑問が生まれる。

「王様は私のことご存知なのですか?」

ザックもハリーも一瞬動きが止まる。

「知っているだろうな」

ハリーが小さく漏らした。

ザックは口を噤んだままだ。

「ザックが知っていて、父上と母上が知らないわけないだろうね」

ハリーは珍しく何も言わないザックをチラッと見て、私の頭に手を置き、頭を撫でる。

「こんなにかわいい孫が出来ても、王はたぶん国のことしか考えてないと思う。母上は内心すごく可愛がりたいと思うし、きっと経緯を聞いたら甘やかしたいと思うだろうけど、、、父上は国王だからな」

その言葉の端々に子供として愛情を注がれてこなかった寂しさが滲み出ていた。

ザックは何も言わない。

たぶん、何も言えないのだ。

ハリーや私の心に寄り添うことも出来ず、嘘をつくことも出来ず、誤魔化すことも出来ない。

二人の反応が私にはとてもなじみのある感覚だった。

逆らうことなど出来ない絶対君主。

底にあるのは国を守るという大義かもしれないけれど、個人として家族として対峙した時に、加賀美かすみの父親の自分勝手さと何が違うというのだろうかと考えてしまう。

前世、私は何もかもがどうでも良かった。

だけど、今生、私は愛情を沢山もらった。どうでもいいことが少なくなった。

なによりも自分をどうでもいい存在とは思えなくなった。

加賀美かすみ時代は母にとって大切な存在だった私は、今、死んでしまった父と母、そして、ザックとリリー、血のつながった父と前世よりも多くの人間にとって大切な存在になれた。私はその人たちのためにも幸せでありたいと思う。

絶対君主である前世の父親に屈してきた私だけど、今生は本当の王様であっても自分を通したい。

母は自分を通すために王家を捨てて、私を産んでくれた。

私はそんな母の娘だ。

前世のころ、自分に力があればと願っていたけれど、力は自分の中から湧き上がらせるものだ。フローラルは強い人だったけど、それは強くあろうとしたからだ。私も強くあろうと思う。

今生の絶対君主は本物の国王だ。

国王と対峙しても震えず、堂々としていたい。

今私にできることはそれだけ。それでも、震えて、目をそらし、相手に主導権を渡すようなことはしたくない。

私は、何も言えなくなったザックと哀愁を漂わせているハリーを横目に目に力を込めて決意を新たにした。

私の後ろに控えていたリリーが、私の拳が堅く握られるのを静かにそして誇らしげに見ていた。

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