2章ー12 自問自答のギプソフィラ

当たり障りのない話題で夕食の席は終わった。

今日は一日、本当に疲れた。

私の小さな体は限界に近づいていたけれど、自室まではなんとか普通に過ごすことができた。

私が自室に入るなり、リリーが私を抱き上げる。

「ギプソフィラ様、大丈夫ですか?今日はお昼からずっと旦那様とハリー様に挟まれて色々と疲れるお話をされておられたのでしょう。大変でしたね」

私はリリーに抱き上げられ一瞬動揺したけど、結局体の力を抜いた。

「ありがとう、リリー。今日はちょっと疲れたわ。流石に濃い話を長時間は体力がもたない」

「当たり前です。ギプソフィラ様は7歳におなりなったばかりなんですよ。皆様それをお忘れになっておられるように思います」

私は泣くという行為がとても体力を使うものだということを改めて知った。多分、話だけならこんなに疲れていないだろう。でも、私は泣いてしまった。あれでこんなにぐったりしているのだと思う。

リリーに体を預け、体を清める事や着替えをお任せする。

「ねぇ、リリー、もし私がこのお邸を離れることになったら、リリーもついて来てくれるかしら?」

私の呟きにリリーが一瞬手を止めた。

「当たり前です。どこにでもついて参りますよ。ギプソフィラ様が来るなと言ってもついていきます。私はあなた様の専属メイドですから」

リリーが私の着替えをしながら笑顔で答えてくれる。

私は安心した。安心したら眠気が一気に襲いかかってきた。

ウトウトとし始める私をリリーがベッドに横たえる。

「ギプソフィラ様、ゆっくりお休み下さいませ」

リリーのその声を最後に私は深い眠りに落ちていった。


翌朝はリリーが起こす前にスッキリと目が覚めた。

私は体を起こしベッドの端に足を垂らして窓の外に目をやる。

辺り一面、真っ白な世界。

木々の上にも雪が降り積もっている。

そういえば、魔物の図鑑に冬にしか出ない魔物もいると書いてあった。白い体をしていて、雪の世界に紛れ込むらしい。出会った人はほとんど生きて帰っていなくて、ちゃんと姿を捉えた人がいないためどんな姿をしてるのかさえよく分かっていない。

世の中にはまだまだ未知の魔物が存在するのだろう。

私は未知の魔物に挑んでいる勇者パーティーに思いを馳せる。

世の中の人のためにその人達は危険を冒しているのだろうか?それとも自分の大切な人のために?

もしくは、自分の名声のため?

私は何のために勇者としての活動をするだろうか?

世の中のために危険を冒して勇者になる。私が?

絶対にいや。

「父さんみたいな冒険者になる」って言った時、父さんは応援してくれてたと思う。そういえば母さんは何も言わなかった。

危険だからだと思っていたけど、多分母さんの心境は複雑だったんだろうな。

血の繋がらない父を慕い冒険者になるという娘の本当の父は王子で、、、冒険者は本当に誰でもなれる職業で、、、母さんは私にどうして欲しかったんだろ?

私はフローラルのピンクの瞳を思い出す。

いつも笑顔だった。

でも、母さんが何を考えてるかは、本当によく分からなかった。

ただ一つ言えるのは、母さんは私のことを無条件で守ってくれていたということ。

ハリー様には、ザックが居なかったら私は今生きてないかもしれないと言ったけど、母さんは何があっても絶対に私を産んでいたし、きっと何が何でも私を生かそうとしてくれた。そのために父さんと一緒に暮らしていたのだと思う。全ては私のため。

それは、愛した人との子だからというのもあるだろうけど、純粋に私を愛してくれていたのだと今でも思える。

私を愛してくれていた母さんは、私にどんな風に生きて欲しいだろう?

母さんはハリー様に出会えた私を祝福してくれるだろうか?

ザックの養子にもならず、ただのギプソフィラとして生きることをどう思うだろう。

私は母さんと父さんの魔石の入った皮袋をギュッと握りこんだ。

私が勇者になる。何のために?

ただのギプソフィラでいるために?

勇者ギプソフィラはただのギプソフィラではないような気もするけど?

私は私の中で勇者になる理由が見つからない。

流されてなるようなものじゃないと思う、勇者って。

冒険者パーティーの上位が勇者パーティーという認識だった。ザックもハリー様も。

私の生きる目的ってなに?

私はもう一度皮袋を握りこむ。


ノックの音の後、扉が開く音がした。

「ギプソフィラ様、おはようございます。今日はお早いですね」

リリーだ。

私は一旦思考を手放した。

「おはよう。日課の剣の鍛錬をしたら、朝食を頂くわ。たぶん、その後、またザックとハリー様とのお話があると思うの」

「左様でございますか。午前中ですと、昼食がありますから昨日の様に長々となることはございませんね。お昼までにお話がまとまると良いですね」

リリーが稽古用の服を準備してくれる。

私は動きやすい女性用のズボン型の衣装に身を包み、今朝も剣を振る。

「早く、剣術練習場で剣術の練習ができるようになればよろしいですね」

私は頷く。

この剣の稽古は内緒なのだ。

私は毎日同じ型を何百回と繰り返す。

やっぱり、早く剣の先生にしっかり習いたいなぁ。

剣を振り続けながら、思考が動き始める。

あ、そうか、勇者のことを深く考え過ぎていたのかもしれない。

自分のために勇者になる人もいるはずだ。

私は剣の稽古も魔法の稽古もしたいし、冒険者として魔物退治がしたい。

私が自分でやりたいと思った数少ないことのうちの一つだ。

数少ない?

いや、最近は欲張りになってきた。

リリーとずっと一緒にいたいと思っているし、教師はティーテクトがいいと思っている。

父さんと父さんの父さんの魔石と母さんの魔石は私がずっと持っていたいし、冒険者にも剣士にもなりたい。勉強もしたい。

こうしてみると加賀美かすみ時代は周りに流され自分の希望なんてなかった私がギプソフィラになって自分で色んなことを欲して決めている。

私は剣を振りつつ、口角が上がるのを止められなかった。

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