閑話 赤い髪の少女ーアイザック視点ー
王から直接頼みごとをされたのはこれで2度目になる。
一度目はフローラルティア様が逃げるときに手助けをしてやって欲しいというものだった。
直接の頼み事は基本的に秘密裏に進めて欲しい案件だ。
私は何故フローラルティア様が逃げなくてはならないのか、聞きたいことは山ほどあったが全て飲み込んでその王の勅命を引き受けた。
フローラルティア様にお子が宿っていることは、フローラルティア様を前にして直ぐにわかった。そして、それが誰のお子で何故逃げなければならないのかという理由も、、、
フローラルティア様とヘンリー王子が秘密裏に愛し合っていることは公然の秘密だった。
それでもいつかは二人とも別の相手と結婚をする。
それが王家の一員である義務だった。
フローラルティア様にお子が宿ったのはただの偶然なのか、運命のようにも思った。
王はこの事実をご存知でフローラルティア様の手助けを私に申しつけたのだ。
近親婚は異端児を産む確率が上がる。
それを知っていて、二人の関係を放置し、二人のお子に手を差し出された。
私はお子を助けるためにあらゆる手段を用いた。
ゲオルグをフローラルティア様の元に手招いたのもその一つだった。
ゲオルグはホー帝国の騎士団の一員だった。
ヘンリー王子とは少し違うけれどそれでも長い赤い髪を後ろに一つに束ねていた。剣の腕もホー帝国の騎士団一だった。
そして、何より、フローラルティア様に心酔していた。
友人でもある彼を誘いだし、フローラルティア様に会わせたのは私だ。
彼ならばフローラルティア様を傷つけず、彼女とそのお子を守ってくれると確信していた。
それほど、長い間を共にした友ではなかったが、私の勘が囁いたのだ。「彼をフローラルティア様の護りに」と。
それは正解だったのだと思う。
王の2度目の勅命はそのフローラルティア様の元に行き、彼女の子を引き取る事にあった。
私は彼女が自分の子を手放すとは思えなかったが、それでも彼女の元に向かった。アレキーサ王国の小さな村に。
その村に近づくにつれ魔物の気配が強くなるのに気づいたのは、その町に後1日で着くという頃だった。
私は急いで近くの町まで伝令を走らせ、騎士団への要請をした。そして、私は今まで以上に馬を走らせ、その町に向かった。
朝日が辺りを赤く染めていた。
私の後ろから太陽が登り始め、私は自分の影を踏みながら馬を走らせ続けた。
町の入り口に着いた時、太陽は完全に地平線からその姿を出し、辺りは本来の色を取り戻していた。
しかし、町は本来の姿からは程遠い惨状だった。
魔物の死骸がそこらを埋め尽くし、建物は破壊され、多くの怪我人と死者が土に塗れていた。
未だに数十匹の魔物が町に迫っている。
町の入り口には二人の人物が入り込んでくる魔物に向かっていた。緑と赤の頭が動いている。
見間違うはずがない。
あの新緑のような緑の髪はフローラルティア様だ。
二人は入り込んできている魔物を倒しているが、魔物の数が多く取り逃している。
一人は剣士で相当な腕前だ。次々と魔物が切り刻まれていく。おそらくゲオルグだろう。
二人は一緒に過ごしていたのだ。
知らず馬の手綱を握る手に力が入る。
私は自分の心が少しチクリとなる感覚を振り払うように馬を走らせた。
「フローラルティア様!」
私の声に驚きの顔をして振り返る彼女の瞳はピンク色だ。
ギプソフィラのピンクの花のような瞳に懐かしさを感じるが、町の住人らしい質素な服を着ている彼女に違和感を覚える。
私は近づいてくる魔物に剣を振るいながらフローラルティア様に近づいた。
私の呼びかけに驚いた顔をしたのはゲオルグも同じだった。
ゲオルグとは彼への仕事の斡旋などしている関係で時々会うことがあったが、私の方から出向いたのはフローラルティア様を逃す時だけだった。
「ザック何事だ?」
