2章ー3 初めてのメイドと自室
私の部屋を準備したパルマがもう一人メイドを連れてザックの部屋にやってきた。
パルマが開口一番にザックに叱りつける。
「旦那様、幼な子とはいえ、女性を居室に招き2人きりというのは頂けません。あなたはまだ婚約者さえ決められていない。普通はもう結婚していてもおかしくない歳ですのに、、、とにかく、幼女趣味だとかの噂の元にもなりかねません。それでも、婚約者には困ることはないでしょうが、貴族は対面が大事です。きちんとしてください。出来ないのであれば、この拾ってきたお嬢さんをまた捨てに行きますよ!!」
私という存在を目の前にして、私を捨てると言い捨てたパルマ。
今し方、「いらない子」かどうかの話をして泣いていた私だったけれど、ザックに「君が必要だ」と言われていたせいか、パルマに嫌悪は湧かなかった。
そして、パルマはザックのことを愛しているのだと感じられた。
それでも、捨てられるのは嫌なので私は彼女に向き合ってザックよりも先に謝る。
「申し訳ありませんでした。今後は2人きりにならないようにします。ザックにもお願いします。だから、捨てないで下さい」
ザックもパルマも一緒に連れてこられたメイドも目を丸くする。
そして、三者三様の反応を示した。
「君がなんで謝るんだ。そこは怒るところだろう。しかも2人きりにならないという約束は守れない約束だ。勝手にそんな事を言うものじゃない」
「旦那様をザ、ザ、『ザック』と呼びましたね。どう言うことかしら、旦那様は本当は嫁候補としてこの子を、、、」
「なんて可愛いの。赤い髪にピンクの瞳、愛らしい顔と声。平民の子なのにパルマ様に向かっていく度胸。ギャップ萌えだわ。志願して良かった。この可愛い生き物のそばにずっといれるなんて」
「パルマ、彼女は嫁候補ではない。私はあくまで保護者だ。私に幼女趣味はないよ。この子は私の子供のようなものだ。ザックと愛称呼びをさせても問題ない」
ザックがパルマの言動にすぐさま反論した。
私は一緒に連れてこられた栗色の髪を後ろで一つに纏めた緑眼のメイドの言葉になんだかゾワリとする。
彼女の方が幼女趣味なのでは?
声には出さないが、チラリと彼女を見るとニコリと満面の笑みで答えてくれた。
やっぱり少しゾワリとする。
ザックが一つ咳払いをすると空気が変わる。
パルマがザックと私を見た。
「分かりました。彼女は今日から旦那様の子供として扱わせて頂きます」
そう言って私の前で頭を垂れる。
「ギプソフィラ様、今日より宜しくお願いします。メイド長のパルマと申します。この家の事は全て把握しております。何かありましたらお申し付け下さい」
私はビックリしてザックを仰ぎみる。
彼は頷いた。
私は居住まいを正し、返事をする。
「この家の子として認めて頂きありがとうございます。私はまだ立居振る舞いも教養もありません。一度に覚える事は難しいですが、毎日努力します。宜しくお願いします」
パルマも一瞬びっくりした顔をしたが、満足そうに頷いて本当の笑顔になった。
「成程。分かりました。旦那様がお小さい頃にご教授頂いた先生方にご連絡させて頂きます。日頃の立居振る舞いが目に余るようでしたらあなた様の専属メイドに正すように申し付けます」
その言葉が終わると同時にスッと側にいたもう1人のメイドが私の前に進み出る。
「ご紹介が遅くなりました。
深々と頭を下げる。
私はどうしたら良いのか分からない。
専属メイドなど必要ないと思うのだけど、、、貴族の家族になるということは専属メイドが必要ということなのだろう。
