3章ー5 勇者石の儀式

王城の広場に多くの人が詰めかけていた。

その広場の見える窓には貴族が陣取り、儀式の行われる広場の周りには平民であろう人々が押しかけていた。その人の波は広場の外まで続いていた。

貴族街を通り過ぎたこの場所に多くの平民がいることに私は驚いていた。

私の驚きに答えてくれたのはリリーだ。

「勇者の誕生を見守るこの儀式は平民も貴族も関係なくこの広場に集まるのです。この日だけは特別に平民が貴族街を通れるように平民用の道を貴族街に作るのですよ」

私はリリーの説明に納得した。

「それにしても例年にないほどの人が詰めかけています。フィラ様のことが平民の間でもウワサになっているようでして、王家の髪色をした少女が勇者となる特別な儀式と言われているようです」

私は自分の髪を梳いて毛先を目の前に持ってくる。

この髪は本当にすごい色なんだと思うと同時にフローラルが魔法をかけて私のことを守ってくれていたのだと思い知る。

何度も何度も決意を固めてきた。

この人たちの目に晒される決意、まだ見ぬ国王と対峙する決意。

それでもこれほどの人が集まる様を見せられると逃げ出したくなってくる。

私は儀式用の白い装束の下にある胸の前の皮袋を握りしめる。

この革袋の中には3つの魔石があった。

ゲオとフローラルとゲオの父親のものだ。

私はゲオとフローラルを思い出す。

思い出の中の彼らに力を下さいと祈りをささげた。

魔石が少し熱くなった気がする。

全てが気のせいかもしれないけれど、ゲオとフローラルが私をギュッと抱きしめてくれる。

フローラルの声が聞こえた。

「大丈夫よ。フィラ、私の愛しいフィラ。貴女はもうすでに私を幸せにしてくれたのよ。だから、どんなことが起こっても私はフィラの味方よ。大丈夫、私が守るわ」

私の周りに結界が張られたように半径1メートルの世界が静かになった。

フローラルに守られている感覚が生まれる。

そう全ては気のせいかもしれない。それでもその感覚はとても心地が良かった。

儀式の始まる直前なのに、フッと全身の力が抜ける。

何故だか、大きな安心感に包まれた。

私は握りしめていた革袋から手を離し、儀式で使用する短剣を握る。

リリーもついて来れない。

ハリーは王太子として王家の席に座り、ザックは騎士団長として国王の警備にあたる。

本当に一人で儀式に臨むのだ。

もしかすると転生して初めてかもしれない。

転生して7年、常に私を大切にしてくれる人が私の側に居てくれた。

私はそのことに今気付く。

今気付けたことに感謝が溢れる。

人は大事なものを失くさなければ気付かないというけれど、私は失くしたわけではない。

ただ、今回の儀式だけは一人なのだ。

この儀式がなければ気付かなかった。

この7年の奇跡みたいな日々を。

ゲオとフローラルをなくした時でさえ、ザックが傍にいてくれた。

何だか勇気が湧いてくる。

自分のことがどうでも良くて、人が気にならなかったあの頃とは違う。愛されている人間の勇気、人が気にならないわけではないけれど、それでも、人の前に立つことへの恐怖が和らぐ感覚。

私は大丈夫。

心の中で知らず呟いたその一言が終わると同時に儀式開始の鐘の音が王城中に鳴り響いた。


鐘の音と同時に国王や王妃、王太子らが数名王族の席に着く。

進行は王位継承権1位のヘンリー殿下だ。

そう、ハリーが進行を務めるのだ。

ハリーの声が王城に響き渡る。

「勇者候補、入場」

私はその声の後、広場の王族席の前に進み出る。

それは広場の真ん中だ。

広場には他に勇者石が台座に鎮座するのみだ。

その場に集まった者たちの目に私の姿はよく見えるだろう。

私が広場中央に進むにつれ、静けさが波紋の様に広がっていく。

誰もしゃべらない、咳払いさえない。

私が広場中央に到着した時、その場は静けさで満ちていた。

私の髪が壇上で司会進行をする陛下の髪色と同じだった。

その場でその色の髪を持つ者は3人だけだ。

陛下と殿下と私。

誰もが息を飲んでいる。

これほどまでに色濃く髪色に表された血の繋がり。

その静けさを破ったのはハリーだ。

「それでは勇者候補のギプソフィラ、その方の血を勇者石に垂らすがよい」

私は一度膝をつき、肯定の意を示した後に立ち上がり、勇者石の上で短剣を構えた。

一度深呼吸をし、真っ青な空を見上げ、指先に視線を移す。

私は短剣の先を少し指さきに走らせる。

思ったよりも深く傷が入ったようだ。

指先がズキンと痛む。

血が勝手にポタポタと勇者石に滴った。

勇者石に血が触れると同時に勇者石が光輝く。

一瞬、ピカッと大きくあたりを照らした。

固唾を飲んで見守っていた観衆のうち、平民の一人が大きな声をあげる。

「すごい!初めて見たこんな勇者石の光り方!!すごい勇者が誕生したんだ!!」

興奮気味に発せられたその声を皮切りに大きな歓声が広がっていく。

人々にとって勇者は絶対に必要な存在だった。

勇者の強さが魔物の被害を減少させるために必要なものだったからだ。

人々は魔物を操ると言われている魔王を討伐してくれる勇者を望んできた。

しかし、多くの勇者は魔王に遭遇することもなく、ただ魔物退治をするだけだった。

最近魔物の動きが活発化していて、強い勇者を望んでいた人々にとって特別な勇者は希望だった。

その希望となる勇者が誕生したかもしれないのだ。

私は人々の期待に押しつぶされそうになりながら、自分の指先の傷に治癒魔法を施す。

ズキズキと指先は疼いているにもかかわらず、傷は消えてなくなった。

ハリーが静かに、それでもその観衆の興奮よりも大きな声で儀式をすすめる。

「静粛に。これより国王陛下からのお言葉を賜る」

ハリーの声に広場が揺れるほどの興奮が静まっていく。

国王が席を立ちあがるころには、興奮状態ではあるものの、その場は静寂に戻っていた。

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