2章ー2 初めてのクラーク邸
私はその
「おかえりなさいませ、旦那様」
声を合わせて迎え入れられる。
が、私を見た多くのメイドさんが顔を強張らせているのがわかる。
一番前にいた執事らしき年配の男性とメイド長らしき人が片眉をピクリと挙げて何事もなかったように飄々と佇んでいた。
ザックが私を抱えたままに皆に声をかける。
「みんな帰ったよ。各自仕事に戻りなさい」
そして、一番前にいた2人の男女に問いかける。
「留守中変わりはなかったか?」
彼らはそれぞれに応える。
「領内は何もお変わりございません」
「館内も何もお変わりございません」
2人は私に視線を移す。
女性の方が主人に対して意見を言うことに躊躇いがないらしく、少し厳しい顔をしてザックを睨みつける。
「旦那様に於いては多いにお変わりがございましたことでしょう。この子供はなんです?」
ザックは頭を掻いた。
少し困った顔をして2人を見て、私に視線を移し、優しく微笑んだ。
私はメイド達にもこの2人にも良い顔をされず一瞥されたことで自分でも知らずザックの服を強く握りしめていたようだ。ザックの笑顔で少しその力が抜けた。
2人に視線を戻したザックが少し強めに宣言する。
「今日からこの子はうちの子になる。魔物被害の町から拾ってきた子だが、魔法の才も剣の才もある優秀な逸材だ。名をギプソフィラという。これは決定事項である。パルマ、部屋の用意をしてやってくれ。オットー、屋敷内に周知を。では、宜しく頼む」
それは、有無を言わせぬ強い言葉だった。
決して語尾が強いわけではないし、声を張り上げてるわけでもないけれど、人を従わせる者特有の言葉だった。
執事だろう人とメイド長だろう人は別々の方向に動き出す。
それを見送り、ザックがゆったりした足取りで部屋に進んでいく。
歩きながら、さっきの女性がパルマといい、メイド長であること。
男性の方が執事でオットーという名であることを教えてくれた。
いくつもある扉を通り過ぎ一番奥の部屋に連れて行かれる。
重厚な扉を開け、中に入ると、ソファの上に降ろされた。
「ここは私の自室だ」
うちの家よりも広い空間にゆったりとソファや机が置いてあり、壁にはこの屋敷を描いた絵画が飾ってあった。
奥には扉がある。
私が扉をじっと見ているとザックが察して答えてくれる。
「あの扉の向こうは私の寝室だ」
私にウィンクしながらニッと笑う。
「まだ女性は入った事がないんだ」
私は思わず赤面する。
寝室で男女が行う行為が頭を掠めたからだ。
私は加賀美かすみ時代からこれまで色恋というものにはトント縁がなかった。
そういう行為は現代日本に住んでいれば嫌と言うほど情報がある。
だから、知識としては何となく知っていた。
赤くなった私の顔を見て、ザックにが目を丸くして声を上げて笑った。
「おませさんだね」
私は「ませてる」と言われた事に対しても恥ずかしくて、尚一層顔を赤くした。
ザックは私の顔の赤みが引き始めたのをみて、話を進める。
「ギプソフィラ、君の部屋も用意させる。自分の家だと思ったらいい。それから、私は侯爵の位を持っている。私が保護者となるからには君にも貴族社会に出ても恥ずかしくない立居振る舞いと教養を身に付けて貰わなければならない。そこは了承してもらうしかない」
私の頬からは完全に赤みが引く。むしろ、青くなっているかもしれない。
私は勉強は苦ではなかったが教養は前世を通してあるとは言い難かった。
「私は冒険者の剣士希望です。それでも立居振る舞いや教養が必要ですか?」
私は恐る恐るザックを見る。
ザックは私を見つめたまま頷く。
「剣士として冒険者になるとしても身につけていて損はないし、この邸で住むためにも必要な事だ。立居振る舞いや教養、勉強は嫌か?」
私は考える。
嫌な訳ではない。
知識はある方がいいし、立居振る舞いや教養を学べる機会なんてなかったけど、ザックが言うようにあって困るものではない。
