2章ー13 勇者宣言
朝食も3人で食べた。
昨日の夕食時も思ったけど、やっぱり一人で食べるよりずっといい。
この2ヶ月、食卓に着くのは私一人だけだった。
一度リリーを誘ってみたけれど、「私はメイドですから」とやんわりとお断りされた。
加賀美かすみ時代、一人の食卓を寂しいと思うことはなかった。
食事が用意されるだけマシだったし、何よりも食事は楽しむものではなかったから。
ギプソフィラとして生をうけ、私は食事の楽しさを知った。
あの魔物の襲撃以前に一人で食事をすることはなかった。
いつも母さんと父さんと笑いながら食べていた。
それがどんなに心満たされることだったのか、一人の食卓になってはじめて理解した。
ハリーという存在がいるから食事も豪華になるのかと思ったが、別段普段と変わらなかった。
そのことに驚いている。
この邸で私は大切にされているのだ。
誰一人、普段と変わった様子のメイドも執事もいない。
王族であるハリー様を1貴族として扱い、その扱いと平民の私への扱いに違いがない。これは凄いことだと思う。ザックがこの邸の使用人を決めているのであれば、人を見る目が優れているのだろう。
「ザック、勇者として王城に行ったとして私の住まいはどこになるの?」
私はフカフカのパンをゆっくりとちぎりながら訪ねた。しかし、私の問いに答えたのはザックではなく、ハリー様だった。
「勇者専用の建物が城内にある。勇者にはそこの建物の1室が与えられるんだ。だけど、ギプソフィラが来てくれるならもう少しその建物を綺麗にしようと思う」
「ハリー様、私のために特別に何かしないでください!もし何かなされるのであれば私は勇者になりません!それで、勇者と王族との関わりはどれくらいあるのでしょう?」
「そうだね、直接王に謁見があるのは最初の勇者の石の儀式の時と、勇者が旅に出る時、後は有事の時、だから王と会う機会はそれほどない。ただ、王子や姫は別だよ。王子や姫が勇者になることもあるから家族として勇者塔に出向いたりするし、一緒に教育を受けることもある」
「もし、私が勇者になったとしてもハリー様は教育を一緒に受けるわけではないですし家族でもないので私とは無関係で王城でお会いする事はないですよね?」
「いや、君はザックを後ろ盾にするのだろう?そうすると、ザックは私の叔父にあたる人だ。そう、血縁者になる」
ハリー様は実に嬉しそうに続けた。
「叔父が後ろ盾となっている勇者を気にかけるのはごく普通のことだよね」
私はザックを思わず見た。
どういう事?
私は何も言わなかったけど、顔が物語っていたのだろう、ザックが渋い顔をしながら教えてくれる。
それにしても美味しい食事の最中にする顔じゃないな。
「私の姉がハリーの母親なんだ」
私は一瞬意味が分からなかった。
「私の実家は公爵家だと知っているだろ。私には10歳年の離れた姉がいてね。姉が王の第一夫人なんだ。本来なら他国の姫を貰ったりするんだが、今の王は他国から夫人を貰わなかったんだ」
「まぁ、それで今少しホー帝国ともめていてね。困った人だ」
「いや困った人なのはハリーも同じだろ。早く王妃を娶れ」
「それはギプソフィラの前でする話ではないだろ」
「別に私の前でも大丈夫な話です。もし母さんに遠慮して王妃を娶らないのであれば逆に母さんが悲しむと思います。『何のために私があなたの元を去ったと思っているの』て言いますよ」
母さんの声と口調を真似てみる。
二人はカトラリーを落とした。
目を見開く二人。
そんなにそっくりだったかな。
「きっと母さんなら、『ハリー、あなたの感情豊かなその瞳が大好きよ。でもね、その瞳にはこの国も映さなきゃダメよ。私を愛するようにこの国を愛して、そのためにすべきことを一つずつしていきましょう』そんな風に言いそうです。そして、『私が出来ることが有れば一緒に手伝うわ』って。私は母さんの代わりになれないし、なるつもりもないけど、この邸にいるよりも勇者になる方がハリー様の王子としてすべきことの手助けになりそうな気がします。だから、勇者になろうと今決意しました」
私の言葉に二人が息を飲んでいた。
二人とも動けない。
ハリー様の目から涙が流れる。
「そんなに似てましたか?驚かせてごめんなさい」
「いや、本当にフローラルティアに似ていて、瞳の
ザックが後頭部に左手を持っていき髪の毛に手を埋めてそのまま静止する。左手を頭で動かさずナプを右手で握り込み「あー」とくぐもった声を出す。
「フィラ、君が7歳だということを私たちは忘れてしまうよ。君は勇者に相応しい。フローラルティア様にも感じたけれど、それ以上かもしれない。何か特別な力を感じる。そうだ、うちの邸にいるよりも王城の勇者塔で過ごす方が良い。君の能力を最大限に活かせるように剣も魔法もしっかり学べば良い」
「はい。ザックありがとうございます」
私は勇者になるための大義名分を手に入れることができた。
『父ハリー王子の助けになるかもしれない』という理由が大義名分になるかどうかは分からないけど、それでも、勇者になるためには世の中のためではダメだった。だってきっと顔の特定もできない世の中のためには命を張って戦えない。
それにハリー様を助けることは母さんの望むことでもあるだろうし、勇者になれば父さんに鍛えてもらった剣の技術も活かせる。
私は自分の前に並んでいるお皿を空にした。
二人はもう食べ終わっている。
私は食事の席で勇者になる事を決めた。
二人にも伝えた。
今日は朝から良い一日だ。
私はこの日勇者宣言をした。
後ろ盾はもちろんアイザックだ。
これから王様にこの宣言が伝わり勇者の石の儀式があり、勇者と認識されれば勇者塔に引っ越しをすることになる。
貴族から平民まで誰でも勇者と認められれば勇者塔に住むことが出来るしメイドや執事も王城の従者の中から選ばれたりする。勿論貴族の場合はメイドや執事を連れて引っ越しをすることが可能だ。
宣言から儀式まで1ヶ月ほどあった。
私はザックにこの1ヶ月の間に父さんと母さんのお墓に行きたいとお願いした。
しかし、残念なことに雪道ではどう頑張っても故郷の町まで往復で2週間はかかる。しかも、王都へはこのクラーク領から2週間かかるそうだ。クラーク領は実は国境近くの辺境に位置する。
勇者の石の儀式に間に合わせることが大事な今回はお墓参りをみあわせることになった。
春、必ずお墓参りに連れて行ってもらうことを約束する。
当然のことながら、ハリー様もそのお墓参りに同行することとなった。
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