2章 クラーク邸での日々

2章ー1 新しい生活

私は思わず目を疑った。

連れてこられた家が前世で言うところのお城みたいな場所だったからだ。


あの日魔石を取り出した後、父さんの亡骸を丘の上に埋葬した。

この町に死者を埋葬をする習慣はないと思う。

お墓を見たことがなかったからだ。

だけど、彼は埋葬を勧めてきた。

彼曰く、彼の国の風習として埋葬があるそうだ。

彼はいつの間にか母さんの灰も集めてくれていた。

見晴らしのいい丘の上、目印になる花の咲く樹の根元に二つの穴を掘って埋める。

この樹は母さんも好きな樹だ。

日本のさくらに似ているけど、花の色がかすみ色で形も少し違う。

花が咲くのは夏の盛りだ。

毎年花が咲くころに父さんと母さんの花屋で売るためにとりに来ていた。

父の遺体と母の灰を並べてそこに埋葬し、お墓の代わりに大きめの石を並べて置いた。

日本では夫婦は同じお墓に入るはずなのだが、こちらでは違うのだろうか?

僅かに違和感を感じながらも私は彼に石に名前を入れてもらうようにお願いする。

私のお願いに目を丸くした。

「母上に聞いていたのか?石に名を刻むこと」

私はそこで気付く。

そうか、此処では埋葬の風習もないし、お墓もない。

石に名を刻むという事自体が珍しいのだろう。

そんなこの地で育った私が名を刻むことをお願いするという事が不思議だったようだ。

そして、もう一つの事実。

母の故郷ではお墓があり、埋葬をする風習があるという事だ。

私は前世の記憶から名を刻んで欲しいと言ったが、此処は勘違いしてもらっておいた方が都合がいい。

コクリと頷いた。

彼は土魔法を使って石に名を刻んだ。

私が良く知る名だ。

一つには「ゲオここに眠る」。

もう一つには「フローラルここに眠る」と。

私はその二つの石に手を合わせる。

父さん、母さん、6年間、いえ、お腹にいたころから7年間、ありがとうございました。

私に空いていた空洞を埋めてくれた。

私に笑顔を与えてくれた。

私を笑顔にしてくれた。

私はあなた方にお返し出来ていましたか?

大好きな母さん、父さん、私はこの地を離れます。

でも、時々帰ってきます。

天から私を見ていて下さい。

私は手を合わせたまま目を瞑り両親に語り掛けた。

私が目を開けるまで、その男は傍らで静かに待っていてくれた。

私が目を開けると、彼は「もういいか?」と私に聞いた。

私は静かに頷き、その場所を後にする。


町に帰るとあたりはすっかり暮れていた。

ただ、今日は至る所に松明がたかれ、辺りを照らしていた。

町の入り口から少し離れた町の中央あたりに私の家はあった。

それは異様な光景だった。

ほぼすべての建物に被害がある中、綺麗に建物が残っている。

中学の時に戦争中に焼け残った建物に人が集まる様子が描かれた写真を見た。道徳の授業だったのを思い出す。おかしなことに町の人も救援に来てくれた他所の人も誰も私の家の前にはいなかった。

隣の男がため息をつく。

「本当に君の母上はすごい人だ。ここまで綺麗に結界を施し、目くらましも使ってある」

私は彼を見た。

結界を張ってあることは知っている。

目くらましとは何のことだろうか?