ただ、未知すぎて不安なだけだ。
私はザックに正直に話した。
「私、勉強することは嫌いじゃないです。ただ、立居振る舞いも教養も今まで縁が無さすぎて分からなすぎて少し怖いです。教えてもらって自分ができるようになるか。才能がないかもしれません。ザック、あなたにため息を突かれて「君のような不出来な子はいらない」と捨てられるかも、、、そう頭を掠めて怖いです」
彼は目を見開いていた。
そして、頭を掻く。
「まいったな」
少し困った顔をしてその顔のまま笑う。
「君は大変正直だ。それは悪いことじゃないし、今の君はとても好ましい。ただ、あまり正直すぎるのも貴族の中では危ういものだ。これからは少しの嘘も覚えていこう」
私は可笑しくて笑ってしまう。
加賀美かすみの頃、私は仮面をかぶっていた。強制的に、だと思う。
仮面を被ろう、嘘を吐こうなんて考えてなかったけど、自分の心を正直に、表した事がなかった。
嘘なく正直に自分の気持ちを曝け出せるようになったのはこちらに来て、しかも2年ほど前からだ。
ゲオとフローラルに嘘をつくことはなかったけど、素直さもなかったと思う。
2人は私に愛情をかけて素直に自分の気持ちを曝け出すことを教えてくれた。
今目の前にいるこの男、両親の友人であり今の私の保護者はそれを良しとしなかった。もうすでに此処では私はいらない子なのかもしれない。
私の笑いが可愛らしいものではなく、とても自嘲気味だった事にザックは気付いたようで、私を探るように見ている。
「いえ、母さんも父さんも自分に素直に生きて良いとそんな事を教えてくれていたと思ったから。素直で正直な私はいらないですか?ダメですか?」
ザックは大きな手で顔を覆った。
片手で顔の大半が隠れている。
私はぼんやりと手が大きいのかそれとも顔が小さいのか、と考えていた。
なんだか人ごとのように感じてしまっている。
信用していいと思ったザックだったけど、「いらない子」認定を受けるのはもう嫌だった。
「すまない」
顔を手で覆ったまま謝罪を口にするザックの声は硬い。
「君を傷つけたようだ。そんなつもりはなかった。正直で素直な君を可愛いと思う反面、このままだと他の貴族の欲望の渦に巻き込まれそうだと君が心配になったんだ」
ザックは私に向き直った。
「決して君が必要ないなどということはないよ。むしろ、もう手放したくはないと思う。嫁にやるまでは私が面倒をみたい。いや、みさせてくれ」
真摯な目だった。
あぁ、心配の現れだったのか。
体の力が抜ける。
ボロボロと涙が溢れ落ちる。
泣きたいわけではないのに、止まらない。
ザックは抱きしめて背中を摩ってくれた。
優しい手だ。
私はここでこの人と一緒に暮らしたい。
私の腹は決まった。
涙を堪える。
そして、ザックの胸を押して距離をとった。
優しく見つめられる。
「アイザックさん、私、立居振る舞いも教養も身につけます。この家の者として相応しいよう努めます。宜しく御指導お願いします」
ザックはホッとした顔をして私の頭を撫でる。
「良かった。君の出自がとても複雑でね。社交会にはもともと連れて行く気はないんだ。だから、最低限でいい。無理を強いるつもりもないから、ゆっくり身につけよう」
私は頷く。
そして、疑問を口にする。
「私の出自ということは母さんと父さんのことですよね?どんなことでも受け止めます。教えて下さい」
私は腹を括って彼を見る。
彼は頭を掻いた。
私はもう知っている。
ザックが頭を掻いている時は困った時か考えてる時だ。
「それは君の部屋が整って君の身なりも整えて、明日にしよう」
先延ばしにされている気もするが、それだけ言いにくいことなのだと理解する。
私は了承した。
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