ザックを見上げる。
「宜しくと言えば良いよ」
私はリリーパルファに向き直り頭を下げたままの彼女に声を掛ける。
「宜しくお願いします」
私の声は思った以上に硬い。
それでも誰も何も言わなかった。
私はリリーパルファに連れられて自室に案内される。
ザックは仕事が山積みらしくしばらく書斎に籠ると言って自分の自室を私たちと共に退室した。書斎は一階らしい。
去り際。食事は一緒に取ろうと言われてホッとする。
私の自室はザックの自室から少し離れた建物の中央あたりにあった。
隣からは客間だそうで、ザックの部屋と私の部屋は館の住人が住む部屋の端と端だそうだ。
パルマさんが小さい私に何かあったときに直ぐに駆けつけられるようにという配慮と一応独身女性なのでザックの自室とは離しておきたかったという理由からだそうだ。
リリーパルファが教えてくれた。
リリーパルファはチラチラと私を見ながら歩を進める。
小さな私の歩幅に合わせてくれていた。
私はというと、かなり緊張していた。
今まで、加賀美かすみ時代から自室というものを持った事がない。
常に親と一緒の部屋で寝起きしていた。
自分だけの部屋に憧れのあった時もあった。
小学校5年生から中学に入学してすぐくらいまでだ。それ以降は、手に入らないものをいくら願っても虚しいと思い考えるのをやめた。
それがこんな形で自分の部屋が与えられる。
緊張しない方がおかしい。
右手に豪奢な柵越しに1階のエントランスが見えた。
1階に降りる階段もすぐそこにある。
「このお邸はあまりお客様がお見えになりませんから、玄関ホールの真上であっても、静かにお過ごししただけますし、何よりも、旦那様がお戻りになられたらすぐにお気付きになります」
そう言いながら玄関側を背にしにたリリーパルファが「こちらです」と扉を示した。
私の方を向き、微笑んで問う。
「お開けしても宜しいですか?」
私はゴクリと生唾を飲み込む。
「お願いします」
リリーパルファはその扉を開けた。
私の目に飛び込んできたのは薄いピンク色に統一された家具やラグマットだ。
今まで住んでいたどの家よりも広い空間にテーブルとイスが2脚、右の壁際には勉強机らしき机とイス、そして、左の奥の方に天蓋付きベッドがある。
キングサイズはあるだろうか、存在を主張していた。
私は目を見開いた。
中に入るも何も発さない私にリリーパルファが話掛けてくる。
「お気に召しましたでしょうか?」
私はその問いに一所懸命に首を縦に振った。
「お喜びになられて良かったですわ。このピンクの家具とピンクのラグやお布団は
「へ?これをリリーパルファが全て一人で準備したの?」
私は素直に疑問を口にする。
大きな家具や布団、しかも色を指定して、、、どうやってこの短期間に準備したのだろうか?
リリーパルファがその疑問に答えてくれる。
「私は水魔法と風魔法が使えます。家具や布団は従僕に運ばせました。そして、この部屋で着色しました。水を好みの色に変化させ、家具や布団を染めるのです。風魔法で乾かせば短時間でもなんとかなります。水魔法で体を清められた事はありますか?あれの応用ですね」
色水を用意してもらえれば私でも出来そうな気がするが、色水を作るというのは上級魔法か超級魔法なのではないだろうか?
さらに彼女の言葉使いは丁寧だ。立居振る舞いも教える事ができると言っていた。メイドとはいえ良いところのお嬢さんなのかもしれない。彼女はどういう人なのだろう?