誰もこの家に関心を持っていない理由かもしれない。

彼が種明かしをしてくれる。

「君の家はここに居る誰の目にも見えないよ。一定以上の魔力がないと分からないようにしてあるんだ」

そこまで言って私を見据えた。

「君はあの家に入れる。という事は、君の魔力も相当あるという事だ」

私は首にかけた革袋を握りしめる。

魔力が高い私は利用価値があり、もしかしたら魔力を使う仕事に駆り出されるかもしれない。

魔力があるのは私にとっていいことなのか、、、

私が自分に魔力があると言われ恐怖を感じていると、その事に気付いた彼が一度自分の頭を掻いて、その手を私の頭に乗せる。

「そんな怖い顔をしなくても安心しなさい。私は今日から君の保護者になる。君にとって利にならないことはしないよ。約束しよう」

私は、ハッとする。

そうだ、今日から私の保護者はこの人なんだ。

優しそうな人だけど、この人について何も知らない。

私は力を込めて彼を見る。

「これから私はどうなりますか」

私の問いに彼は笑った。

「大丈夫だ、心配ない。とりあえず家に入れてもらえるか?」


私は彼の手を引いてうちの中に入った。

そういえば、朝から何も食べていないことに気付く。

両親が死んでもお腹はすくようだ。

家の中に入った途端、私の気が緩んだのかお腹が鳴った。

そんな私に彼がカラカラと笑った。

「よし、君は生きているし、生きる気力も失ってないようだ」

心底嬉しそうなその顔に私も両親が死んでからやっと笑顔になる。

この人は信用できる。

何となく、私は確信する。

「私、料理します」

そう宣言して動き出そうとしたとき、彼から「待て」と声がかかった。

「ちょっと体を綺麗にしよう」

そう言って、ザバッと水が掛けられ風で乾かされる。

全て魔法で床も濡れていなかった。

父さんの血で真っ赤だった私の全身が数分で綺麗になる。

うちでは父も母もお風呂が好きでこういうことはしたことがなかった。

私は綺麗になった自分を見る。

「すごい」というと、彼は「君の母上に比べたら大したことないよ」と笑っていた。

今度こそ、私は料理を作ることにする。

ただし、私では出来ないこともあるから彼にも手伝ってもらいたい。

私は彼に水魔法で水を出してもらい、スープとソイの準備をする。

肉は昨日のサガリがまだ少し残っていたはずだ。

パンはあっただろうか?