フローラルティア様は何も言わない。もう私の方を向いてもおらず、魔物と応戦している。
「王が孫に会いたいそうだ」
フローラルティア様の動きが止まり、その隙を突いて魔物が襲いかかる。
私の体が動く前にゲオルグが自分の体を魔物とフローラルティア様の間に滑り込ませる。
ヤマタスネークだ。
八つに分かれた頭の一つがゲオルグの胸に頭を潜り込ませた。
私は反射的にゲオルグの胸に潜り込んだヤマタスネークの頭の首部分を切り落とした。切り落とした頭とは別の胴体部分をフローラルティア様が火魔法で焼き払う。
彼を助ける為なのか、フローラルティア様はそこら中の魔物に向けて広範囲の火魔法を放った。
町に入る前の魔物にも。
その瞳は強い意志を宿し凛としている。
フローラルティア様はこの町とその男を救うために自分の魔力の殆どを使ったように見えた。
フローラルティア様の魔法の後、魔物の数は急激に減り、私が残りの魔物の対応を行った。
そのうちに伝令を飛ばしていた騎士団が到着し、魔物の襲撃は終わりを迎える。
気がつけば、フローラルティア様は建物を背にし地面に腰を下ろしたゲオルグの側にいた。
ゲオルグはもう天に召されているのだろうか?
予想に反して彼は生きていた。
私が魔物と戦っている間、フローラルティア様が結界魔法を使われゲオルグの心の臓を結界で守っているという。
本当にフローラルティア様は規格外だ。
フローラルティア様がゲオルグの隣に座る。
顔色が悪い。
魔力の使いすぎだ。
魔力が枯渇すれば命も途絶える。
「フローラルティア様、早く救助班に!」
彼女はニコリともせず静かに首を横に振った。
「もう私はここで天に召されます。アイザック、あなたは王に私の子を連れてこいと言われたのでしょう?子供のことしか言わなかったのよね、王は。王が何を考えているかは、分からないわ。でも、あの子を傷つけるのだけは許さない。アイザック、あなたは私の子を守ってくれますか?」
私はピンクの目で射抜かれる。
何もかも見透かしているような彼女のこの目に逆らうことが私には出来ない。
コクリと頷いた私を見て、それでも信用ならないと言わんばかりに「王よりも私の子に忠誠を誓えますか?」と尋ねられた。
私は一瞬躊躇する。
私は王家に仕えている。身も心も。
それは王に仕えると同じこと。
もし彼女の子が王や王家に仇なす場合、彼女の子に付くことが出来るのか?
分からない。
が、しかし、彼女の死に際の言葉を拒否する勇気は私にはなかった。
私はゆっくりと「あなたの子に忠誠を誓います」と答えた。
彼女は今日初めて私を見て微笑んだ。
それは今まで見た彼女の笑顔の中で一番美しく一番優しいものだった。
「ゲオ、私たちのギプソフィラは大丈夫よ。アイザックが後継人になってくれるし、何よりもあの子は強い」
フローラルティア様がゲオルグに呼びかける。
親しげな声で親しげな話方で。
七年近く二人で子供の面倒をみてきたのだ。当たり前と言えば当たり前のことではあるが、、、チクリと痛む心を意識しながら、私は表情を変えず、腹に少し力を入れる。
「フローラル、フィラはここに来ると思うか?」
ゲオルグはフローラルティア様の愛称で呼びかける。敬語も使っていない。
慣れないこの状況に体が震え出しそうになる。
私は無意識に頭を掻いた。
「フフフ、アイザックのその癖、懐かしいわ」
フローラルティア様に笑われて、心も体もゆるりと解ける。
口角が上がり目尻が下がる。
「ザック、ギプソフィラに私たちの魔石を渡して欲しい」
「何を言っている。貴様はフローラルティア様の結界で心の臓を守られているのだろう?助かるということだ」
私の言葉にゲオルグとフローラルティア様が顔を見合わせた。