「ギプソフィラ様、こちらにどうぞ」
リリーパルファは入り口からすぐにあるテーブルの椅子を引いて私に座るように促す。昔見た映画のレディファーストをする紳士のようだ。
私は引いてくれた椅子に座ることに躊躇する。
「ギプソフィラ様、、、」
私を見つめていたリリーパルファが何かに気付いたように私の前にやってきた。
「椅子を引かれてお座りになったことがないのですね?」
私は刻々と頷く。
「大丈夫ですよ。ゆっくり慣れれば宜しいですから。今日は私が椅子にお乗せ致しますね」
そういうと「失礼します」と私を抱き上げ、椅子に座らせてくれた。
私はなされるがままだ。
「あちらをご覧ください。ベッドの奥のクローゼットにお召し物を少しご用意させて頂きました。そちらのご用意はパルマ様です。お召し物は好みが御ありでしょうから、明日以降徐々に増やしていきましょう」
そう言われて、今の私がこの部屋の主として相応しいとは言えない身なりをしていることに気付く。
リリーパルファの制服の方がよっぽど此処の主のようだ。
私は俯いた。
「ギプソフィラ様、まずはお茶を飲んでお寛ぎ下さい。それから、晩餐に備えてお召し替え致しましょう」
リリーパルファはテキパキと動いてお茶の準備をあっという間に終えてしまう。
目の前のテーブルから湯気が立ち上りいい香りが漂ってくる。
私は湯気の元を見る。
ミルクティーだ。
こちらの世界に転生してからミルクを飲むことはなかった。
何かの乳を飲むという習慣がこちらの世界にはないのかと思っていたが、国ごとによって食習慣も違うのかもしれない。
私はゆっくりとそのお茶のカップを両手で持つ。
そして、ゆっくりと口を近づけた。
香がいい。
南国のフルーツの香りがする。
少し口をつけると甘みが口に広がった。
転生前に飲んだ自動販売機で買うミルクティーよりも上品な味が口に広がる。
バイト終わりに100円で買える自動販売機のミルクティーを時々買って飲んでいた。
私は知らず大きく息を吐いた。そして、体から力が抜けていく。
そんな私を見てリリーパルファは満足そうだ。
私はそのミルクティーをゆっくりと飲み干した。
「ありがとう。リリーパルファ。とっても美味しかったし、何よりもホッとしたわ」
笑顔でリリーパルファを見る。
「よろしゅうございました。ギプソフィラ様、是非
「分かりました。リリー、元気の出るお茶をありがとう」
私は笑顔のまま、言いかえる。
リリーは本当に嬉しそうに「いいえ、お元気になられたのなら良かったです」と微笑んだ。
私は居住まいを正し、リリーを改めて見る。
そんな私に気付いたリリーも真剣な顔をして私を見た。
「色々と聞きたい事があります。リリーのことも聞きたいし、これからのことや、今忽ちのことも。私がここで生活するためにまず一番最初にしなければならないことは何でしょうか?」
リリーは一度二コリと微笑み、笑みを消した後、真剣に答えてくれた。
「まずはお召し替えを致しましょう。それから、食事のマナーを少しだけお教えいたしますので、最低限覚えて下さいませ。本日の晩餐はギプソフィラ様の初めての晩餐という事で食べやすいものを出して頂く予定です。ご安心下さいね。それから、私のことを気にかけて下さって嬉しいです。お聞きになりたい事は何でもお話いたしますよ。私のことならなんでもお聞きくださいね」
最後はもう真剣な顔ではなく笑顔が見え隠れしていた。そして、言い終ると我慢できなくなったようで、デレーと笑った。
私はちょっとゾクリとしながら乾いた笑いを返す。
ちょっと引いた顔をみたリリーは慌てたように付け足す。
「私は、ギプソフィラ様のその瞳に一目で目を奪われました。平民のお嬢さんが貴族の子供になることは大変な事です。それを決意して旦那様に連れられて来られたと聞いてその心意気にも感銘を受けました。専属メイドが必要と聞いて即立候補させて頂きました。が!ギプソフィラ様をなめ回したり、触り尽くしたり抱き潰したりは致しません。私も一応貴族の端くれ、淑女ですので、そこはご安心下さいませ!!」
聞いてはいけないことを聞いた気がしたが、リリーが私のことを好きでいてくれることは分かった。
私が平民であるにも関わらず、私に仕えると宣言してくれているのだと思う。ただ、一番気になったところを確認してみる。
「あなたは貴族なのですね。それなのに平民の私に仕えても良いのですか?」
「貴女様からは、高貴な香りがします。ただの平民を旦那様が連れ帰られるとは思えません。それに、もし、ただの平民であってもあなたの輝きに私は仕えると決めました。私は貴族、そして騎士の家系です。貴女に忠誠をささげたいと思った私のこの心に背くことはありません。貴女が嫌だと言っても私は貴女にお仕えしたいと思っています」
真剣な目だ。
私はコクリと頷いた。
そして、私はリリーに冗談っぽく釘を刺しておく。
「リリーが私を見てそこまで感じてくれたのは嬉しいです。でも、絶対に舐めたりしないで下さいね」
リリーが慌てた様子で「当たり前です。主人の嫌がることをするわけがありません」と強く言っていた。
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