棚を見る。

明日から当分家を空けることになる。家に残っていた食材を全て出してみる。

昨日収穫したけど食べなかった野菜とサガリの残りが少しと干し肉が大量にあった。

そして、小麦が大きな瓶に保存されている。

私は残り物の野菜と干し肉でスープをつくり、ソイを焼いた。

ひっくり返すのが難しかった。

破れて何枚も失敗したが、まぁ、それも良し。

上目遣いに彼を見る。

彼は私の働きぶりに関心していて、特に怒ったり顔を顰めたりしなかった。

だから、とりあえず失敗しても焦げてないソイは全て食卓に持っていく。

サガリの肉は食べれるように切ってもらう。

そこに塩を振ってフライパンで焼いた。

昨日の食卓を思い出し、少し涙ぐむ私に満面の笑みを浮かべて、褒めてくれる男。

不思議な組み合わせだと思った。

私たち2人は私が作った料理を挟んで向い合う。

「色々聞きたい事はありますが、とりあえず食べましょう」

私はそう言って食事を勧めた。

彼も笑って手を伸ばす。

「ありがとう。頂くよ」

私はしっかりと食べた。

お腹がいっぱいになり、気も緩み眠気が襲って来る。

6歳の体だ。まだ小さい。

きっと加賀美かすみとして死んだ年齢くらいまで育てば、体力もあっただろうが、、、

私はご飯を食べて寝落ちしてしまった。


私が目覚めるともう辺りは明るく朝になっていた。

「よく眠っていたな」

彼が隣の部屋から顔を出す。

彼の名前を忘れてしまったと思いながら新しい保護者を見た。

私がベッドから起き上がると同時に顔を出した彼に相当訓練を積んだ人なのだと思い当たる。

私は彼に改めて挨拶をすることにした。

「あの、改めて自己紹介します。ゲオとフローラルの子、ギプソフィラ、6歳です。もうすぐ7歳です。魔法はたぶん水・火・風・土の魔法が使えます。勿論、少しだけです」

そこで一息つき彼を見据える。

「将来は剣士希望です。父も剣の才能があると言っていました」

私の自己紹介に彼は「うんうん」と頷きながら聞いてくれた。

「君が改めて自己紹介してくれたのだから、私も自己紹介しよう」

そう言って私の前に膝をついて私の目線に合わせる。

「私はアイザック・ライリー・クラーク。ウィルス王国の騎士団長だ。侯爵の位を授かっている。領地も賜っている。妻子はない」

彼は二コリと微笑んだ。

私は彼の言葉を復唱する。

「アイザック・ライリー・クラーク。ウィルス王国。騎士団長。侯爵。領地持ち。妻子はない」

彼は復唱する私に自分の頭を掻き、私の頭を撫でた。

「ザック。愛称はザックだ。親しい人は皆ザックと呼ぶ。君もザックと呼ぶといい」

私は頷いて声に出して彼を初めて呼んでみる。

「ザックさん」

「ザックだ」

「ザック」

「そうだ。僕はフィラと呼んでもいいかな」

私は頷く。

私をフィラと呼んだのは両親だけだ。

私はこの人を保護者と認定する。

彼は私の頭をポンポンと軽く叩いた。

「では、フィラ、朝の食事をとって、これからについて少し話をしよう」

私が寝室から出るとテーブルにパンが置いてあった。

パンはザックが用意してくれたのだとわかる。

そして、昨日作って余ったスープがお椀に盛られて湯気を出している。

もう朝は少し寒い。

湯気の出ている食卓を見るだけで温かい気持ちになる。

私は素直にザックの言葉に従う。

私が食卓に歩いて行くのを満足そうにザックは見下ろした。


ザックが示したこれからの予定。

一つにこの家にある重要な書類を整理すること。

父さんは、ウィルス王国からの書類仕事の内職もしていたようだ。

そのため、その書類の全てをザックがもって帰ることになった。

書類のことはザックに丸投げした。

私は父の机の引き出しを全て開けることをザックにお願いする。

そして、次。

私はウィルス王国にあるザックの領地で暮らすことになるから、そこまで今日から旅をすること。

それにあたって、馬車を用意するかザックと共に馬で駆けるかの選択をされた。

馬で駆ければ3日でつくが、馬車にすると5日掛かる。

私はザックの希望に従うことにした。

こちらに生まれて、いや、加賀美かすみの時代から旅をしたことがなかった。学校の修学旅行にも参加してない。だから、何がいいのか、どうするのが最善か分からない。分からないことは分かる人に頼るに限る。

ザックは逡巡した後、馬を選んだ。

早く屋敷に帰った方が良いと判断したようだ。

「たぶん、君にとっては少し辛いものになるだろう。だけど、君は私が連れて帰るから心配しないで欲しい」

馬で駆けるのは、6歳の私には辛いことらしい。

経験したことがないから、何とも言えないが、ザックが連れて行くと宣言した。

心配しないでいいと言った。

だから、きっと大丈夫だと思った。

最後に。

これからのことと両親のことを屋敷に戻ってゆっくり教えてもらうという事。

父さんが本当はゲオではなくゲオルグという名前だったという事。

たぶん、母さんもフローラルは愛称で本名があるのだろう。

ザックは一度も母の名前を呼んでいない。

その事もはっきりするかもしれない。


私はそれらの予定に全て頷いて答えた。


馬での旅は確かに過酷なものだった。

私はザックの前に座らされた。

後ろからザックがしっかりと落ちないように配慮してくれていたが、高いし、早いし、揺れるし、で、私は必死で景色を楽しむ余裕もなかった。

疲れ果てるほどに全身の筋肉を使っていたためだろう、夜は野営でもぐっすり眠った。

そして、旅の終着点でギョッとすることになる。

前世を通してもこんなところに訪れたことがない。

そんなお屋敷が目の前に現れた。


私はザックを仰ぎ見る。

彼は私の頭をポンポンと軽く叩いて頷く。

いや、頷かれても、、、

私はこのお屋敷で暮らすのか?

道中は確かに厳しい旅だった。

それでも、自分を気にかけてくれる優しい保護者がいる。

前世よりはずっとましだった。

でも、このお屋敷を前にして、未知の世界すぎて心がざわざわする。


私は戦々恐々としながらそのおやしきを睨みつけた。

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