「違うのよ、アイザック。この結界は数時間しか持たないの。たぶんゲオもすぐに天に召されるわ。ただ、フィラに最期に会いたいのよ。私たちは家族として過ごしていた。フィラにとってゲオは父親よ。ゲオにとってフィラは娘。私たちはフィラに帰ってくると約束をしたの。その約束は果たせないけれど、せめて最期にあの子の顔を見て言葉を交わしたいの。そうすることできっとあの子も救われるはずよ。ただそれだけのための延命処置なの」
私の知らない七年の間に私の知らない絆が強く結ばれていたことを知る。
「ザック、すまないが、俺たちが天に召された後、彼女に真実を語ってくれ。ただ俺は本当の父親のようにフィラを愛していたことも伝えて欲しい」
私はゲオルグを羨ましく思った。
心のままに愛に満たされた生活をしていたことが伺い知れる。
時間と共に段々と弱っていく二人。
「フローラルティア様、お子を呼んでこよう」
私は立ち上がる。
「アイザック」
「ザック」
二人同時に呼びかけられた。
そして、二人とも首を横に振る。
「もうすぐここに来るわ」
「父さん!母さん!」
よく通る綺麗な子供の声が聞こえた。
フローラルティア様もゲオルグも微笑む。
小さな子が駆けてくる足音が聞こえる。
私は振り返りその足音の主を見る。
そこには見知った血の様に赤い髪を肩で揺らす少女がいた。
私は近づいてくる彼女に息を飲んだ。
それと同時に彼女の足も止まる。
彼女の顔が見える。
整った顔立ちをしていた。
まだ、七歳にも満たないその少女はあどけない顔に似つかわしくないほど大人びた瞳を持っていた。
フローラルティア様によく似たその瞳。
真実を見抜くような、何もかも知っているような瞳だ。
その瞳に恐怖の色が見て取れた。
「フィラ、こっちだ」
ゲオルグが声をかけると少し安心したように息を吐いた彼女は再びこちらに向かって走りだした。
私は彼女に見とれていた。
フローラルティア様とゲオルグが瀕死のこの状況で、私は一瞬彼女だけを見ていた。
私は予感がした、フローラルティア様と初めてお会いした時よりももっと強い予感だ。
私はきっとこの少女のために生涯をささげるだろう。
この少女はきっとこの世を統べる人間になる。
王はフローラルティア様のお子が規格外の子になると確信して近親婚を許されたのかもしれない。
私はその少女から目が離せなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ギプソフィラを邸に連れ帰り、王に報告を済ませた。
王はフローラルティア様が天に召されたことを知っても眉一つ動かされなかった。
「その子が無事でよかった」
一言そうおっしゃった。
「王よ、彼女をどうするおつもりですか?いつこちらにお連れ致しましょう?」
私は拳を握りしめ王に尋ねた。
フローラルティア様との約束を守らねばならない。
「そう警戒するものではない。いずれ吾とも会えるだろう。その方も慌てず流れに身を任せておけ」
どういうことだ。
あのタイミングで魔物の襲撃があの町を襲った。
彼女が一人きりになり、私は難なく彼女を連れ帰った。
タイミングが良すぎる。
そして、王は彼女に会うことを急がない。
私は心に引っかかりを感じながら王の言葉に同意を示す。
もしも、あの魔物の襲撃が偶然でないのであれば、、、
私は彼女を守れるだろうか?
王への疑念を初めていだきながら、彼女を守るためにすべきことを必死で考える。
彼女の幸せを、
彼女の希望を、
邪魔するものが王であり王家ならば、私はこの国を捨て彼女を守らなければならない。
私は彼女の本当の後継者になれるだろうか?
あの赤い髪の少女の笑顔を思い浮かべる。
七年しか生きていない人間の目をしていない。
優しく凛としたピンクの瞳。
王家に関わりがあると一目見ればわかる容姿。
私はこれからの彼女の人生がなるべく幸せで優しいものであってほしいと強く願うしかなかった。
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